花橘 (6)



 
「さて、どうしたものか」
きっ、と自分を睨み付ける融を見つめて晴明はため息をついた。元をただせばすべての原因は自分にあるということは重々承知していた。
「晴明どの…なぜ私ではないのですっ!?あんな男のどこがこの私に勝ると言うのですっ!」
後ろ手に縛られ罪人のように捕らわれながらも、融は嫉妬に頬に血を登らせ、ぎらつく瞳で半ば叫ぶように晴明に訴えかけた。
「あんな…男…だと?」
その言葉に晴明の目が残虐さを秘めて光る。いくら一度は情を交わした相手とはいえ聞き捨てならぬ言葉であった。
「あのような愚鈍なものより私の方がはるかにあなたにふさわしいはずだっ!」
晴明の目の色にも気づかずさらに融は言い募った。
「…お前に博雅のなにがわかるというのだ…」
白皙の美貌に冷たい残酷さを張り付かせて晴明は静かに言った。
 
まずいな…。
 
そばで一部始終を見ていた犬神はとっさに対峙する二人の間に入った。このままでは殺さずともそれに近いことを晴明は融にやりかねない、せっかく博雅が身を挺してまで融の命を救ったというのに。
 
「まて、晴明。」
犬神は一歩踏み出そうとした晴明の前に手を上げて止めた。
晴明がぎらりと犬神をにらんだ。この男にしてはかなり理性的でなくなっているようだった、それはそうだろう、最愛のひとの命が風前のともし火だったのにさらにそのひとを罵倒されたのだ、いかな晴明とはいえ我慢できるものではなかろう。
「このお方には再教育が必要だと俺は思うのだが、どうかな?」
ちらりと後ろ手で結わえられて二人をにらみつけている融を見下ろした。
「再教育…?」
「そう、この甘ったれは自分がこの世で一番美しくて優れていると思っていらっしゃるようだ。だから俺のような粗野で汚い存在など我慢できないという。それはまた博雅殿に対してもしかり。」
いつの間にか最初に会ったときのように小汚いなりに戻っている犬神が皮肉そうに言った。
「だから、この際、美しいということと優れているということの再定義をこの方に叩き込んでやろう…それでどうだ?」
すっとしゃがんで嫌がる融のあごを無理やり、ぐいっ、と掴むと不敵に笑った。
「俺がじっくり教えてやるさ…だから、今日のところは俺に免じてこれで引け、晴明」
そういって晴明を見上げた。
「…わかりました…犬神殿がそうおっしゃるなら…」
犬神の意図を察して晴明は答えた。融にとってはその性格を根本から崩されるようなことになるだろう。
「晴明どのっ!」
融が晴明を見上げて助けを求めるようにその名を呼んだ。
晴明はちらりと融を見下ろすと黙ってその部屋を後にした。融のことはすべて犬神に託すことにしたのだ。このままでは自分は融に何をするか少しばかり自信がなかった。
 
 
「命拾いをしたな」
二人きりになって融の顔を覗き込んで犬神はにやりと笑った。
「まさか…あのお方が私に危害など加えるわけがない」
「普通ならばな…だが博雅殿に関しては別だ…何度もあの方を殺そうとしたおぬしの命など晴明どのは虫けらほどにも思っていないさ」
「ば、ばかな…っ」
融がうろたえる。たった一夜とはいえ仮にも恋人として契った仲なのだ。
「それほどにあの方にとっては博雅どのは特別なのだ。おぬしごときのかなう相手ではない」
「そんな…っ」
唇をかみ締めて融は下を向いてしまった。自分が博雅などに劣るなどどこを探してもありえないはず…。
いったい私と博雅どのとではどこが違うというのだ。
「その代わりといってはなんだが…俺がぬしの相手をしてやろう」
「えっ!?」
自分の考えにとらわれていた融は犬神の言葉でわれに返った。
「薄汚い素性も知れぬものでも、おぬしを狂うほどに満足させられるということを教えてやろう…」
犬神の顔が迫ってくる。融は捕らえられて自由の聞かぬ体をよじって必死に抵抗した。
「晴明などに負けぬほどによがらせてやるさ…」
そういうと嫌がる融を押さえつけて、犬神はその花のような唇に乱暴に己の唇を重ねていった。


あれから十日ほどが過ぎた。博雅は自邸ではなく傷の治療という名目でずっと晴明の屋敷に滞在していた。晴明は式にも任せずそれこそ一から十まですべて博雅の世話をしてくれた。傷の手当はもとより、体を湯で拭き、着替えをさせ手ずからさじを運んで食べさせ…。まさに甲斐甲斐しいとはこのことだった。
今、博雅は被髪をゆるく後ろにひとつに結び、単衣だけのゆったりとした姿でひとりぬれ縁で蒼くきらめく月を見上げていた。晴明は今宵は何か用があるらしく今ここにいない。
 
「はあ…」
 
柱の一本に背を預けた博雅の口から重いため息が漏れた。
晴明が親身になって世話をしてくれたおかげと、犬神からもらった秘薬のおかげで傷も癒え体調は日に日によくなっていたが、それとは逆に博雅の心にはあることがこれもまた日に日に重くのしかかってきていた。
毎日近くに晴明の存在があるということにたとえようもなく心が喜びに震えてはいる…が、それとともに今までは気にしたこともなかったことがもやもやと心に暗雲をもたらしていた。
 
融と晴明は恋人同士だった…
 
それが心に重い。本当のことを知らない博雅は融と晴明が好きあっていたと思い込んでいるのである。自分のことを好いてくれたのはその後だと思っていた。
 
俺の知らない間のことだ、気にしてどうする…
 
そうは思うのだが融と晴明が寄り添っている姿を少しでも想像するだけで息がつまり、胸が焼けるように苦しい。あの可憐ともいえる風情の融が晴明の胸に擦り寄って自分に見せ付けるように微笑む姿が目に浮かぶ。
そして晴明に向かってその花のような唇を差し出す…
晴明も誰にも見せたことのないようなやさしげな笑みを浮かべてその融の唇に己が唇を重ねてゆく…
 
「うああっ!」
 
胸が苦しい、思わず博雅は胸を掴んで大声を上げた。単衣の胸元をきつく握り締めたそのこぶしにぽとりと熱い雫が落ちた。
 
何で俺はこんなことくらいで泣くのだ…。
 
自嘲するように博雅の唇がゆがむ。

わかっている、これは嫉妬だ…

自分には縁もゆかりもないと思っていた感情のはずだった。苦しくて…くやしくて…。
 頭を深く垂れ、博雅は胸を押さえて大きく息をついだ。
「博雅…?」
そう呼びかける声にはっ!と顔を上げる。いつの間にか目の前に晴明がたっていた。
「晴明…いったいいつの間に…」
「さっきも声をかけた…おまえは気づかなかったようだったが」
月の明かりを受けた博雅の顔に涙の筋を見つけて晴明の眉がひそめられた。
「どうした…?また具合でも悪くなったか?」
博雅の前にひざまずきその頬についたあとを親指でぬぐった。
「い、いや…なんでもない…」
「そのようには見えないぞ」
「大丈夫だ、心配には及ばぬ」
晴明の手から逃げるように顔をそらした博雅。融にもそうやって触れたのかと思うだけで、吐きそうなほどに感情がせりあがってくる。
 
醜い嫉妬だ…
 
そんなことなど思う権利もないはずなのに。今、晴明は俺を想い人だと言ってくれている、それだけでよいではないか…
 
「なにを悩んでいるのだ、博雅?」
心配そうな表情で晴明が聞く。
「な、なにも…」
博雅が下を向く。
「では、なぜ泣く?」
「な、泣いてなど…」
言った語尾が震えた。
「話せ。話さなければ許さぬ」
険しい顔で晴明が博雅をにらみつける。
 
「…俺は醜いのだ」
ぽつりと博雅は言った。
「醜い…?いったいなんのことだ?」
「胸が苦しくて…」
「…?」
「おぬしと融殿が好き合っていた…それを思うとここが焼けるように苦しくて息が止まる…」
胸をぎゅっと掴んだ博雅の目から大きな涙の粒がぼろぼろと零れ落ちた。
「俺はこんな感情を知らなかった…これは醜い嫉妬だ…そうだろ?晴明…」
 
 
「博雅…」
博雅の涙に思わず晴明の体が反射的に動いた。白い狩衣の袖がふわりと博雅の体に回った。
「俺は…」
博雅の言葉が晴明のくちづけに遮られた。
「っ…」
あごがのけぞるほどに激しい口づけ。
晴明の両手が博雅の両頬をつつむ。
「…んん…っ…」
息もさせてくれぬほどにぴたりと唇が合わさって、晴明の舌が博雅の舌に絡み付いてゆく。
長い長いくちづけを終わらせて、晴明の唇が名残惜しげにようやく離れていった。
頬を赤く火照らせて、博雅は荒くなった息を整えるのにはあはあと大きく胸を波打たせて息を継いだ。
その博雅の頬をまだ離さずに晴明は触れ合わんばかりの至近距離で苦い笑いを浮かべた。
「悪かった…博雅…」
「な、なにを…俺の知らぬ間のことだ。お前の気持ちにも気づかなかった俺には何も言う権利などない…」
「いや…あれは浮気のようなものだからな、やっぱり俺が悪い、すまぬ」
「う…浮気?」
びっくりして博雅は伏せていた目を上げた。目の前に虹彩の模様まではっきりとわかるほどの近さで晴明の透き通るような美貌があった。
「そう、浮気さ。おまえしかいないと心の中で誓いながらも己の欲に負けたのだ。本当ならこうやってお前に触れる権利などないのは俺のほうだ」
少し悲しげな目をしてそういうと博雅の頬に置いた手をすっと引こうとした。
「だめだ…」
博雅が言って晴明の手を引き戻した。晴明が今言った、おまえしかいないとう言葉だけが耳に残っていた。重なり合う手。
「そのようなのは浮気とは言わないぞ。…何しろ…その…一度もそのような関係持ってなどいないのだからな」
恥ずかしさをねじ伏せるようにして博雅が言う。同性同士でも実際的な関係を持てることぐらい知識はある…経験はないが…。
その言葉に寸の間、驚いたような顔をした晴明であったがすぐにその表情は消え、代わりに艶を含んだ笑みがその紅い唇に浮かんだ。
「そのような関係?」
「は、話には、き、聞いた事ぐらいあるっ。女と同じようなものだと…。い、いや詳しくは知らぬがなっ!」
なんだか話がおかしな方向に進み始めた、あせる博雅。本人は気づいていなかったが先ほどまでの焼け付くような胸の痛みが、晴明に触れられ言葉を聞かされ微笑まれるうちにいつの間にか消え去っていた。
「融どのには悪かったがあいつを抱いているときにずっと頭にあったのは博雅、おまえだったよ」
濡れ縁の柱に博雅を追い詰めて晴明は言った。
「果てるときに浮かんだのは融どのなどではない…博雅、おまえだった…」
「えっ…」
博雅の単衣にするりとその手を滑り込ませながら、博雅の両足を割ってさらに一足博雅に近づく。
「俺のものを収めているのがおまえだと、その体を汗に光らせているのが博雅だと…」
「せ、晴明…」
「だが、まがい物は一度で充分だ…本当のお前が欲しい…お前を俺にくれ…博雅…」
そう言った晴明の唇が再び博雅に落ちていった。
 
 
「んっ…は…っ」
唇をなんとかもぎ離して博雅は息をついだ。晴明の意外に強い腕の力にがっちりと絡めとられて動けないのに驚きながらもなんとか少し体を離す。
「ちょ、ちょっと待った!晴明!」
晴明の胸の辺りをぐいと押し返す。
「なんだ?…嫌なのか…?」
少し傷ついた表情をその切れ長の瞳に浮かべて晴明が聞く。
「い、いや!…嫌だとか言うのでは…ない」
頬をほんのりと赤く染めつっかえながら博雅は答えた。
「なら、なぜ止める?」
こちらはいたって平静だ。
「な、なぜって…そ、その、今か?そ、それにこれでは…お、俺が…そ、その…まるで…」
「まるで?」
言葉を詰まらせた博雅に代わって晴明が言った。
「ま、まるで、お、…女の役ではないか…」
「不満なのか?」
「ふ、不満…って…」
困りきった顔の博雅ににっこりと笑みかえすと
「心配ない…すべて俺にまかせろ」
そういって晴明は再び博雅の体をしっかりと抱きしめた。
「ふ、不満とか心配とかじゃなくって…俺はこれでも一応、漢で…お、おまけに近衛府中将で…」
「だから?」
そんなものなんだというのだという目で晴明は言った。
「…その…武にあるまじき…」
だんだんと尻つぼみになってゆく博雅の声にかぶせるように
「だが、俺の最愛のひとでもある」
そういって何も言えなくなった博雅の唇を己の唇でふさいで黙らせた。寄りかかった柱からずるずると博雅の体が滑り落ち、やがてその身が晴明の体に組み伏せられてゆく。
「…ん…っ…」
互いの口内にそれぞれの熱い舌が絡み合い、ゆきかう。晴明の手が博雅の乱れた単の裾を割り、さらにその下の下帯をくぐって反応を始めた玉茎に添わされた。
「もののふなど…くそくらえだ…」
紅い唇を嬉しげににいっと吊り上げて晴明は言った。
「…ばか…なんて…こと言うんだ…あっ…っ!」
きゅいと握りこまれて博雅は自分でも出すなどとは思わなかった艶めいた声を上げた。

 
「や…は…っ…」
晴明の手のひらが博雅のものを擦りあげる。
「なんと可愛い声を出すのだ、博雅…」
にやりと悪そうな笑みを浮かべて晴明が言った。
「し、知るかっ…!…つい、出たのだ…あっ…こら、そのようなところに触れるでないっ…く…っ…!」
晴明の細い指先が博雅のものの頂点をなぞった。すでにあふれ出していた露がその指先によってぬるりと広げられた。
「あっ…やめろと…申すに…は…っ…」
博雅の手が晴明を止めようと伸ばされるがその手は思いのほか力がない。
心底嫌な訳ではないのが晴明にはすぐに伝わった。
 
声も可愛いが本当にこのお方はなんと可愛いお方だ。
 
融のように妖艶でも華奢でもないが博雅には滲み出るような可愛らしさがある。これで普段は武士だの近衛府中将だなどとはまったく持って信じがたい。それを言ったら本気で機嫌を損ねそうなので賢明な晴明はそんなこと言いはしないが。
 
「可愛い博雅…」
「ば…可愛いなど…漢に言う言葉では…あっ!」
鈴口のあたりをくいっと指先で押し広げられて博雅は思わずあごをそらして仰け反った。そののど元に晴明の唇が這う。くちくちと博雅のものを嬲りながらごくりと上下する博雅のど元をたどりさらに晴明の唇が下へと降りていった。
ついと小さく立ち上がった胸の蕾を片方づつ丹念に舐め上げ、博雅の意識が飛ぶほどに上り詰めさせ、さらにあちこちにその舌先を遊ばせながら博雅の胸に濡れた舌のあとをつけゆっくりと降りてゆく晴明。目的にたどり着くころには博雅のほうは息も絶え絶えにあえぐばかりとなっていた。
頬を桃色に染めふうるふるとその身を打ち震えさせている博雅は、もはや近衛府中将の肩書きなどあるとは思えぬほどに艶に満ちて、匂いたつばかりに色香を放っていた。
晴明の手の平の中で硬く育った博雅の漢の証を晴明はその口内へとゆっくりと収めていった。
「あああぁっ!」
単の前を大きくはだけ小さな突起を快感に硬く立ち上がらせながら博雅は声を大きく上げた。大きく割られたその両脚の間に晴明がその顔を埋めていた。
 
晴明の紅い唇を己がものが行きつ戻りつする様を痺れるような快感の中で見つめる博雅。これが本当のことなのかそれとも夢の中のことなのかもよくわからぬほどに取り乱していた。ただ、背筋を駆け上がる快感は間違えようもなくこれが現(うつつ)であると告げていた。
 
晴明…。
 
胸に湧き上がるのは快感だけではない、この身をいっぱいにするほどの愛しさも時を同じくして湧き上がる。
 
俺の…晴明…。
 
愛しさを伴う快感はなにに比べるべくもない。博雅は競りあがってくるものを抑えることなどもうできなかった。
 
「せ…晴明…は、離せ…っ…あ…っっ!」
 
止める暇もなく博雅は晴明の美しい唇の奥にその熱く迸る精を放っていた。
 
「…ああ…っ…あ…っ…」
 
晴明の肩に置かれた博雅の手がぎゅうっと晴明の狩衣の絹を掴んだ。ひくひくと内股をひくつかせあごを仰け反らせて博雅は晴明の中で果てた。
ぐったりと柱に身を預ける博雅。ぎゅっとつぶられた瞳は長いまつげに縁取られ頬に黒い影を落としていた。その影から月の明かりを跳ね返して光の粒が零れ落ちる。
愛しさとあまりの快感に博雅がこぼした涙の粒だった。
唇の端をくいとぬぐって晴明がその面を上げた。
博雅の両膝に手をつき、その間にぐいと体をねじ込ませて触れ合うほどに博雅に近づく。
 
「大事ないか、博雅?」
「う…うむ…な、なんとか…」
はう…と博雅は大きく息をついでようやくのことでまぶたを上げた。
「まったく…無茶をする、晴明…」
その瞳の端にひっかかった涙の粒に細い人差し指の先を触れて晴明がほのかに笑む。
「無茶…?とんでもない…今までしたくてもできなかったことをさせてもらって俺は大いに満足しているよ」
「ばか…」
博雅は耳まで真っ赤になって答えた。
「さらに先に進みたいところだが…」
「えっ?」
「まあ、今日のところはここまでにしておいてやろう。おまえの傷が完全に回復しないうちはこれ以上無茶などできぬからな。」
さらに先っていったいなんだ、と赤くなったり青くなったりしている博雅に悪そうな含んだ笑みを唇に浮かべて晴明は言った。
「今度は最後まできっちりとしてさしあげようぞ。」
そういうと博雅のものに手を這わせさらにその奥をするりと撫でた。
 
「ひやっ!」
「ははははっ!」
「わ、笑うな!晴明〜っ!」
 
素っ頓狂な声を上げて飛び上がった博雅に晴明はらしからぬ大きな声を上げて笑った。
本当にうれしそうな心からの笑い声が静かな晴明邸の夜の庭に響き渡った。
 

                        終劇 



とりあえず終わります。とりあえず…。

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