「海に着くまでもうちょっとだって言うのに次から次へと…。」
僕が返事もできないうちに道路沿いにある小さな空き地へ深草のバイクと改造バイクの一団が連なって入る。
「少し、そこらで休憩してろ。」
バイクを止めてヘルメットを脱ぎながら深草は何事もなかったかのようにそう言った。
「え?で、でも…」
思わず周りを見回して僕は言葉に詰まった。それもそのはず、僕らの周りにはいかにも物騒な用のある顔をした連中でいっぱいだったから。
「いいから。おまえがいるとかえって足手まといだからな。俺はちょっとこの連中と話がある。」
「おい。おまえ中将だな?」
「その名前で呼ぶなよ」
ヘルメットをバイクのハンドルに引っ掛けながら深草が顔も上げずに答える。
「は?何言ってんだ!おまえは確か黒の中将だろ?とぼけてんじゃねえぞ、コラッ!」
「とぼけてるわけじゃねえ。その名前で…呼ぶなッってんだろっ!!」
それまで淡々として見えていた深草が一瞬にして凶暴な牙をむく猛獣に変わった。
僕は唖然としてその有様を見ていた。
凄かった…。
相手は6人、みんな深草とそう背丈も体格も変わらないように見えた。だが、その身体能力の差は歴然としていた。なにしろ動きが速い。向うの繰り出す拳がかすりもしない。ほんの紙一重の差で深草は相手の攻撃をかわしてゆく。そして、かわしたその一瞬でカウンターで深草のパンチが入る。ボクシングのようにも見えるが相手の腕を取って投げ飛ばすこともするところをみると、ボクシングなどというスポーツではなく喧嘩で培った総合的なもののようだ。
「ほらこれで終わりッと!」
倒れていたやつが必死で起き上がって向かってこようとしたのをゲシッ!と足蹴にして深草は言った。少々息が上がっていはしたが、いたって平然としていた。
「ちゅ…中将…、テメ…覚えてろ…よっ」
口の端から真っ赤な血がたれているのをぐいっとぬぐって中の一人が言った。
「だ・か・ら。その呼び方やめろって言ってんだろっ!今度その名で呼んだら…コロス」
深草がギラッと目を光らせてそいつの顔をスニーカーの底でギリッと踏みつけた。
「待たせたな。いこ。」
びっくりしてボーゼンとする僕の肩をポンと叩いて深草はまるで何事もなかったように言った。
「え?え?で、でも…」
倒れている連中に目をやっておどおどする僕に
「いいから、行こう。こいつらならほっといても大丈夫。ゴキブリみたいな連中だ、夜までには復活して元気になってるさ。」
ニヤと笑ってそういった。
「深草くん…キミッて一体何者?」
ようやく目的の海のついて開口一番、僕は聞いた。ここにつくまで、もうトラブルはごめんだと、深草がバイクのスピードを格段に上げたので、走っている最中はバランスをとるのに必死で話などできなかったのだ。
「何者って…おまえのおさななじみで、同級生。それから今は恋人。」
海に向かってう〜んと大きく手を広げて深呼吸しながら、当然のように深草は言った。
二人の目の前にはどこまでも広がる碧い海。夏にはまだ少し早い季節の今。泳いでる人影はほとんどない。海沿いに続く道路のふちにところどころ設けられている駐車用のスペースに風除けの松が並んで植わっている。その一本の影にバイクを停めて僕らは海に向かって並んで立っていた。
「こ、恋人?それはち、違うと思うよッ!」
それはありえない、と真っ赤になって首を振るぼくに
「違わないさ。少なくとも俺はそう思ってる」
とめたバイクに腰を預けて体の前で腕組みをする深草、本気でそう思っているようだった。
「う…。そのことは後でゆっくり話しをしようよ。そうじゃなくって僕が聞いたのは君はいたいどういう人なんだってことで…。」
言いながら僕の言葉が尻すぼみになる。なぜなら深草の腕が僕のことをグイッと引き寄せたから。
「おさななじみで同級生で…恋人。それ以上何もない。」
「そうじゃなく…」
真っ赤になった僕のあごをとると深草の唇に僕は言葉を塞がれた。
「こっ、こんなとこで何するんだよっ!」
深草の肩を押しのけて僕は怒鳴った。
「別にいいじゃん、誰も見てないさ」
「誰も見てなくっても僕がイヤだ!」
「俺のことがイヤか?」
僕の腕を掴んで深草が怖い顔で聞いた。
「そ、そういうわけじゃ…」
目線を逸らす
「ただ、…何で君みたいな人が僕なんかにかまうのか…それがわかんない…」
「なんか、じゃない…おまえだからさ。…今のおまえには言ったってわかんないだろうけどな」
「どういう意味だよ?」
「今はわかんなくってもいい。いつかきっとわかる日がくる」
そういうと深草は僕のことをそっと抱きしめた。ふわりと深草の体から何かの香水のような香りが僕の鼻に香った。柑橘系でもシトラス系でもない、いつかどこかで嗅いだことのあるような爽やかな青葉の香り。
なんだろ…この懐かしいような感じ…。
さっきみたいに突き放すのも忘れて僕は深草の腕の中でおとなしく収まっていた。
「…中将」
さっき聞いた名が僕の口をついて出た。
その名に深草の体がビクッと反応した。
「黒の…中将って…」
「それは俺の昔の名だ…今はもう関係ない」
「昔の名って?」
「俺の母が離婚する前の名前だよ。あのころバカばっかやってたから名前のあたまに黒なんてつけられたんだ。…あんまりカッコいい話じゃないから、その名で呼ぶな」
ふうっとため息を吐いて深草はそういったが、僕にはなんだかこの名にそれだけではない何かを感じていた。
「あ、あの…僕らってツーリングに来たんじゃなかったけ?」
おそるおそる問う僕に深草はあちこちのドアを開けて、覘きながら
「え〜?なんだって?」
と答えた。
「だ、だから…僕らはツーリングに来たはずじゃないの?」
深草のあとをあわてて追いかけてもう一度僕は言った。
「ああ、ツーリングね。今だってその途中じゃん、ただ、おまえ海も入れないし、道路走ってりゃどいつもこいつも喧嘩売ってくるし。ちょっと休憩。」
ほら、こっち来いよと腕を引っ張られて僕は深草の体の上に引き倒された。スプリングの利いたベッドのうえで二人の体がぽんと跳ねた。
「で、でも、ここって…」
まわりをきょろきょろ見回して僕は落ちつかなげに言った。
「いい感じのホテルじゃん。なんか文句でもある?」
海に近いせいでトロピカルに椰子の木やブーゲンビリアの造花、熱帯魚の泳ぐでっかい水槽、それらで南国気分満載の部屋を見回して深草はニヤっと笑った。
「ホテルって…ラブホじゃん!男同士ではいるとこじゃないって!」
「やること一緒だから別にいいんじゃないの?金だって勿論ちゃんと払うし」
「そんなこと言ってるんじゃないよ!っていうか、や、やることって…!」
思わず絶句する。
「くくっ。お前ってホント昔から意外とアタマ固いっていうか優等生だよなあ。」
おかしそうにそう笑うと、いいから、こっちむけって言って、ボクの後頭部ををぐいっとつかむ自分の顔に引き寄せた。
硬い深草の唇が僕の唇を覆うように重なる。僕より少し硬い唇、その力強い感触に背中をぞくっと何かが走る。
この間みたいに流されるものかと僕はギュッと唇をかみ締めた。
深草とのキスは危険だ。あっという間に僕の理性をさらってゆく怖い力がある。
僕は普通の高校生の生活をするんだ。
大体、こんなところに何でのこのこ付いてきたりなんかしたんだ。僕ってホント馬鹿なヤツ。
「口あけろよ」
ぎゅっと唇をかみ締めた僕に深草が言う。
「やだ」
「なんで」
「だって君とキスすると僕おかしくなるから」
むっとむくれて答える僕の顔をしげしげと見た深草、プッと噴出した。
「プハッ!ははははっ!」
「なんで笑うんだ!」
「はは、お、おまえって…マジかわいいっ!
俺とキスするとおかしくなるって?それって最高の誘い言葉だとおもわねえ?」
ベッドに貼り付けた僕を見下ろして深草が笑いを含んだ声で言った。
「…思わない」
「うそつきめ」
否定する僕の言葉に小さく返すと深草の顔が僕に向かって降りてきた。その妙にセクシーな表情に男の癖に僕の心臓がドクンと跳ねる。去年心臓の手術を受けていなければ発作ものだなと頭のすみをよぎった。
「…ん」
鼻の頭に汗が浮かぶ。ぎゅうと閉じた目の端に涙が滲む。
おおきな深草の唇にぴたりと塞がれて舌が絡み合う。飲み込みきれない唾液がふさがれた唇の端からあふれて伝う。
深草のキスはやっぱり僕をおかしくする。だって他の誰かだったらその唾液が甘いなんて絶対思うわけない。
「…んく…」
まるで砂漠に迷う旅人のように深草のものを飲み込む自分が怖い。流れる涙の意味がわからない。
いつのまにか深草の上着をぎゅっと握り締めて僕は深草のくちづけに酔っていた。
着ていたTシャツを捲り上げられる。露になった胸の傷に深草の指先が優しく這う。
絡められた舌が名残惜しげに銀の糸を引いて離れる。濡れた僕の唇にもう一度軽く口付けると深草の顔が僕の胸に向った。
ちゅ。
深草の唇がためらいもなく僕の傷跡に落ちる。小さな音を立てて傷を深草のキスがなぞってゆく。
他の人が見れば、それだけで目を逸らしそうな僕の傷を、これほど愛しげに触れてくれる人っているだろうか…。また、じわりと目に涙が盛り上がる。
「泣くなよ。…俺はここにいる」
いつのまにか顔を上げた深草が目に優しい笑みを浮かべて泣いている僕を見つめていた。
「な、何言って…僕はこんなのがイヤで泣いてるんだ」
「うそだな。」
にっと笑って深草は僕の言葉にも取り合わない。
「う、ウソなもんか。僕は男の人と寝る趣味なんてないんだ。」
半分やけになって言い返した。
酷い言い方だと思ったけど口から出た言葉は返らない。言い過ぎたか…と思った。
「そりゃあそうだ、俺だって男と寝る趣味はない。」
深草は僕の言ったことなんて気にもしていないようにけろりと答えた。
「な、なら、やめてよ、こんなこと」
傷ついてるわけではないとわかって僕は更に言った。
「だめだな。確かに俺は男と寝る、いや、ヤル趣味はない、でも、おまえだけは別なんだ。」
「え、な、何ソレ…」
深草の本気の目が怖い。
「だって、おまえはさいっしょから俺のもんだから。」
そういうと僕のジーンズのベルトをするっと抜いた。
深草の硬い指先が僕の薄い胸の小さな突起を摘みあげる。
ああっと声を上げて体を反らすと僕の中に埋め込まれた深草のものがさらにドクンと質量を増して僕の中を圧迫する。
「感じた…?」
僕の体を背中から抱きこんだ深草の低い声が僕の耳をくすぐる。
ベッドのヘッドボードに大きな枕をいくつか積み重ねてそこに背を預けて座る深草の上に僕の体は乗っている…いや、正確に言うと繋ぎとめられている…。僕の後ろの孔に深草のものが根元までしっかり入っているから…。
感じた?そう聞いた深草の手が必死で隠そうとする僕のものを、閉じられた両足を無理に開かせて曝け出す。ビン…と勢いをつけて跳ねだす僕のもの。
「やっぱ、感じてる」
深草は、くすっと笑って硬く立ち上がった僕のそれにさわり、と手のひらを添えた。
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