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〜火をつけたのは誰だ?〜
月もずいぶんと傾きかけた夜。
晴明の屋敷の濡れ縁に人影が二つ。
二人の間には長い足の灯明皿に灯火がひとつ、小さな光を放っていた。
その明かりを受けて杯を傾けている一方の人影は源博雅。
やんごとなき身分の殿上人である。
にもかかわらず今日も今日とて、共の者も連れずに晴明の元を訪れていた。
武人らしい無骨な手に小さなかわらけの杯をもち、なぜか少しむっとした面持ちでそれを干した。
その瞳は向かいにすわるもう一人の人影を見つめていた。
博雅の視線を受けているのは安倍晴明。
京一と名高い、うわさの陰陽師。
白い狩衣を身にまとった涼しげな美貌の持ち主。
いつもならば柱の一つに背でも預けて、庭を見るともなく眺めながら博雅とほろほろと酒を飲んでいるはず。
…なのだが今日の彼はちょっと違っていた
灯明の明かりが暗いなどと、ぶつぶつ文句を言いながらせっせと何かをやっている。
呪の話でからかわれるのも好きではないが、こうもあからさまにないがしろにされるのは、いくら何でも心の広い博雅だとて気分のよいものではない。まして、あんなことの後では…。
「ふむ…。これはここだな。…うん、よしよし。」
嬉々として瓶の破片をつないでいる晴明のその手を捕まえた博雅。
「おい。晴明。」
「わっ!なんだなんだ。どうした、博雅?」
晴明がびっくりして聞いた。
向かいでおとなしく酒を飲んでいたはずの博雅、晴明はその存在をほとんど意識すらしていなかった。
それだけ気を許した相手だということでもあるのだが…。
博雅は驚く晴明のあごを取って引き寄せると、その紅い唇を自分のやや大きめの唇でふさいだ。
「む…んん…っ!」
瓶のかけらを片手に持ったまま、びっくりして目を見張る晴明。
博雅はそんな晴明の驚きにもまったく無頓着に、あごにかけた指に力をこめると晴明の口を無理やりあけさせた。
「ん…んん…っ!!」
突然の博雅の舌の進入に文句を言おうにも言えない晴明。そのうち博雅の強引で貪欲なくちづけに、文句も引っ込んでしまった。
博雅の舌が逃げる晴明の舌に重ねられた。
晴明の舌を巻き込むように絡めとると、息もできぬほどにくちづけを深めてゆく博雅。
その激しいくちづjけに晴明の下半身がジワリと熱くなってゆく。
(ま、待て博雅。いまはこの瓶を復元したいんだ…。)
かけらをぎゅっと握り締めてぼんやりとする頭で晴明は理性をかき集めて思った。
なんとかこの強引男を引きはがさなければ。
ぎゅっと博雅の胸を押し返す。
と、博雅の唇が離れた。が、まだその距離は近い。舌だけは晴明の唇に入り込んでまだ晴明の舌をなでている。
「は…あっ…」
思わず晴明の唇から吐息が漏れた。
(だめだ…。引き剥がすなんて無理…。博雅、お前のの舌はあまりに美味しすぎる…。)
晴明は押し返したはずの博雅の胸を逆にまた引き寄せた。
(今日は復元作業は取りやめだ…)
今度は自分の方から博雅の口内を探りにいった。
ぼうっとした晴明にようやく唇を離した博雅が話しかけた。
「晴明…。おまえ、俺をあおるだけあおっといてほったらかしはないだろう?…まったく。」
博雅の意外な抗議に、はっと目が覚めたかのようにわれに返る晴明。
いつのまにやら、すっかり博雅の胸にすっぽりと抱え込まれていた。
「あおった?俺が?いったいいつの話だ?」
てんで覚えがない。博雅の強い腕に抱え込まれたその胸の中から博雅の顔をを仰ぎ見る。
いつも紅い晴明の唇が、先ほどまでの激しい口づけに、ふっくらとふくらみ濡れて、さらに紅く色づいている。
その唇に目を細めながら見入る博雅。
まったく、この艶は女よりたちが悪い…。ほかの連中には決して見せられぬ。
「さっき。門のところでそいつらが出てくるのを待っていただろう?あの時だよ。」
晴明の傍らに積み上げられた瓶のかけらの山を指差していった。
そう言った博雅の瞳は、いまだ晴明の唇を見つめたまま。
その手はゆっくりと晴明の狩衣の蜻蛉をはずしにかかっている。
「門のところで?」
俺、博雅に、そんなスイッチ入れるような何か、やったっけ?
自分の狩衣の襟元をくつろげる博雅の手の動きを、視界の片隅でちらりと意識しながら晴明が聞き返す。
「なんだ。おぼえてないのか?いい加減なやつだな。」
一瞬、手を止めて博雅が言った。
「いい加減って…。俺が何をしたというんだ?悪いが、ほんとにまったく覚えがない…。すまない…。」
博雅は黙って晴明の唇に指を当てた。
ようやくピンときた晴明。
博雅に唇に指を当てられたまま言った。
「『静かに』っていった、あのときのことか?」
「そうだよ。突然お前に唇に触れられて一辺に熱くなっちまったんだ。…お前のせいだぞ。」
そう言うと博雅は指を晴明の唇に割りいれた。そのまま晴明の舌を指で抑えると口をあけさせて、また口づけた。
博雅のごつごつとした指と柔らかな熱い舌と、その両方に晴明の頭の中がだんだんと、これぞまさしく、煽られて、熱くなってくる。
合わせられた二人の唇の端から、つうっと透明なしずくが伝い落ちていった。
「そんな変な連中の住んでる瓶なんか、後にしておけ。」
唇を離すと、眉間に軽くしわを寄せて、晴明がいまだ手にしていたかけらをひょいと取り上げると、ぽいと床にほうった。
「…大事に扱ってくれよ。貴重な品なんだ。」」
貴重なんだといいながらも、晴明の頭の中には先ほどの瓶のことなど微塵もなかったが。
「知ってるよ、帰りの牛車の中で散々、聞かされたからな。まったくこっちの気も知らないで…。」
博雅が晴明の無意識のしぐさに散々劣情をあおられていたのに、こいつときたら空海和尚が唐より持ち帰ったというこのへんてこな道教の瓶について帰りの牛車の中で延々としゃべり続けていたのであった。
「まったく。興味を引かれたこととなると、お前は本当に見境がつかなくなるからな。」
ため息をつく博雅。
今だって一晩中、寝ずに事件を解決しに行っていたというのに、一眠りもせずに、またそいつにかかりきろうとしている。
学者肌なのはよく知っているが、もっと自分を大事にしろといいたい。
俺のように、普段から鍛えている武人というわけではないのだから。
華奢な晴明の腰に手を回しながらそう思う。
博雅の手が晴明のはだけた狩衣の中へと滑り込む。
なめらかで、自分とちがって厚みのない胸にするりと手のひらを這わせてゆく。
手のひらに晴明のついと立ち上がった胸の蕾が触れる。
その先を指の先に捉えて挟む。
「…うっ…」
晴明の唇から色のある声が小さく上がった。
口の端に小さく笑みを浮かべると、博雅は晴明の胸元を大きくやや乱暴にはだけ、あらわになったその胸に、そしてその蕾に唇を寄せた。
さっきまで自分の唇の中を探っていた博雅の熱い舌が、今度は自分の胸の蕾を嬲っている。
もう片方の蕾は博雅の固い指先に、強いくらいの力で愛撫されていた。
その両方の蕾から体の芯へと、快感がまるで波のように広がっていった。
思わず両腿に力が入る。
立ち上がろうとする自分のもの。
快感の波に理性をさらわれて、足の間がどんどんと熱を持って行く。
「博雅…せめて湯浴みを…」
一晩、涼しかったとはいえ外にいたのだ。
「だめだ…。いまのままでいい。」
博雅が晴明の胸の蕾の周りをぐるりとなめながら言った。
「でも…あっ…!」
晴明の文句を力づくで黙らせる博雅。
指貫の中へと手を滑り込ませて、反応を始めたばかりの晴明のものをきゅっと手にしたのだ。
「文句をいうな…。」
さわさわとそれをさすりながら晴明の耳元にささやく。ついでに耳たぶもかりっと噛んでおく。
「あ…はっ…。」
晴明の弱いところ、感じるポイントははすべて把握している博雅。
稀代の陰陽師も博雅の前ではただの恋人。。
乱れた服装で息を切らしている晴明を、その手で翻弄させ続けながら博雅は晴明の式を呼んだ。
「おい。誰かある。」
「あい…」
式の一人がすうっと姿を現す。
「閨の用意をいたせ。すぐにだ。」
「あい…。」
式は博雅の命を受け、すぐに奥の間へと消えた。
「いったい…いつのまに…俺の式にあん…な命令ができる…ようになったんだ…?」
乱れる息の元、晴明が聞く。
「いつからって、ずっと前からだぞ。なんだそれも知らなかったのか?遅れてるな、晴明。」
くすっと博雅が笑った。博雅の手のひらに晴明の先走りの露が触れた。
「あいつらは俺のことをお前の一番大切なものと認識してくれているんだ。だからかな?大概のことは聞いてくれるぞ。」
もちろん一番大切なものと思ってるんだろうな、と念を押す博雅。そういわないとこれからどんな目に合わされるかわかったものではないと苦笑いをしながらも、晴明はお前がこの世で一番大切だと白状した。
「だろっ?」
博雅がにこやかな笑顔で返した。
そして、そのまま晴明のものをその熱い唇へと誘いこんでいった。
「ご用意できましてございます…。」
式が少し離れたところから二人に告げた。
「ああ。ありがとう、下がってよいぞ。」
「あい…。」
式は博雅に返事をするとまたすうっと消えた。
「…なれたものだな。」
晴明は博雅の腕の中で困ったように言った。これではどっちの式だかわからないな。まあ、それもいいが。
「はいはい。文句を言わない。ほら、ゆくぞ。」
博雅はその大きな腕で晴明をひょいと抱えると奥へと運んでゆこうとした。
「おい…自分で歩くよ、このぐらい。姫でもあるまいし…なあ?」
博雅の腕に抱えられて晴明が文句を言う。
「俺にとっちゃ姫のようなものだ。…これからすることもな。」
にやっと笑って博雅は片目をつぶった。
とたんに、ぼっと紅くなる晴明。
「ば、ばかっ!そんな露骨なこというなっ!」
「なんで?ほんとのことだろ?俺は今からお前を愛でる。」
「ば…」
博雅のあっけらかんとした言い方に晴明は言葉を失った。
本当に殿上人のくせに、雅とか風雅などという感覚とは無縁のわが恋人、源博雅である。
「しっかり、徹底的に愛でてやるから覚悟しとけよ、晴明。」
博雅がとどめのように晴明の耳元でささやいた。
「ば、ばかものっ…!」
じたばたと博雅の腕の中で暴れる晴明を、楽しそうに抱えて奥の間へと消える源博雅であった。
リバースへともどります
ついに書いてしまった、リバ。いつもの晴明×博雅ではありません。しかも、遠い昔の二人。
もちろん、現代版ともまったく別ヴァージョンでやんす。元は博×晴から入っただけにどっちもイケるクチなのです。
ほんとに節操なくって…。