いつかどこかで (2)



次の日、深草は本当に朝迎えにやってきた。
「おはよ。」
にっと笑って片手を挙げる深草に僕も答える。
「…お、おはよ。」
「ほい、乗れよ。」
そういってメットを手渡してくれた。
そのメットを手にして僕は戸惑った。
「あ、あの…なんで迎えにきてくれたんだ?昨日のことなら別に気にしてないから…。」
「昨日のこととか関係ないよ。俺はただおまえと友達になりたいだけなんだ。ほら学校なんかだと俺とお前ってろくすっぽしゃべったこともないだろ?」
「でも何で僕なんかと?」
「…何でって…友達になりたいのになんか理由なんかいるのか?」
少し怒ったように深草が聞き返した。
「だって僕と友達になったって何のメリットもないし。それにもう君の周りには友達がいっぱいいるじゃないか…」
そういう僕の声はきっ、と睨みつけるように僕を見つめる深草のまなざしに語尾が小さくなってゆく。
「ほかのやつらなんか関係ない」
「え…?」
「とにかく俺はお前と友達になりたい。理由なんかない。それだけだ。…それともこんなデカくてがさつな友達なんかいらないか?」
「い、いや…そんなことない…」
「なら、いいだろ?今日から俺とお前はダチ!わかった?」
背の高い深草が上から覗き込むように言った。
その勢いに押された僕はついうなずいてしまった。
「う…うん」
「よし!じゃあガッコいこうぜ。いくらなんでもこれ以上ぐずぐずしてたら遅刻しちまう。」
僕の手からメットをとるとスポッと僕の頭にかぶせコン!とそれをたたいた。
「毎日迎えに来てやるからな!」
そしてニヤッとすこぶるワルそうな笑みを見せた。その笑みに一瞬幼かったころの深草の姿がダブった。
 
教室に入ってくる深草の姿を視界の隅に捉えながらも僕は、ばさっとかかった前髪とメガネの奥に隠れるように下を向いて、広げたノートに目を落とした。何を書いていればもいいのかもわからないままシャープペンシルを走らせた。ペンを握る指先にどくんどくんと自分の心臓の鼓動が響いてくるような気がした。
(声なんかかけるなよ…)
深草に気づかないふりをしている僕の気持ちを知っているだろうに、それでもやつは僕のところへとやってきた。
「なんだ?朝からずいぶん熱心に勉強してるなあ。」
僕の目の前に深草の大きな手が突かれた。
「昨日は家で勉強できなったから…。」
深草の顔も見ずに答えた。
「なんだ何だ?お前らいつの間に話なんてするようになったんだあ?」
いつも深草にくっついているやつの友達の一人が冷やかすように声をかけてきた。
「なんだ。山田、知らなかったのか?俺たち、まえからずっと友達だッたんだぜ。な、小野?」
顔を上げた僕に、ちゃんと答えろよと言っているように深草の目がこちらに向いた。
「…うん…」
無理やり口元に引きつる笑みを貼り付けて答えた。
「な?」
僕の肩をぽんとたたいて深草が満足そうに笑った。
へえ意外、とかなんとか言いながら山田が離れていった。深草がずいっと顔を近づけて小さな声で言った。
「おまえ。とっとと俺をおいて先行きやがったな。俺と並んで教室入るのいやなのか?」
深草がバイクを裏通りに面した工場跡地に隠しに行ってる間、なんとなく待っているのが恥ずかしく感じてつい深草を置いて先に登校してしまった。そのことをやつはいっているのだ。
「あ…ごめん…」
ほかになにもいえずに僕は言葉に詰まった。だって急に仲良くなるなんておかしいじゃないか。もう入学してから何ヶ月もたつというのに。
「ごめんじゃないだろ。いやかどうか聞いてんだ」
「いやってわけじゃ…」
「なら、明日からは俺をおいてくなよ。…置いていかれるのは好きじゃない…」
最後の一言はちいさなつぶやきのようだった。
「…うん…」
なんだか気おされて僕は素直に答えた。
 
その日から本当に僕と深草はいつも一緒だった。最初、周りの連中は面白がってからかってきたが、深草があまりにも普通に僕に接するのでそのうち誰もからかわなくなっていった。ただ一人いつまでも戸惑っているものがいるとすればそれは誰でもない僕自身だった。
なんで急に僕なんかと友達になりたがるんだろう。勉強を教えてもらうのが目的なんてことはまずなかった。やつのほうが僕より成績がよかったから。それに何よりそんなことを目的にするようなやつでもない。彼の友達の中では僕が一番ほそっこくて、よわっちい。売られた喧嘩はソッコーで買う深草と、僕には何の接点もなかった。
 
なんで?
 
常にその疑問符が僕の頭にこびりついていた。
でも本当は少しうれしかった。
小さなころ近所のがきどもを引き連れてその辺を遊びまわっている彼を二階の窓からいつも眺めてはうらやましいなあと思っていたのだ。今、僕はその仲間に入れてもらっている。小さなころの夢がかなったような気もしていた。
もちろん深草の周りにいる連中に全部ついてくわけには行かなかったし深草もなるべくほかのやつらと僕とを一緒にはしなかった。気のせいか特別扱いを受けているようなそんな気がした。
ただそうやって親しくつきあうようになっても小さなころに幼馴染だったことはとても言い出しにくく、何ヶ月か過ぎた今でもそれを口に出すことはできなかった。それでもこのころの僕はもう昔のことなど関係ないとひそかに割り切っていたところがあった。小さなころのことを思い出して話題にするより今の普通の学生生活を楽しむ事のほうが今の僕には重要なことだった。
 
そんなある日の夕方。
一緒に帰ろうといっていた深草の生徒会の仕事が終わるのを一人教室で待っていたときだった。取り巻きの一人が忘れ物をとりにきたのだ。
「あ。木村くん。」
見知った顔にぼくは声をかけた。
「おう、小野か、なにやってんだこんなとこに一人で」
机の中から忘れ物のノートをごそごそと出しながら取り巻きの一人の木村という男が返事をした。
「深草君が生徒会の仕事を終わるのをまってるんだ」
「へえ…。相変わらず仲いいな。それにしてもお前のどこが気に入っているんだか。深草のやつなら相手なんてよりどりみどりだろうにさ。なんで、おまえなんか特別あつかいしてるんだ?こんなにひょろいくせにさ」
なんだかおかしな言い方をする木村。まるで付き合ってる女のこの話でもするように言った。
「し、知らないよ。それに特別になんかしてもらってない、だって同級生だしそんな風に扱われるなんてありえないよ」
彼女扱いされたこことにはそのとき気づかず、ひょろいといわれたことにだけかっとなった僕は珍しく言い返した。
「うそ付け。あんなに特別扱いされてるのに気づいてないなんてそっちのほうがありえないだろ。おまえもしかして深草に…」
さらに僕になにか言いかけたそいつの表情が急に固まった。
僕の後ろのほうに視線が釘付けになっているらしい。
なんだ…?
振り向こうとした僕の肩に大きな手がぽんと置かれた。
「よう、木村、なに楽しそうに小野と話してるんだ?俺にも聞かせろよ」
深草だった。
楽しそうに言ってはいるが妙に低い声だった。僕からは見えないその表情に正面にいるそいつの顔がみるみる青ざめてゆく。
「い、いやっ!なんでもない!な!俺たち普通に話してただけだよなっ!」
僕の顔を見てなぜかあわてたように同意を求める。
「う、…うん」
その必死な表情につい同意してしまった。
「な!じゃ、じゃあお先っ!」
かばんを手にすると椅子をひっくり返さんばかりの勢いで木村は教室を出て行った。
「なんだあれ…?」
急なことできょとんとする僕。
「…知らね。さあ帰ろうぜ。」
肩に置かれた手が背中に滑って僕の背を押した。
「う、うん」
促されるまま僕は席をたちかばんを手に深草と教室を後にした。
 
「おまえさ。今度の日曜ひま?」
ふたりでバイクのある場所へと歩く途中で深草が聞いてきた。
「日曜?特に予定もないけど?」
「じゃあ。ツーリングいかねえ?」
「ツーリング?」
「俺のバイクにのってさ、海かどっかいこうぜ」
「うん、いいね」
二人でバイクにのって遠出する…想像しただけでうきうきした。
「今ごろなら海もまだすいてるだろうしさ、のんびり泳げるぞ。」
「あ…僕、泳ぎはだめだ…」
「なんだよ泳げないのか?なら俺が教えてやるよ」
「いや、そんなんじゃなくて…」
「じゃなに?」
バイクの置いてあるところまで来て深草は立ち止まって僕を見下ろした。頭ひとつは確実に僕よりでかい深草。
「僕、胸にでっかい傷跡があるんだ…だからちょっと人前で裸はさ…」
そこまで言って口ごもった。今まで心臓の大手術をしたことを話したことはなかった。
「傷跡って?」
不審そうに深草が聞く。友達になったやつにこれ以上隠すのもためらわれて僕は初めて手術の話をした。
「その…僕は去年まで心臓に欠陥があってさ、ずっと病院にいたんだ。いい先生に巡り合えたおかげで体は丈夫になったんだけど、その手術の跡が結構派手でさ。だからこれを人目にさらすのはちょっとね…」
なるべく何事もなかったように簡単そうに話したが深草の目はそんなことではごまかされた様子はなかった。
怖い目をして静かに聞いた。
「いつから病院にいたんだ…?」
「少し長かったかな…」
ごまかすように笑った僕にもう一度深草の鋭い質問が飛んだ。
「少しってどのくらいだ?」
「え…と」
「適当にごまかすなよ」
「!」
じっと見つめてくる深草。正直に答えないと怒鳴られそうだった。
「五歳から…」
「いつまで?」
さらに追い討ちをかける
「去年の暮れまで。」
正直に答えてしまった。
「はあ、まだ治ったばかりじゃないか。お前そんなので学校なんか普通に通って大丈夫なのかよ」
心底心配そうに言う深草にあわてて僕は言った。
「もう、大丈夫なんだ!そりゃあ走ったり飛んだりはまだ無理だけどもう普通なんだ。だから病人扱いしないでよ」
「わかったよ。まったく道理で華奢だと思ったよ。それにしてもどれだけ大きいんだ?その傷跡って…見せてみな」
そういうとすっと手を伸ばして僕のカッターシャツのボタンをぷちぷちとはずし始めた。あまりにも何のためらいもなくボタンをはずす手つきに僕は驚きすぎて留めることすら忘れていた。
はっとわれにかえって深草の手に手をかけた。
「こ、こらやめろって。」
でも深草は僕の言葉を無視して難しい顔をしてボタンをはずし続ける、あまつさえなおも留めようとした僕に叱責までしてきた。
「じっとしてろ」
その命令口調にぱたりとてが落ちた
ボタンをはずし終えた深草のてが僕のシャツを大きく押し広げた。
「…なんてこと…だ」
眉間に深くしわを刻ませて深草が搾り出すような声で言った。彼の目にうつっているのは僕の胸の真ん中を縦に長く縦断する生々しい大きな傷跡だ。まるで真っ二つに割られた後みたいに見えるだろう。
「な…だから僕水着はかんべん」
いやなもの見られたなあと思いながら僕は冗談めかして言った。
「…っ」
深草の指が僕の盛り上がった大きな傷跡に触れた、そのままつつっと後をたどった。
「俺の知らない間にこんな目にあってたのか…」
「え?」
「死んでたら危うく会えないとこだったってわけだ…ばかやろう」
「な、なに?」
まるでもっと前から僕のことを知っていたような口ぶり。僕のよくなりかけている心臓がどきりと脈打った。
「ど、どういう意味?」
「なんでもない」
触れていた指を離して深草がまたボタンを留めだす。
「俺はよくてもこの傷跡じゃおまえのほうがいやだろうな。海はやめとこ」
第一ボタンまできっちりと留めてぽんと肩をたたかれた。
「う…ん、ごめん」
なんだかせっかくっ誘ってくれたのにちょっと申し訳ない気持ちになって僕は下を向いてしまった。それになんだかボタンをとめる深草の手に妙に心臓がどきどきもしていた。
小さいころからそういえばそうだった。僕はいつだってやつのことを思うたびに心臓あ苦しくなったものだった。いまではもう病気もないので苦しいとはいえなかったが鼓動が早まるのだけはどうにも変わらなかった。
僕にとってやつの存在はあこがれそのものだったから。自分もやつのように自由に外を駆け回り友達と遊びたかった
「そっか海はむりか。でもツーリングにはいこうぜ。そうだ確か近くに水族館もあったはずだ。そっちにいこう、な。」
そういって深草はにやっと笑って僕にメットを渡してくれた。
 
 
深草との約束の日も近くなったの木曜日、僕は隣のクラスの女の子に校舎の裏へ呼び出された。ご他聞にもれず友達の一人が僕にそのこがそこで待っているから来てねと言って間を取り持ちにきたのだ。
放課後、今日は用があるからと深草と分かれた僕。女の子のまつ校舎裏へと急いだ。
 
かわいい子だった。ちょっと背が低くてショートカットの女の子。まっかになって僕に付き合ってほしいと告白してきた。
「小野君のことが前から好きだったの。」
真っ赤になって下を向く顔がかわいかった。
特にそのこのことがすきというわけではなかったが僕は付き合おうか、と答えた。高校一年生にもなっていまだ彼女の一人もいなかったし、ちょっと彼女を持つということも経験してみたかった。
喜んで飛び跳ねる女の子をニコニコと眺めながらああ、僕もようやく普通の高校生になれたんだとなんだかうれしかった。…とても女の子とつきあう理由じゃなかったけれど。
女のこにもてまくる深草にちょっとだけ自慢できるぞとそう思っていた。
 
「ごめん今日は用があるんだ」
深草の後ろのシートから降りながら僕は言った。
「昨日もだったよな、なにかあったのか?」
ヘルメットをはずしながら深草が聞いた。
「実は昨日さ、女の子のコクられちゃって。今日からそのこと付き合う子とにしたんだ」
テレながらそういった僕。
「…なんだって?」
静かな声で深草が聴いた。
「隣のクラスのよしのって子なんだけど、知ってる?」
にこりと笑って深草の方を見た僕の言葉が宙に止まった。
「なんで…」
そういって僕を見る深草の顔にはまぎれもない怒りの表情があった。
 
 


まだ続きます。すいません…。 
 

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