いつかどこかで(5)



 
「ごめん…やっぱりつきあえない」
僕はその子の前で小さく頭を下げた。
「…う…」
彼女は小さくうめいて涙をこらえた。
「ど…どうして?こ、この前は…いいって…言ったじゃない…」
涙で潤んだ瞳が真剣に僕を見つめる。
「あの時は…」
言葉が詰まる。
「ほかに誰かいるの?」
「…いや…そんなんじゃないんだけど」
「だったら、なんで?」
制服の袖をぎゅっとつかまれた。
「ほんとにごめん。それしか言えない…」
「…うう…。」
彼女の目からぼろぼろと涙があふれ出すのを、どうすることもできずに僕は見つめていた。
 
そうして僕の初めての彼女は、あっというまにいなくなってしまった。人気の無くなった暮れかけた放課後の校門を、小さく肩を落として出てゆくその子の後姿に、僕は力なく手を振った。
「やっと、行ったか。トロい女だな、まったく。」
「ふ、深草君!いたの?」
急に聞こえた背後からの声に、驚いて僕は振り返った。
いつからそこにいたのか、校舎の横に並んで植わっているポプラの木の一本に背を預け、腕組みをして僕のことを見つめる深草。
「来いよ。」
そういって深草は僕のことを顎を杓って呼んだ。でも僕の足は前に出ない。そうやって自分の物みたいに呼びつけられたのが癪にさわった。散々、好き放題にされはしたが、あれはあの時だけのこと。僕は彼の所有物じゃない。
動こうとしない僕に深草の目が険悪に細められた。
「…早く。」
ぞっとするほど冷たい声。思わず一歩足が前に出たがそこでぐっと踏みとどまった。
「僕は君のものなんかじゃない。それに、そんな風に呼びつけられるのも好きじゃない。」
「細っこいくせに相変わらず芯だけは強いな…。」
「相変わらず?いったい君が僕のなにを知ってるっていうんだよ。」
やっとできたばかりの彼女と、こんなにも早く別れなければならなかったのは、すべてこの男のせいだ。ムカムカと怒りが沸いてくる。これもはじめての経験だ。今まで本気で人を嫌ったことも喧嘩したこともなかった僕が、初めて人を嫌いだと思った。
「何を知ってるかだって?…そうだな…お前が自分で知らないことまで全部…かな?」
「なんだよ、それ!ばっかじゃない?」
深草の言葉にざわっと髪が逆立つような悪寒のようなものを感じて、僕はわざと挑発的に笑って見せた。
「ふふ…そんなに怖がるなよ。史人。」
「こ、怖がる?僕が?…な、何言ってんだよ。」
深草の強い瞳に僕は思わず目を逸らせた。その僕に一足で近づくと、彼は逃げようとする僕の腕を取った。
「や、やめ…」
「いいから、ほら、顔を見せろ。」
そういうと深草は僕の顎に指をかけて上向かせ、顔をのぞきこんだ。
「ふん…、泣いてもいないし大丈夫だな。」
「な、泣くわけないだろっ!」
そらしていた目をきっ、と深草に向けた。
「いや、あの女のこと、お前がどれくらい本気で考えていたかわからなかったからな。意外と、振られて泣くかとも思ったんだが。」
一転してにこやかに微笑うと
「でも、これなら大丈夫…安心した…」
「え…」
そういって急に変わった深草にびっくりしている僕の唇に深草の唇が落ちてきた。深草の大きな腕の中にしっかりと抱きこまれてくちづけを受ける。頤におかれた指先に力がこもって僕の口が開かれる。
「…う…!」
思わずこぶしをぎゅっと握って深草の胸をたたく。その手までも深草に捕らえられて僕はまったく身動きができなくなってしまった。
開けられた口内に深草の熱い舌が滑り込んでくる。怖気づいて引っ込んだ僕の舌に深草の舌が絡みつく…。昨日のことを思い出させるような深草の舌の動き。じわっと下半身が熱を帯びてくるのを感じて僕は怖くなってしまった。
今までの自分からは考えられない。いつもどこか醒めて冷静さを失ったことなどない自分が、なぜ深草に触れられるだけでこうなってしまうのか。それほどに僕の体は官能に弱かったのか?
ここがどこかも忘れてくちづけに酔う頭の隅で僕は自身に尋ねていた。




「あら。まだ寝てるの?この子!」
母親の大きな声に僕ははっと目を覚ました。
「ごめんなさいね〜。言ってくれればたたき起こしたのに」
「いいえ、お気遣いなく。そんなにあわてて出かける約束ではなかったですから。僕のほうが早く来ちゃったので。」
礼儀正しく答えるこの声は!
 
「深草くんっ!?」
ガバッと布団を跳ね除けて僕は飛び起きた。
「ま!やっと起きたわね!」
部屋の入り口に立った母はあきれたように腰に手を当ててぼくを軽く睨んだ。
「あなたがぐーすか寝てるから、雅臣君ずっと待っててくれたのよ。ちゃんと起きて謝んなさい」
母親の視線を追うと、ベッドから少し離れた机の椅子に座って深草君が足を組み、ひざに本を乗せてにっこりと優等生のような笑みを見せていた。
「本当にのんびりしてる子でごめんなさいね。それにしても史人と雅臣くんが同じ高校になってたなんて知らなかったわ。お母様はお元気?」
「あ…はい。」
「あなたのお母様とお母様とは仲がよかったのよ。また、ぜひお会いしたいわ」
「ああ…はい。」
何故か深草は少し困ったように返事をした。なんだろうか、とちらりと頭を掠めたが今はそれどころではない。
「母さん。起きるから。」
パジャマのボタンを外しながら僕は言った。
「あ、ああ。ごめんなさいね」
母は慌てて部屋を出た。僕の心臓に欠陥があったことを自分のせいみたいに感じている母は、いまだに僕の胸の傷跡を直視できないのだ。
「史人。どこに行ってもいいけど、お薬だけはちゃんと持ってゆくのよ。」
「わかってるよ」
にっこりと笑って母を安心させる。

「で、なんで君がここにいるの?」
母のために浮かべた笑みを引っ込めた。
「なんでって、約束しただろ?」
「約束?」
「忘れたのか?ひどいやつだな。一緒にツーリングに行くって言ってたじゃないか。まったく、いつだって約束をすっぽかすのはおまえだな。」
そういうと持っていた本をポンと机の上に放って立ち上がり、ベッドの僕のところまでやってきた。
またキスでもされるのかと、一瞬ドキンとして身構える僕に、にやっと笑って深草は言った。
「ほら、起きてとっとと顔を洗ってきな。すぐ出かけるぞ」
そういって僕の手をぐいっとひっぱってベッドから降りるよう促すと、窓までいってがらっとそこを空けた。
「めっちゃいい天気だ」
朝の光に深草の笑顔がまぶしい。キスされたわけでもないのに僕の胸は更にどきどきを早めていった。
 
「しっかり掴まってないと落ちるぞ」
僕のことを振り返ってヘルメット越しに深草が言った。
「…うん」
僕は深草の固い胴にぎゅっと腕を巻きつけて答えた。その腕をぽんぽんと叩いて
「じゃ、出るぞ」
と言うと深草はバイクのスタンドをカン!と後ろ足にけってアクセルを引き絞った。
 
ガウッ…ンッ…!
 
獣の咆哮のようなエンジン音を響かせて僕ら二人の乗ったZUは風を切って走り始めた。
バイク好きな連中にいつまでたっても人気の衰えないそのバイク。スピードが出るのはもちろんだが扱いづらさでも定評のあるその車種をまるで自分の一部のように軽々と扱ってゆく深草。
僕たちの住む町を抜けて海に出るまでにはしばらく山道になる。急なカーブが九十九折れに続き始めると、いったん道路わきにバイクを止めて深草が僕を振り向いて声をかけた。
「今からこんなカーブが続く。ちょっと怖いかも知れないけど俺が体を倒すほうにあわせておまえも体を倒してけよ。じゃないとバランス取れないからかえってアブねえからさ。」
「う…うん…」
「そんなビビんなくたって大丈夫、俺を信じて一緒に体を動かしゃいい」
ヘルメット越しに深草が笑ったのがわかった。
「うん…わかった、やってみる…でも、その前に聞きたいことがあるんだけど…」
「なに?」
「何で僕みたいなのにこんなにかまうんだ?きみにはもっと僕なんかよりふさわしい他の誰かがいてもいいんじゃないか?」
たとえ、それが同性だとしても、それでも僕みたいなやせぽっちの傷だらけなのよりマシな気がした。
「まだそんなこと言ってるのか?おまえってやつは…」
深草がそう言い始めたときだった。僕らのすぐ隣に二台の、これもまた大きなバイクが地響きのようなエンジン音を響かせて止まった。
全身黒尽くめの皮ジャンに、背中に大きなジョリーロジャーのエンブレム。どう見たって普通のバイク好きには見えない。
俗に言う走り屋ってやつだ。

「よう。」
こちらに近い方にとまった奴が片手にこぶしを作って上げて深草に声をかけた。深草とよく似た感じのちょっとコワモテなヤツ。年は僕らと同じぐらいか。でも、僕とは違って深草みたいにずいぶん大人っぽいタイプ。
「…おう。」
どうやら顔見知りらしく深草が答えた。相手の上げた手に同じようにこぶしを作ってトンと当てた。
「お前がこんな朝っぱらから走ってるなんて珍しいな。おまけにケツに誰か乗せてるなんてさらにビックリだ」
そういうと首を伸ばして僕のほうを見た。
「カノジョ…いや、すまん、カワイコちゃんか」
僕が男だと気づいてにやっと笑った。
「カ、カワイコちゃん??そ、そんなんじゃないです!」
あわてて否定する僕。
「いいって、いいって。俺、そんなの気にしねえから」
男はさらに笑って手を振った。
「こいつにかまうな。駿。今日はプライベートだ、もうあっち行けよ」
深草の声に険が混じる。
「おほっ!怖ええな、中将。そう怒んなよ。」
「…その呼び方もやめろ」
「わかった。わかった。マジ機嫌わりいな。もう、デートのジャマしねえよ。」
そういって一度は前をむいたが、急に思い出しとことがあったのかもう一度こちらを向いた。
「あ!でも今夜の集会には顔出すんだろ?みんな待ってるぜ、おまえのこと。よかったらそっちのカワイコちゃんも連れて来いよ。じゃあな」
そういうと隣のやつを促して二人は爆音を響かせて走り去った。
 
「悪いな。変なのに会わせちまって」
深草はそれだけ言うと、じゃあ俺たちも行こうぜと言ってバイクを発進させた。さっきの二人とは違う道を選んで走っているのがなんとなく僕にはわかった。
さっきの彼らのことには触れないほうがいいみたいだし、僕もこれ以上深草と関わりたくなかったので何も聞かなかった。
 
一度、体を繋げただけだ。
…ただ、それだけだ。
 
深草はそれ以上の関係を望んでいるようだったが、やはり僕にはためらわれた。
 
僕はこれから本当の人生を生きるんだ。
今までの分を埋め合わせるために。だから彼に付き合うヒマなんてない。
今日のツーリングが終わったら、もう一緒にはいないようにしよう。
 
…でも、僕の心の奥は知っている…そんな強がりを言ってはいるが、本当は怖いのだ。深草がどんどん僕の心を侵食してゆくことに怯えている。
 
そして、さっき聞いたあの名前…。
 
中将。
 
…ちゅうじょう…チュウジョウ…
 
どこかで聞いた…。確かに。


九十九折れの山を抜けて少し走ると急に目の前が開けた。
どこまでも広がる水平線。
青い空と青い海。
ほんの少しだけ違う色合の青が海と空を分けている。
ヘルメットの中に潮風の香りが忍び込んでくる。

こっちに帰ってきてからはじめてみる海にぼくは思わず目を奪われていた。
「よそ見してると危ないぞ、史人。」
「よ、よそ見なんかしてないよっ!」
あわててそう答える僕に深草が笑ったのか、つかまったその背から小刻みに振動が伝わってきた。
「何、笑ってるんだよ…」
「わりい。まるでどっかの幼稚園児みたいな答え方だったから、ついな」
「よ、幼稚園児っ!?ひどいな!」
怒ってそう答える僕に
「幼稚園児にしちゃ色っぽかったけどな」
昨日のことを引き合いに出して、今度はさっきとは打って代わって低い声で笑う深草。
「な…何言ってるんだよ!言っとくけどあんなことはあれっきりにしてくれよ。僕は普通の高校生活を送りたいんだからね!」
 
「…悪いけど無理だな、そりゃ」
 
「は?何言ってるんだ。無理なもんか。君さえ僕のことをほっといてくれたらノープロブレムだよ!」
「ノープロブレムねえ…」
深草がそう言ったときだった。
 
ドルルル…ン!
ガオン…ッ!
 
意図的に大きくした爆音を響かせて、僕らのバイクを、改造バイクの一団が取り囲んだ。
「な、何っ!?」
驚いて首を左右に振って周りを見回す僕に、
「俺に関わった以上、普通の高校生生活なんて…無理ってもんだろ」
深草は、実に楽しげに言ったのだった。
 
「海に着くまでもうちょっとだって言うのに次から次へと…。」
僕が返事もできないうちに道路沿いにある小さな空き地へ深草のバイクと改造バイクの一団が連なって入る。
「少し、そこらで休憩してろ。」
バイクを止めてヘルメットを脱ぎながら深草は何事もなかったかのようにそう言った。
「え?で、でも…」
思わず周りを見回して僕は言葉に詰まった。それもそのはず、僕らの周りにはいかにも物騒な用のある顔をした連中でいっぱいだったから。
「いいから。おまえがいるとかえって足手まといだからな。俺はちょっとこの連中と話がある。」
「おい。おまえ中将だな?」
「その名前で呼ぶなよ」
ヘルメットをバイクのハンドルに引っ掛けながら深草が顔も上げずに答える。
「は?何言ってんだ!おまえは確か黒の中将だろ?とぼけてんじゃねえぞ、コラッ!」
「とぼけてるわけじゃねえ。その名前で…呼ぶなッってんだろっ!!」
それまで淡々として見えていた深草が一瞬にして凶暴な牙をむく猛獣に変わった。

僕は唖然としてその有様を見ていた。
凄かった…。
相手は6人、みんな深草とそう背丈も体格も変わらないように見えた。だが、その身体能力の差は歴然としていた。なにしろ動きが速い。向うの繰り出す拳がかすりもしない。ほんの紙一重の差で深草は相手の攻撃をかわしてゆく。そして、かわしたその一瞬でカウンターで深草のパンチが入る。ボクシングのようにも見えるが相手の腕を取って投げ飛ばすこともするところをみると、ボクシングなどというスポーツではなく喧嘩で培った総合的なもののようだ。

「ほらこれで終わりッと!」

倒れていたやつが必死で起き上がって向かってこようとしたのをゲシッ!と足蹴にして深草は言った。少々息が上がっていはしたが、いたって平然としていた。

「ちゅ…中将…、テメ…覚えてろ…よっ」
口の端から真っ赤な血がたれているのをぐいっとぬぐって中の一人が言った。
「だ・か・ら。その呼び方やめろって言ってんだろっ!今度その名で呼んだら…コロス」
深草がギラッと目を光らせてそいつの顔をスニーカーの底でギリッと踏みつけた。

「待たせたな。いこ。」
びっくりしてボーゼンとする僕の肩をポンと叩いて深草はまるで何事もなかったように言った。
「え?え?で、でも…」
倒れている連中に目をやっておどおどする僕に
「いいから、行こう。こいつらならほっといても大丈夫。ゴキブリみたいな連中だ、夜までには復活して元気になってるさ。」
ニヤと笑ってそういった。

「深草くん…キミッて一体何者?」
ようやく目的の海のついて開口一番、僕は聞いた。ここにつくまで、もうトラブルはごめんだと、深草がバイクのスピードを格段に上げたので、走っている最中はバランスをとるのに必死で話などできなかったのだ。
「何者って…おまえのおさななじみで、同級生。それから今は恋人。」
海に向かってう〜んと大きく手を広げて深呼吸しながら、当然のように深草は言った。
二人の目の前にはどこまでも広がる碧い海。夏にはまだ少し早い季節の今。泳いでる人影はほとんどない。海沿いに続く道路のふちにところどころ設けられている駐車用のスペースに風除けの松が並んで植わっている。その一本の影にバイクを停めて僕らは海に向かって並んで立っていた。
「こ、恋人?それはち、違うと思うよッ!」
それはありえない、と真っ赤になって首を振るぼくに
「違わないさ。少なくとも俺はそう思ってる」
とめたバイクに腰を預けて体の前で腕組みをする深草、本気でそう思っているようだった。
「う…。そのことは後でゆっくり話しをしようよ。そうじゃなくって僕が聞いたのは君はいたいどういう人なんだってことで…。」
言いながら僕の言葉が尻すぼみになる。なぜなら深草の腕が僕のことをグイッと引き寄せたから。
「おさななじみで同級生で…恋人。それ以上何もない。」
「そうじゃなく…」
真っ赤になった僕のあごをとると深草の唇に僕は言葉を塞がれた。
 
「こっ、こんなとこで何するんだよっ!」
深草の肩を押しのけて僕は怒鳴った。
「別にいいじゃん、誰も見てないさ」
「誰も見てなくっても僕がイヤだ!」
「俺のことがイヤか?」
僕の腕を掴んで深草が怖い顔で聞いた。
「そ、そういうわけじゃ…」
目線を逸らす
「ただ、…何で君みたいな人が僕なんかにかまうのか…それがわかんない…」
「なんか、じゃない…おまえだからさ。…今のおまえには言ったってわかんないだろうけどな」
「どういう意味だよ?」
「今はわかんなくってもいい。いつかきっとわかる日がくる」
そういうと深草は僕のことをそっと抱きしめた。ふわりと深草の体から何かの香水のような香りが僕の鼻に香った。柑橘系でもシトラス系でもない、いつかどこかで嗅いだことのあるような爽やかな青葉の香り。
 
なんだろ…この懐かしいような感じ…。
 
さっきみたいに突き放すのも忘れて僕は深草の腕の中でおとなしく収まっていた。
 
「…中将」
 
さっき聞いた名が僕の口をついて出た。
その名に深草の体がビクッと反応した。
 
「黒の…中将って…」
「それは俺の昔の名だ…今はもう関係ない」
「昔の名って?」
「俺の母が離婚する前の名前だよ。あのころバカばっかやってたから名前のあたまに黒なんてつけられたんだ。…あんまりカッコいい話じゃないから、その名で呼ぶな」
ふうっとため息を吐いて深草はそういったが、僕にはなんだかこの名にそれだけではない何かを感じていた。


「あ、あの…僕らってツーリングに来たんじゃなかったけ?」
おそるおそる問う僕に深草はあちこちのドアを開けて、覘きながら
「え〜?なんだって?」
と答えた。
「だ、だから…僕らはツーリングに来たはずじゃないの?」
深草のあとをあわてて追いかけてもう一度僕は言った。
「ああ、ツーリングね。今だってその途中じゃん、ただ、おまえ海も入れないし、道路走ってりゃどいつもこいつも喧嘩売ってくるし。ちょっと休憩。」
ほら、こっち来いよと腕を引っ張られて僕は深草の体の上に引き倒された。スプリングの利いたベッドのうえで二人の体がぽんと跳ねた。
「で、でも、ここって…」
まわりをきょろきょろ見回して僕は落ちつかなげに言った。
「いい感じのホテルじゃん。なんか文句でもある?」
海に近いせいでトロピカルに椰子の木やブーゲンビリアの造花、熱帯魚の泳ぐでっかい水槽、それらで南国気分満載の部屋を見回して深草はニヤっと笑った。
「ホテルって…ラブホじゃん!男同士ではいるとこじゃないって!」
「やること一緒だから別にいいんじゃないの?金だって勿論ちゃんと払うし」
「そんなこと言ってるんじゃないよ!っていうか、や、やることって…!」
思わず絶句する。
「くくっ。お前ってホント昔から意外とアタマ固いっていうか優等生だよなあ。」
おかしそうにそう笑うと、いいから、こっちむけって言って、ボクの後頭部ををぐいっとつかむ自分の顔に引き寄せた。
硬い深草の唇が僕の唇を覆うように重なる。僕より少し硬い唇、その力強い感触に背中をぞくっと何かが走る。
この間みたいに流されるものかと僕はギュッと唇をかみ締めた。
深草とのキスは危険だ。あっという間に僕の理性をさらってゆく怖い力がある。
僕は普通の高校生の生活をするんだ。
大体、こんなところに何でのこのこ付いてきたりなんかしたんだ。僕ってホント馬鹿なヤツ。
「口あけろよ」
ぎゅっと唇をかみ締めた僕に深草が言う。
「やだ」
「なんで」
「だって君とキスすると僕おかしくなるから」
むっとむくれて答える僕の顔をしげしげと見た深草、プッと噴出した。
「プハッ!ははははっ!」
「なんで笑うんだ!」
「はは、お、おまえって…マジかわいいっ!
俺とキスするとおかしくなるって?それって最高の誘い言葉だとおもわねえ?」
ベッドに貼り付けた僕を見下ろして深草が笑いを含んだ声で言った。
「…思わない」
「うそつきめ」
否定する僕の言葉に小さく返すと深草の顔が僕に向かって降りてきた。その妙にセクシーな表情に男の癖に僕の心臓がドクンと跳ねる。去年心臓の手術を受けていなければ発作ものだなと頭のすみをよぎった。
 
「…ん」
鼻の頭に汗が浮かぶ。ぎゅうと閉じた目の端に涙が滲む。
おおきな深草の唇にぴたりと塞がれて舌が絡み合う。飲み込みきれない唾液がふさがれた唇の端からあふれて伝う。
深草のキスはやっぱり僕をおかしくする。だって他の誰かだったらその唾液が甘いなんて絶対思うわけない。
「…んく…」
まるで砂漠に迷う旅人のように深草のものを飲み込む自分が怖い。流れる涙の意味がわからない。
いつのまにか深草の上着をぎゅっと握り締めて僕は深草のくちづけに酔っていた。
着ていたTシャツを捲り上げられる。露になった胸の傷に深草の指先が優しく這う。
絡められた舌が名残惜しげに銀の糸を引いて離れる。濡れた僕の唇にもう一度軽く口付けると深草の顔が僕の胸に向った。
 
ちゅ。
 
深草の唇がためらいもなく僕の傷跡に落ちる。小さな音を立てて傷を深草のキスがなぞってゆく。
他の人が見れば、それだけで目を逸らしそうな僕の傷を、これほど愛しげに触れてくれる人っているだろうか…。また、じわりと目に涙が盛り上がる。
「泣くなよ。…俺はここにいる」
いつのまにか顔を上げた深草が目に優しい笑みを浮かべて泣いている僕を見つめていた。
「な、何言って…僕はこんなのがイヤで泣いてるんだ」
「うそだな。」
にっと笑って深草は僕の言葉にも取り合わない。
「う、ウソなもんか。僕は男の人と寝る趣味なんてないんだ。」
半分やけになって言い返した。
酷い言い方だと思ったけど口から出た言葉は返らない。言い過ぎたか…と思った。
「そりゃあそうだ、俺だって男と寝る趣味はない。」
深草は僕の言ったことなんて気にもしていないようにけろりと答えた。
「な、なら、やめてよ、こんなこと」
傷ついてるわけではないとわかって僕は更に言った。
「だめだな。確かに俺は男と寝る、いや、ヤル趣味はない、でも、おまえだけは別なんだ。」
「え、な、何ソレ…」
深草の本気の目が怖い。
「だって、おまえはさいっしょから俺のもんだから。」
そういうと僕のジーンズのベルトをするっと抜いた。
 
深草の硬い指先が僕の薄い胸の小さな突起を摘みあげる。
ああっと声を上げて体を反らすと僕の中に埋め込まれた深草のものがさらにドクンと質量を増して僕の中を圧迫する。
「感じた…?」
僕の体を背中から抱きこんだ深草の低い声が僕の耳をくすぐる。
ベッドのヘッドボードに大きな枕をいくつか積み重ねてそこに背を預けて座る深草の上に僕の体は乗っている…いや、正確に言うと繋ぎとめられている…。僕の後ろの孔に深草のものが根元までしっかり入っているから…。
感じた?そう聞いた深草の手が必死で隠そうとする僕のものを、閉じられた両足を無理に開かせて曝け出す。ビン…と勢いをつけて跳ねだす僕のもの。
「やっぱ、感じてる」
深草は、くすっと笑って硬く立ち上がった僕のそれにさわり、と手のひらを添えた。
 
 


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