琵琶漠々
霧雨が音もなくふる梅雨の夜、博雅は何かの音でふと目を覚ました。
どこからかわずかな風に乗って聞こえてくるのはどうやら琵琶の音のようだ。
体を起こしてじっと耳を澄ます博雅。
「どうした、博雅?」
すぐそばの暗闇から晴明の声がした。
「あ、すまん、起こしてしまったか?」
「なに俺はどうせもともと眠りが浅いのだ。…それよりなにをやってるのだ?」
博雅のすぐそばに晴明も体を起こした。
「ああ、いやな…、どこからか琵琶の音が聞こえてくるんだ。」
「琵琶?今頃か?」
こんな夜更けに、しかもこの現代に琵琶を弾く者などあるわけがない。
だが耳を澄ませば確かに晴明の耳にもかすかにその音色は聞こえてきた。霧雨を潜り抜けて切れ切れに響いてくるのは間違いなく琵琶の音。
(妖しの匂いがぷんぷんするな…)
晴明は鼻先に皺を寄せた。
その晴明の隣ですっかり目の覚めた博雅がそわそわとし始めた。どうやらその音色を響かすもののところへ行きたがっているらしい。
この音色を響かすものは人ではないものに違いないというのに、それでも楽のためなら行くというのか、この男は…。
(ほんとに楽バカめ)
晴明はふうっとわずかにため息をつくと、落ちつか無げな博雅を自分の方へとぐいっと引っ張った。
「おわっ!」
不意に腕を取られた博雅がまだ驚きから覚めやらぬうちに晴明はくるりとその体を自分の下に抑え込んだ。
「な、なにをす…」
博雅の言葉が晴明の唇に吸い取られた。
「少し黙ってろ。」
「…ん…せい…琵琶…んんっ…」
喋ろうとする博雅の顔を両手で押さえつけて晴明のくちづけが続く。
執拗に博雅の舌を玩ぶ晴明の舌の動きに博雅がだんだん静かにおとなしくなっていった。
閉じることを許されない博雅の唇は散々に嬲られて紅くふっくらと濡れて光り、その瞳はうるうると艶めいて熱く潤んでゆく。
「…はぁ…」
ようやく晴明から解放された博雅の唇から甘い吐息が漏れる。いまだ開いたままのその唇の先に博雅の桃色の舌が柔らかく解けて震えているのが見えた。
晴明のきれいな中指がその唇に差し込まれる。
「吸って…」
長いまつげを扇のように半分伏せて晴明が博雅に命じる。頬を赤く染め博雅は命じられるままに晴明の指先に自ら舌を絡ませて吸い始めた。晴明が指をゆっくりと動かす。まるで晴明のものに唇で奉仕していうかのような気がする博雅。ただの指先だけなのになぜか博雅の足の間には熱が集まりはじめていた。
唇から晴明の指が引き抜かれるころには博雅の体はもう熱く熱を持ったようになってしまっていた。じわじわと上がり続ける体の中の熱にじっとしていようとしても体が思わず知らず動いてしまう。
「晴…明…」
晴明の指先と舌の間に光る糸のような唾液の橋をかけたまま博雅が熱に浮かされたように晴明の名を呼んだ。
「ん?…どうした?」
指先で博雅の下唇をなぞる。
「晴め…」
「どうすればいい?お前の思うように何でもするぞ、博雅…」
唇を割りさらに舌を指先で弄んだ。
「早く…なん…とかして…」
晴明指を舌でなぞりながら博雅がうわごとのように言う。
「ここをか…?」
博雅の唾液で濡れそぼった指先を博雅の秘められた後孔へと何の前触れもなく、つぷりと突き刺した。
「はあぁっっ!」
博雅が突然のことに背を大きくしならせて啼いた。
ずずっと晴明の指先が博雅の中へとさらに深くもぐりこんだ。
すぐに本数が増やされ博雅の中を激しく掻き乱す。
「これか?これが博雅の望むものであろう?」
耳元で晴明がささやく。足を大きく割られそのさらに奥を指先で突き立てられながらも博雅は首を振った。
「…いや…あ…違うっ…」
頬を染め目じりに涙の粒を浮かせて博雅は言った。
「なにが違う?これはこんなにお前を夢中にさせているではないか?」
意地悪い言葉で晴明が博雅を煽る。
「ち…がう…んんっ!」
感じるポイントを突かれて博雅の言葉が途切れる。
「ほら、いいだろう?これで十分ではないか…いったい何が欲しいというのだ博雅?」
「意地の悪い…やつ…あんっ…」
晴明の舌先が博雅の胸の突起をかりっと齧った。
「どうだ、これもおまけにつけてやろう…これで満足しただろ?」
意地悪く言いながら舌先でぐるりとそれを舐めた。
あごをのけぞらせ喘ぐ博雅。
クックックッと晴明が意地悪く笑う。博雅が本当は何を求めているかすべて知っていていじめているのだ。
きっ!と晴明をにらんで博雅が下へと震える手を伸ばした。
「…早く…これをっ…!晴明…っ!」
晴明の雄雄しく猛り立つものをぎゅっと掴んで博雅が怒った。その顔は怒りのためか欲望のためかどちらともわからなかったがうっすらと赤く染まっていた。
「…おっと。乱暴に扱うなよ博雅。」
にやっと笑って晴明は言った。
「…もう…待てない…」
涙を浮かべる博雅。その唇はこらえ切れない体の熱にふるふると震えて。
「では…期待にお応えいたしましょうか、博雅さま…」
ようやく晴明のものが博雅の熱の中心へと、その使命を果たすべく突き立てられていった。
音のする方へといまだ暗い夜明け前の山道を登る晴明。
だんだんとその音が大きくなってくる。やがて晴明の目の前にすっかり崩れ落ちて雨ざらしになった祠が見えてきた。
よく見ればその祠の前にぼろぼろの衣を身につけた汚いなりの小男がいる。小さな体に似合わぬ大きな琵琶をかかえて静かに哀切のこもる音色を響かせていた。
ざりっ。
晴明の靴が砂利を踏む音に気づいたその小男が琵琶をかき鳴らす手を止めて晴明を見上げた。
「おまえじゃない…。」
ぬめるような目で晴明を見上げてそう言った。しゃがれた耳障りの悪い声。
「あの男を呼んだのに…なぜお前などがここに来たのだ。あの男以外に用はない。去ね。」
撥を晴明に向けた。
「ふ…。残念だがな、その男はここには来ぬよ。かわいそうだから俺が代わりに来てやった、ありがたく思え。」
腰に手を当てて尊大に言う晴明。
「おまえは琵琶を弾かない。だからお前に用はない。どこかへ行ってしまえ!」
琵琶の横板をバンバンとたたき威嚇する妖し。
「そんなにたたくと大事な体が割れてしまうぞ…琵琶漠々。」
にやりと笑う。
その晴明の言葉を聞いて手の動きがぴたりと止まる妖し。
「なん…だと…?」
「聞こえなかったか?琵琶漠々よ。ここから去るのはお前のほうだ。妖しとなってまでこの世にしがみついたおろかな琵琶の亡霊よ。さっさとここから去るがよい。」
「なぜ俺の名を…」
「知っているかだと?俺とは過去にも一度会っただろう?忘れたかおまえ?」
にやりと笑うその顔には覚えがあった。昔一度祓われたことがあったあの陰陽師…。
「晴…明…!」
「返事はせぬよ。おぬしはしたがな。…消えよ琵琶漠々。」
印を結び右手に立てた二本の指先をついと琵琶漠々と呼ばれた妖しに差し向けた。
「ではあの男は…源博…ぎゃああっっ!!」
悲鳴を上げて妖しの姿が炎を上げて燃え上がり跡形もなく消えた。後には粉々に割れた古い琵琶と思しき板切れが残るのみ。
「お前などにあれの名を呼ばせたりはさせぬよ。」
残った板切れにも炎の呪をかけ燃やし尽くす晴明。
きっと博雅の引く沙羅の音でも聞いたのであろうが、それでも博雅をおびき出そうとは…許せない。
「ま、おかげでしっかりと博雅を愛でることはできたのだがな。」
苦笑いがもれた。
それにしても…。
琵琶漠々は博雅を食うつもりだったのだろうか…いや違うだろう。あいつはそんな大それたことのできるような大物ではない、たぶん一緒に琵琶を奏でたかっただけなのかも知れない、何しろ、いまどきあれほどの琵琶の引き手などこの世にはないからな。
「代わりに博雅を食ってしまったのは俺って訳か…」
ふむ…。
もしかして、妖しよりタチが悪かったかな…
と、ちょっと反省する晴明。
そのころ、博雅は何も知らずにぐったりとシーツの間で眠っていたのであった。
ちょいやばにもどります