伝説再来



ここは博雅が教師として勤める高校。明日は創立記念日である。
生徒たちは、いよいよ明日に迫ったイベントの準備で、遅くまで残って大忙しだ。明日は模擬店や、ステージパフォーマンス、他にもいろんな催しが目白押しである。
その中でも一番のメインは、記念日の最後を飾る時代絵巻だ。
京都は時代行列で有名だが、博雅の勤める九条高校ではメインのイベントとしてそれにあやかって平安朝の時代行列をやろうということに決まったのだった。あまりにも安直ではないかという意見もなくはなかったが、ほかに華やかに見える催しものもなかったので結局、これに決定したのだった。
決まってしまえばノリのいい高校生たちのこと、着々と準備が進められていった。せっかくだから行列は校内を出て、少し先にある東寺こと教王護国寺まで行こうということに決まった。
衣装は前の文化祭での売り上げをあてて本格的なものを借りることになり、その手配も無事すんだ。
さて、後はメンバーである。
せっかくの衣装、どうせならさまになる人を選んで着せたい。執行部のメンバーから、いろいろな名前が飛び出した。
「やっぱ、ここは生徒会長が出ないと。」
「2年の吉田くんなんて、光源氏とか似合いそう〜」
「それなら、一年の三好さんなんて旧家の出だし、十二単のお姫様なんてばっちりだぜえ」
「今回ばかりは、演劇部の連中にいい思いはさせないからな」
などなど。人数は全部で30人ばかりを想定してある。先払いをする神官を先頭に武官、文官、貴族、姫など。あーだこーだと意見が飛び交う中、誰かが博雅の名前を出した。
「源元先生なんてどうだ?あの人なら絶対似合うぞ。」
「ああ。いいかもしんない。雅って名なだけに、ちょっとみやびな感じするもんな。」
誰かが同調した。
「それに確か、横笛かなにか吹けるんじゃなかったけ?」
どこから仕入れたのか、そんな情報まで出た。
「あ!いいなあ!それもらいっ!!終点の東寺でそのまま解散、てのもしょぼいと思ってたんだ!最後は笛の音でしめるっ!うん。ばっちりだ!」
今回のイベントをコーディネートしている生徒会長の一言ですべて決まった。
その翌日には人選された生徒や先生たちに、執行部から出演の依頼が一斉に行われ、校内は異様に盛り上がった。
あちらこちらで歓声が沸いていた。
英語の木下先生にも出演の依頼がきており、彼女はものすごく喜んでいた。たとえ、それが姫ではなく、おつきの侍女の役だったとしても。
「源元先生。私も出演依頼受けちゃいました!なんだか照れくさいですわね、うふふ。」
授業を終えてもどってきた博雅にうれしそうに報告をする。
(なんていってくれるかしら、さすが木下先生、やはりお綺麗ですからね、とか…?)
ところが、博雅は困ったように言った。
「木下先生もですか…。まったく困ったもんです。私は部の指導やらなにやらで忙しいから嫌だって言ったんですが…。本当に困った連中だ。無理やり承知させられましたよ。」
はあ、とため息をつく。
そんなの引き受けたなんて、晴明の耳にだけは入れたくないなあ、きっとばかめ、とか言われるに決まっている。はああ。
木下先生のがっくりとした様子にも気づかなかった。
 
晴明には結局、ただ行列に参加するのだとだけ言って、博雅はその日、家を出た。
「ただ、歩いてくるだけだから終わったらすぐ、帰ってくる。」
そういって自分の目も見ずに出かけてゆく博雅を不信の目で見送る晴明、ガキだらけの学校などぞっとするが、これはどうやら様子を見に行ったほうがいいようだ。秘密を隠すなどあいつには到底、無理な相談だ。
 
さて、こちらは九条高校。
昼を過ぎて平安行列に参加するメンバーが着替えを始めている。もちろん、男女きっちり別れて。
そのせいか、女子はどうやっているのか知らないが、男子のほうはパニックって大変な騒ぎになっていた。
衣装を借りたはいいが、着付けがこんなにも難しいものとは知らなかった。
どこから通せばいいのかわからない大量のひも。右が上か、左が上か、打ち合わせまでちんぷんかんぷんだ。執行部の連中は、もうどうしていいのかわからなくて、おたおたしていた。
そんなところに博雅が到着した。
とりちらかってめちゃくちゃな室内で、中途半端な格好をしてぶーたれている連中を見回すと、あきれたように言った。
「なにやってんだ?お前ら。みんな衣装が中途半端で、しかもめちゃくちゃじゃないか。」
その一言にみんなが泣きついた。
「せんせえ〜!!この着物、どうやって着せたらいいんでしょ〜?もう、俺たちわかんねえ〜!」
「なんだ、衣装を借りるときに着付けの人を頼まなかったのか?」
普通は頼むだろうに。
「だって、予算ぎりぎりでそんな余裕なかったんです。それに、こんなに着せるのが難しいなんて思ってもみなくて…。どうしたらいいんでしょう?」
全員、半べそ状態だ。
「まったく。あほだな、おまえら。俺が教えてやるからそのとおりに着せてゆけ。とにかく、みんなをここに集めろ。」
博雅の前に中途半端な格好のみんなが集まった。
「いいか、俺の言うとおりにやれよ。まず、この紐をここに通してだな…」
みんなの、なぜ先生がそんなことを知っているのだろうというびっくりした顔をあえて無視して、着付けを教え始める博雅。あまり、自分ではやらなかったが着方ぐらい、当然のごとく知っている。
一人ひとりの衣装に合った着付けを終えると、博雅はさっさとひとりで着替えてしまった。
その手際のよいこと、まるで、普段から着ているかのようだ。
さすがに頭だけは髪が短くてどうにもならなかったが、かつらだけはまっぴらごめんだった。それくらいならこのまま、立て烏帽子をかぶるほうがまだいい。立て烏帽子をかぶって直衣の懐に桧扇と、いつも肌身離さぬ葉双を入れる。
ぽん、と懐をたたいて振り向くと、みんなが硬直したように博雅を見ていた。
「なんだ?お前ら、なに固まってんだ?」
「先生、似合いすぎ…。」
「は?」
「ありえねえぐらい似合ってますけど…。」
「なに、馬鹿なこと言ってんだ。もうそろそろ出発する時間じゃないのか。行くぞ。」
ほかのみんなを促して最後尾をついてゆく。
博雅にとって、直衣は似合うとか、似合わないとかのレベルではない、普通の服装以外の何者でもないのだから。
 
行列は大成功だった。博雅のあまりにも似合いすぎる直衣姿に女子の歓声が響いた。
「源元先生。かっこいい〜!」
「きゃあ〜!似合う〜!!」
疲れる…早く帰りたい…。とりあえず、にっこりと微笑んではいるが、それが博雅の正直な気持ちだった。
行列は校内はもとより、校外でも見物人に大勢囲まれた。通りすがりの観光客も思わず足をとめて行列に見入る。
弓の音を響かせながら武官束帯姿の武人がとおり、その後ろから、朝服姿の武官、文官。直垂姿もあれば被衣姿,むしの垂れ絹姿、その中に混じって博雅も歩く。これだけいろいろな衣装の者に囲まれていれば目立たなくなりそうなものなのに、本物はやはり違うというのか、なぜか、みなの目は博雅を追う。
「めちゃくちゃ、似合ってはるお人がおるなあ。」
地元京都の人間までが認めるほど、しっくり似合っている。
そんな見物人に混じってサングラスをかけた晴明がいた。
あきれたように自分の恋人を見る。なにやってんだ、あいつ。
(ひとり悪目立ちしてるぞ。博雅。)
掃き溜めに鶴というところか。道理で、そそくさと出て行ったわけだ。納得。
もう行列も終わりのところだろう。終わったら声をかけてやろうか、きっと心底、嫌な顔をするだろうなと思ったらおかしくなってきた。
くくっと小さく笑う。
 
晴明の笑い声が聞こえた気がしたが、まさかな。
こんなところなんか、死んでも見られたくない。
向こうに教王護国時(東寺)の南大門が見えてきた。ああ、ようやく終わりか。と、ほっとする。後は簡単に一曲吹いて終わりだ。
あれ?南大門に背中を預けて、たっているのはもしかして朱呑童子さまではないか?
博雅は見覚えのあるその姿に気づいた。
(ああ、やっぱりそうだ。…なんで知っているんだ?今日のこと。)
どこに情報網があるのだこのお方は。この調子では、晴明にばれるのも時間の問題だな、ますます落ち込みそうだ。
 
門のまえに到着した博雅は、朱呑童子に声をかけられた。
「博雅殿、その姿似合っておるなあ。いっそ、いつもこのままでいればどうじゃ?」
きれいな赤い唇に笑みを乗せる。久々に見た博雅の直衣姿に機嫌がよかった。
「なに仰るんですか、普段からこんなカッコしてたら馬鹿に見えますよ。それより朱呑さまこそ、何でこんなところにいるんです?」
「おぬしが久々に笛を吹くと聞いたのでな。せっかくだから聴きにきたのだ。よく見ろ、博雅どの。あちらこちらのすみに、おぬしの笛を聞きに来た連中が隠れているのがわかるだろう?」
言われてよくよく注意して見渡せば、門の影、人の足元。いろんなところに妖しが隠れている。まったく、ヒマな連中だ。
「先生、そろそろお願いします。マイクの準備もできたし。」
執行部の一人が呼びに来た。博雅と話しこんでいた朱呑童子をみて、そのきれいな顔にびっくりしている。
「おう、今行く。じゃ朱呑さま、私はこれにて。下手な笛ですが聞いていってくださいね。」
「謙遜するな、おぬしより笛のうまいやつなど我以外にはおらぬよ。」
「はははっ」
博雅が笑った。
 
「悪いがマイクはいらないぞ。マイクなんか通したら、笛がかわいそうだ。」
そういってマイクをさげさせると直衣姿の博雅は、南大門の少し高くなったところに上がった。
柔らかなライトの明かりの元、軽くお辞儀をすると一呼吸おいて笛に息を吹き込んだ。
少し暮れかかった空を博雅の奏でる葉双の音が響いてゆく。
今の世ではあまり聞いたこともないであろう清冽な音が、そこに居合わせた人の心を捉えて離さない。
高まる笛の音に反比例して、静まり返る聴衆。
それを少し離れたところから見ていた晴明。
まったく、なにやってんだ、あいつ。あとで困ったことになっても知らないぞ。さて、どうやってさりげなく、あの笛を止めさせようか、そう考えているときだった。南大門の屋根のかわらがごとっ、と動いた。
おやっ、と晴明が気づいたとき、それは博雅の後ろに落ちてきて、大音響を立てた。
びっくりして博雅の笛の音が止まった。
まあ、止まったんだからとりあえずよかった。しかし。やっぱり今でも落ちるんだなあ。と、晴明はあきれたようにその紅い唇をほころばせた。
従三位 源博雅が笛を吹くと屋根のかわらが落ちるという…。


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