水しぶき
「暑いなあ…」
博雅こと源雅は、照りつける太陽をまぶしそうに見上げて言った。
まだ梅雨明けもしていないというのにぎらぎらと照りつける太陽の光に、足元のアスファルトが溶け出しそうだ。
「こういう日は、やっぱり水の中が一番だとは思いませんか、博雅さん」
駐車場から校舎へと向かう途中でそう声をかけてきたのは、黒川咲也。
「咲也くん…」
博雅は少し警戒するように、隣に並ぶその生徒を見た。見た目は普通の高校生に見えるが、実は彼は獺の妖しである。年齢も実は400歳を超えている。博雅のそばにいたいがために人の姿を借り、一生徒としてこの学校に通っているのである。
ただ,ひとならぬもののせいであるのか、はたまた、そのあふれるほどのカリスマ性の故か、彼はいつの間にか、女生徒の間で大変な人気ものになっていた。告白されることは日常茶飯事で、いつのまにやらファンクラブなるものまで、できているらしい。
細面ではあるが黒川主譲りのよく整った精悍な顔に、ずば抜けて高い運動能力、先生も遠巻きにするほどのその頭脳。彼は、ほかの男子学生とは完全に、一線を画していた。時折、ふっと見せるやさしさや、憂いに満ちた表情がさらにその人気を高めているようだった。(大抵、そんなときは博雅とのことを妄想していたり、もしくは次の作戦をねっていたりしていたのであるが)
とにかく、その咲也が博雅に声をかけた。
「水のなかって?まさか…」
「やだなあ。博雅さんのこと、さらってうちに連れてくとか、そんなこと考えてるわけじゃないですよ。この時期、水といえば、やっぱりプールでしょ?」
さわやかに笑って咲也はいった。
「プール?そりゃあ、気持ちいいだろうけどねえ。」
「でしょ?実は今度、生徒会の主催で校内水泳大会をやることになったんですよ」
「その話なら、チラッとは聞いていたけどね…」
生徒たちが夏の数すくない校内イベントだと、さわいでいたっけ…。
「でね、泳いでタイム競うばっかりじゃ面白くないっていうので、その中に先生たちによる水着コンテスト、って言うのを企画したんです。」
「…それの発案者ってのは、誰だい?」
博雅は、うれしそうに言う咲也の顔を、じろっと見た。たしか今、後期の生徒会を牛耳っているのは、まだ1年のくせに生徒会長に立候補して、ダントツで当選したこいつではなかったか?
「ふっふっふっ、決まってるでしょう?」
うれしそうに咲也は笑った。
「…やっぱり」
「だって、そうでもしなきゃ博雅さんの裸なんて、そうそう見れないでしょうが!」
「そんなことのために、わざわざこんな企画を立ち上げたのか?君は?」
あきれる博雅。
「急がば回れ、って言うでしょう?それに学校でのことには、さすがのあいつも手を出せませんからねえ。」
にやりと笑う。
「まったく、こんな俺のどこがいいんだか…不思議でしょうがないよ、君らは…」
博雅の言う『君ら』というのは、この場合、晴明をも含んでいる、もちろん。
「心外ですね。あんなスケベなやつと一緒にしないでくださいよ。僕のは完全に、純粋に『愛』ですからね。」
憤慨したように咲也はいったが、博雅は、だから一緒だって言うんだ、と心の中で思った。
「とにかく、生徒でコンテストやるとさすがに水着だしマズイ、ということで先生たちをメインにしたんですから、必ず出てくださいよ。エントリーしときますからね。」
「え!おい!」
博雅にそれだけ言うと、じゃ!と片手を上げて咲也は走って行ってしまった。
「はあ…水着コンテストねえ」
博雅は困ったようにため息をついた。
実は、そのコンテストの優勝者にはその後、もうひとつイベントが待っていることを、まだ博雅は知らない。
「はいっ!南先生、どうもありがとうございました〜!」
4番手に出場した体育の南先生が、ビルダーで鍛えた腕の力瘤を、もう一度、観客である生徒たちにアピールしながら戻ってきた。かなり悲鳴に近い歓声が上がった。
満足げな顔でカーテンの中へと引っ込んだ南教諭、博雅をちらりと一瞥すると、ふふんと笑った。
「おや、次は源元先生でしたか?」
博雅の姿を、上から下までじろっと見下ろした、その顔は優越感にあふれていた。
「ま、少しは鍛えてあるようですね。まあ、僕にはちょっと及びませんけどねえ。ふっふっふ」
「はは…」
博雅は困ったように笑いかえした。
「はい、みなさん。次は源元先生でーす。盛大な拍手でお迎えくださいね〜!」
MCの放送委員会の部長の言葉に、博雅はあきらめてカーテンの向こうへと足を踏み出した。
「きゃ〜ん!源元先生、かっこいい〜〜!」
女性徒の黄色い、今度は間違いなく歓声に迎えられてステージに立った博雅は、引きつった笑みを張り付かせて手を振った。
「源元のやつ、いい体してんなあ」
男子生徒の中からもそんな声が聞こえるほどに博雅の体は均整がとれていた。余分な肉のひとつもついていない上半身に、細い腰。そして、そこから続く長い足。日焼けの焦げたような肌ではない、元から少し濃い色の肌は一目、見ただけでわかるほどに張りとつやがあった。細面の整った顔とあいまって、博雅はまるで水着のモデルもいけそうなほどに見目がよかった。
目がハートになった女生徒たちのその後ろで、彼女らとは違う燃えるような欲望をその目にたぎらせて、博雅の姿を見つめる咲也。
終わってみれば案の定、博雅のぶっちぎりの優勝だった。はるかに引き離された次点の南教諭が、悔しそうに地団太を踏んでいた。
ま、とにかく終わってよかった、そう思っていた博雅の耳に、生徒会長の咲也の声が飛び込んできた。
「さあ、では本日の大会の最後を飾るメイン、チャリティーオークションをはじめまーす!もちろん、商品は今日のコンテストの優勝者、源元先生との一日デート権です。」
「えっ!?」
博雅が驚きから覚める間もないうちにオークションは始まった。
「ちょ。ちょっと、聞いてないぞ。こんなの!」
抗議をしてみたが、もう始まってしまったものはとめようがなかった。
「せんせい、これもチャリティの一環、やっぱり、楽しむだけじゃいけませんよねえ」
にんまりと笑って、咲也は言った。
「う…」
自分は楽しんでもいないのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないのだ、そう口から出かかったのだが、今更、そんなこといえるような雰囲気ではなかった。
「では、源元先生とのデート権は2年の白田さんに決定しました。毎度、ありがとうございま〜す」
最高値で博雅を競り落としたのは、意外におとなしそうな2年の女の子だった。
背が低くて物静かな黒い髪の女のこ。ただ、決して美人とはいえなかった。むしろ、目と目の間が異様に離れて見えるのは気のせいか…?
なんだか、どこかで見たことあるような…。
ほかの女生徒たちの残念そうなブーイングの中、ステージからおりる博雅は記憶を探るように頭をかしげた。
一日デートといっても丸一日、というわけではなく、今日の一日の残りを一緒に過ごすだけというもの、博雅はたった数時間のことだ、とあきらめて着替えながらネクタイを締めた。
教師なんかとデートして、いったいなにが面白いんだか。
「さて、どうしたい?」
博雅の問いかけにおとなしく見えた女の子が、にやあっ、と笑った。
ぞくっ…
博雅の背を何か冷たいものが駆け上った。
「先生…鴨川に行きませんか?」
学校の傍を流れる鴨川に誘われた。今の寒気はなんだったんだ、と思いながらも博雅はうなずいた。学校の近くを散歩するくらいならなんとかなりそうだ、と思ったから。
「君はどこのクラスの子だ?あんまり、見かけた覚えがないんだが…」
2年のクラス全部を担当しているわけではなかったが、それでも、この子にはあまり見覚えがなかった。
「あ、そうですか…?私…」
小さな消え入るような声でその子は言った。
「なに?」
鴨川のほとりで聞き取りづらいその子の声を聞こう、と博雅が少しかがみこんだ時だった。
「うわああっ!」
少女の腕がにゅうっと長く伸びて博雅に絡みついた。
「な、なにをするっ!」
必死に振りほどこうとするが、鞭のように伸びた腕はびくともしない。
「博雅さま、ごめんなさい。わが主の命ですので…」
ぱっくりと耳まで口が裂け、少し離れて見えていた目が、ぐぐっ、と、その間をさらに広くした。とても人間の顔ではない。
「あ、あるじって!まさかっ!?」
ばしゃん!
大きく水しぶきが川面に立ったと思った次の瞬間には、そこにたった今までいた博雅と少女の姿が消えていた。
ゴボゴボゴボ…。
少女に引きずられて、博雅は冷たく逆巻く水のなかへと沈んでゆく。
鼻と口から大量の水が流れ込み、博雅は晴明を呼ぶ心の余裕すらない。急に引きずり込まれたせいで息を止めることすらできなかったのだ。
「がはっ…!」
最後に残った肺の空気が、ついにその唇から逃げていった。
せ…め…
遠くに見える水面に向かって必死に伸ばした博雅の手から、ゆっくりと力が抜けていった。
唇にあたたかな何かを感じて、博雅はうっすらと意識を取り戻した。
「あ、気がついた?博雅さん」
鼻がくっつきそうな近さでにっこりと微笑んだのは、黒川主の孫、若き妖しの咲也。
「や…やっぱり、君か…」
眉間にぎゅっとしわを寄せて、博雅はかすれる声で言った。
「あはは。ばれてるし」
咲也は悪びれる様子もなく笑った。
「今日の変なコンテストもこのためだった、というのではないだろうな…」
咲也の体を、ぐいと押しやって、博雅は力の抜けた体を無理やり起こした。水の中にあったはずなのに、着ていた服はぬれたような形跡もなく乾いていた。
「まだ、横になってたほうがいいですよ」
博雅の聞いたことには答えずに咲也は言って、博雅の肩になれなれしく腕を回した。
「俺に触れるな。それより聞いたことに答えろ。」
「ちぇ。冷たいな」
ぷっと頬を膨らませる。
「まあ、いいか。博雅さんはずっと、ここにいることになるわけだし。」
「なにっ!?」
咲也の言った言葉に博雅は思わず目をむいた。
「どういう意味だ、それは。」
「どういう意味って、ふふっ。今言ったとおりの意味ですよ。博雅さんをここから逃がさない、ってこと」
咲也はあたりを手で指し示した。洋風の館のような美しい室内。だが、窓から見える風景は地上のものではなかった。まるで水槽の中をのぞいたみたいに魚が目の前をゆきかっている。
「ほら、ここは水の底の僕のテリトリー、結界もきっちりはってあるからあいつにはあなたがここにいることもわからないし。もし、わかったとしてもここにまでやってくることなどできっこない。」
おまけにここは鴨川の下でもありませんよ、と咲也は自慢げに言った。きっと水脈をつたってどこか遠い場所の水底につながっているのだろう。
「さて楽しいなあ。博雅さんにはどれが似合うだろう?なあ河鹿?」
咲也がぽんと手を打つと部屋の中に色とりどりの衣装を手にした者たちが入ってきた。咲也は博雅の腰に鷹揚に手を回すと部屋の隅に控えていた者に声をかけた。
「あい。博雅さまはお肌の色が濃くておいでですから白いお召し物がとよろしいかと…」
うっすらと微笑んで答えたのは先ほど博雅を川の中に引きずりこんだあの少女だった。
「お、おまえ、さっきのっ!」
博雅はその少女を指差して言った。
「やはりうちの生徒などではなかったのだな。」
その少女はよく見れば目が魚のそれのように無表情で、そんれぞれの黒目が妙な方向を向いていた。
「あい、私は咲也さまの忠実な僕、河鹿と申します。こたびはわがあるじ咲也さまのお屋敷にようこそおいで下されました。心より感謝申しあげます。」
「なにが感謝だ…」
博雅は苦虫を噛み潰したかのようにつぶやいた。
「ほら、これもおいしいよ」
馬鹿でかい大理石のテーブルの一端でぴったりと横にくっついて、咲也は博雅の口元に何の肉ともわからぬものをフォークに乗せて差し出した。
「結構だ。」
獣じみた匂いを漂わすそれから顔を背けて博雅は硬い声で答えた。
「ほら、食べないとだめだよ。いいこだからあーんして」
博雅の言葉を軽く無視して咲也はさらにしつこく博雅にくっついた。
「だから、いらないと言っているだろう」
手で咲也の腕を押しやって博雅は立ち上がった。
「いつまでもふざけていないで早く地上へもどしてくれよ。咲也くん。」
窓のところまで歩を進めて博雅は言った。窓の外は相変わらず水の底で、目の前をゆらゆらと魚が泳いでゆく。
「ふざけてなんかいないよ。博雅さん。」
博雅に差し出していた肉をぱくっと口に放り込むと咲也はいらいらと答える。
「あなたを外に出す気なんて僕にはないからね。やっと捕まえたあなたを何でまた逃がさなきゃなんないのさ。」
皿の上の料理にぐさりとフォークを突き刺すとにやっと笑った咲也。
「ちゃんと食べるときに食べておかないと後で体力なくなって大変だよ…。」
「ど、どういう意味だ…」
ぎくりと博雅は聞く。
「知りたい?」
「い、いや…い、今はいい!」
じわりと額に汗を浮かせて博雅はあわてたように答えた。とってもよくない予感がして落ち着かない博雅であった。
窓の外にはどこまでも続く水、水、水…。
はるかむこうはぼんやりと霞んで見通すことすらできない。はたしてここは川の中なのか、湖の底なのか、はたまた海か?いや、泳いでいる魚をみればさすがに海ではないことだけはわかった。
「やはり、川獺だけに海ではないか。それにそんなに深いところでもなさそうだな。」
窓にぴたりと頬をつけて上のほうを見上げる。上のほうが明るくなっているのがかろうじて見えた。
「これならば…」
窓を叩き割って逃げるか…、そう考えていた。
「無理だよ。」
窓を見つめて脱出を考えていた博雅の背に声がかかった。
「ちっ…」
思わず舌打ちをして博雅はゆっくりと振り向いた。
「後ろから急に声をかけるのはやめてもらえないかな。咲也くん」
食べられそうなものだけを慎重に選んで何とか食事を終えた博雅、その後、彼は別の部屋に閉じ込められていた。
優雅に飾られた室内ではあったが明らかにそこはプライベートな寝室として使われているとわかる部屋であった。
こんなところにいてはなにをされるか想像がつこうというものだ。
晴明が来てくれるはずもない今の状況では、一人で逃げ出す手をかんがえるしかない。
「悪いけどその窓は人間ごときの力じゃ絶対に割れっこないよ。」
にんまりと笑って咲也が近づいてくる。
「どうしてだ?」
近寄る咲也を避けるように部屋を横切りながら博雅は言った。
「どうしてだ?だって…ふふ、や〜っぱり博雅さんはかわいいなあ。そんなことぼくがあなたに教えるわけないじゃない。」
博雅の後をゆっくりと追いながら咲也は機嫌よく笑う。
「それにしても、それ似合うねえ。博雅さんはちょっと肌の色が濃いからほんとに白が似合うよ。」
博雅の着せられた白いシルクのシャツを指差す。
白いフリルがひらひらと胸元と袖口を飾るゆったりとした中世のチュニックのようなシャツに黒のシンプルな皮のズボン。ただ、そのシルクのシャツの胸元にはボタンらしきものなど一切なく腰の辺りで脇に結ばれているだけだ。
当然のことながら博雅が動けばその下の滑らかな肌がもろに見えた。
「きれいな肌だよね、触ってもいいかなあ?」
無邪気そうな言葉とは裏腹に咲也のその目は貪欲な欲求を秘めてきらりと光った。
「よ、よせ…、近寄るなっ…!」
ソファの裏に回りながら博雅が言った。
「なんで逃げるのさ、博雅さん?もうここから逃げるなんて無理なことなんだから僕と一緒に楽しもうよ。」
ソファをはさんで博雅と向き合った咲也が言った。
「君と楽しむ?冗談じゃないぞ。俺にはそんなことなどできない!」
博雅はぎっ!と、咲也をにらみつけた。
「だ〜か〜ら、そんなににらんでも怖くないって!」
すばやい身のこなしで咲也は一っとびでソファを飛び越えた。
「!」
博雅は目と鼻の先にたつ咲也に思わず固まった。
「ね?僕からは逃げれっこないでしょ?」
にんまりと笑う咲也。
が、次の瞬間。
パンッ!!
博雅が咲也の目の前で両手を打った。
咲也が目を見開いて硬直して動けなくなった。まるで石にでもなったかのようにその動きが完全に止まった。
その目の前にひらひらと手をかざす博雅。
何の反応も見せない咲也の様子に、ほっと息を継ぐ。
「ほっ…。効いたか。よかった…」
どっと、安心してその肩ががくりと落ちた。
「まさか、こんなにうまくいくなんて…。」
先日、たまたま読んでいた科学雑誌に動物の不思議な生態特集が載っていたのだ。その中に獺は大きな音に大変敏感で、時としてその体が硬直して動けなくなることもあると出ていたのだ。
とっさにそれを思い出してやってみたわけだが、まさかこんなに効くとは思わなかった。
「よしっ!今のうちだ!」
ただ、驚いて固まっているだけなのだ、いつ元に戻るか知れたものではない、博雅はその怪しい寝室から脱兎のごとく逃げ出した。
天井の高い広い廊下、めったやたらとおかれている置物の間に身を隠すようにしながら博雅はどこか抜け道はないかと目を凝らす。
今にも後ろから誰かが追いかけてきそうな気配に背中がぞくぞくとする。
前のほうの廊下を誰かがやってくる足音に気づいて、博雅はすぐ横にあった小さなドアを開けてそのなかに飛び込んだ。小さく隙間を開けたドアの影から廊下を窺う。
「逃げたってさ…。」
「へえ、あの咲也さまのところからよくにげだせたねえ。」
「人間のくせに知恵の回るやつだな、そいつ。」
「なんでもあの晴明の恋人だって話らしいぜ、そいつ。」
「晴明って…、あの陰陽師のか?」
「そう、あの例の陰陽師、俺たちの天敵さ。」
「何だってそんなやつの恋人なんてさらってくるんだよ、うちの若は…」
「まったくだ、晴明がこれに気づいたら大変だぜ」
「命が惜しくないのかな、俺だったら絶対そんなのに手なんか出さないぜ」
「恋は盲目…ってやつ?」
「ほんとに若ときたら…」
「ま、この屋敷からは人の力じゃ逃げられっこないんだから、俺たちもゆっくり探そうぜ。」
魚の目をした二人の妖しがそんな会話をしながら実を隠した博雅の目の前を通り過ぎていった。
「もう、気づいたのか…」
博雅は扉の影で顔をしかめた。思ったよりも早い。
「どうする…」
博雅は後ろを振り向いた、彼が逃げ込んだのはどうやら物置として使われていたようだった。だが、ずいぶん誰も出入りがなかったらしく部屋の中のものにはすべて、うっすらと白い埃がかぶっている。
「せめて、窓を割るか武器代わりにでもなりそうなものはないかな。」
小さな隠し部屋のようなその中を、これまた小さな明り取りの窓からさすぼんやりとした光を頼りに博雅はあちらこちらを注意深く覗き込む。
「晴明みたいに呪やらなにやら使えるわけではないからなあ。」
こういうとき一般人である俺って不利だよなあ、などとぶつぶついいながらそこここを覗き込んでいると、きらりと小さく光を跳ね返したものあった。
「ん?なんだ?」
もしかして剣か?と少し期待して、その周りにあったものをよいしょとどける。
「なんだ…ただの鏡か…」
かかった布からわずかに出ていた縦に細長い部分が、明り取りの窓の光を跳ね返していたため一瞬剣にも見えたのだ。あからさまにがっかりする博雅。
かかった布を払うとその曇った鏡面を手のひらでぬぐいながら、博雅は何気なく言った。
「お前に俺を晴明のところまで運んでくれる力でもあればよかったんだけどな」
『お安い御用…』
「だ、誰だ?!」
鏡に触れたまま博雅は驚いて声を上げた。
と、
「おやあ、こんなところにいたんだ。博雅さん」
背後でドアの開く音がして今一番聞きたくないヤツの声がした。
「!咲也くんっ!」
ぱっと振りむいた…はずの博雅。が、次の瞬間、その姿は鏡の中に吸い込まれるように消えた。
ドタッ!!
「いてっ!」
硬い床に放り出されて、博雅は思わず声を上げた。
はっと顔を上げて周りを見ればどこかで見たような場所。
オフホワイトで統一された機能的な洗面台。
「お、俺の家?」
ぱっと立ち上がって鏡を覗き込む。鏡面がゆらりとゆがんでにいっと笑ったように見えた。
『お安い御用…お安い御用…久々にヒトの役に立った、立った…ああ、うれしいのう…』
「お、おまえ?鏡?」
驚いて聞く博雅の問いには何も答えず
『お安い御用…お安い御用…』
そう言う声がどんどん小さく消えていった。
「はああ…何はともあれ助かった…」
洗面台に手を突いて博雅は大きく息をついだ。
カチャ。
「なにやってんだ、博雅?」
背後のドアが開いて晴明が顔をのぞかせた。
「ほー…、なるほどな。」
博雅から今まであったあった話を聞いて、晴明は至極穏やかにそう言った。
「で、何とかそこから逃げることができたというんだな、博雅?」
「うん、まあな。まったくあの子にも困ったものだよ、あの冷静沈着な黒川主殿の孫とも思えぬやんちゃぶりだ。」
博雅はコーヒーを片手にほうっとため息をついた。
ようやく人心地がついてカップを手にゆったりとソファに背を預けた。
「やんちゃ…ねえ…」
手にしたタバコの煙に目をしかめながら晴明はつぶやいた。
「で、鏡を通ってここに帰ることができたというわけなんだな?」
「ああ。ほんとにラッキーだったよ。まさかあんなところに鏡の妖しがいたなんてな。」
話を聞いた晴明がこの屋敷への抜け道になってくれたのは、たぶん鏡の九十九神だろうと教えてくれたのだ。長いこと誰からも使ってもらえず寂しかったから博雅の願いを聞いてくれたに違いないと。
「本当に俺はついていたよ、悪ふざけにもほどがあるよ。あいつは。」
「本当だ。これはやっぱりきちんとした大人があいつをしつけなおす必要があるだろうな。」
そういって晴明は冷たい笑みをその紅い唇にのせた。
「…なんだか物騒な言い様だな…」
晴明の言葉と笑みに、なんだか嫌な予感を感じて博雅の顔が引きつった。
「う…ん…ふっ…ん…」
晴明の体の下で艶めかしく声を上げているのは彼の最愛の恋人、博雅。しっとりと汗ばんだ背をしなやかに仰け反らせて晴明の身体を受け入れていた。
晴明のものがずりゅっと、隠微なぬめる音を立ててその蕾からひきだされた。
「あ…や…っ…」
引き抜かれた晴明のものを追って博雅の腰が切なげに揺れる。その滑らかな双丘をしっかりと捕まえて晴明は博雅の耳元でささやいた。
「だめだ…俺の聞いたことに返事をしなければ、もうくれてやらない…」
「な、なにを…?」
振り向こうとした博雅の背を上から押さえつけて晴明は聞いた。
「さっきはお前、あったこと全部話したわけではないだろう?」
「う…っ…」
ぼうっとした頭でも晴明の言わんとしたことは理解できた。さっき、晴明には聞かれても大丈夫な事だけを話したのだ。まさか口づけされたとも言えなかったし、ましてや寝室に閉じ込められて追いかけられたとも言えなかったのだ。
「あ…あれで…全部…だ…」
「うそつけ…、お前が自ら望んであんなひらひらしたものを着るものか、あんなものをお前に着せたがるのはあいつぐらいしかいない、おまけに下心が丸見えだ。…襲われなかったか博雅、あのガキに?」
そう聞きながら晴明のものが博雅の後孔を離れ、その下の両脚の付け根をくぐって博雅のものに沿わされた。博雅の中でぬめりを帯びたそれを晴明の手がまとめてすりあげた。
「ああ…っ…!」
晴明の固くて熱いものが直接、自身と密着させられて博雅の唇からさらに艶めかしい声が上がる。
そのままゆるゆると扱きあげられて博雅は小刻みに震え始めた。
「や…っ…晴…あ…」
シーツをその手がぎゅっと握り締める。前の刺激に今にも吐精しそうなのに、後ろの蕾がそのまま置き去りにされて切なげにひくつく。
「晴…明…お、お願い…だ…あ…っ…」
震えるまぶたからつうっと涙が溢れてこぼれた。
「お…お願い…」
切なげに訴える博雅の耳にまたしても晴明がささやく。
「あいつになにをされた?さあ、教えろよ…博雅」
晴明の熱い吐息が耳を掠める。博雅はあきらめて話し出した、本当のことを話さなければ晴明は博雅が本当にほしいものをくれる気がないとわかったのだ。それを我慢するのはもう無理な相談だった。博雅の身体はもう臨界点に達してしまっていたから。
「く、口づけを…」
震える声で博雅は言った。
「ほう…くちづけね?それから?」
晴明の指先が博雅の餓えた秘孔をゆっくりとなぞる、前に添えたものはそのままお互いの形を確かめ合うように、これもまた晴明の手の中でぬめる音を立てながら揺らされ続けている。
「あ、は…っ…着替えを…させられて…寝室に…閉じ込められた…、んんっ…」
「ほ〜う…寝室ねえ?」
晴明の指先に力がこもり、秘孔をぐりっと穿った。
「あっ!や…っ…!」
「で、そこで襲われたかな?」
低い声。
「う…、でも…逃げた…」
指が増やされて博雅は息も絶え絶えだ。
「本当に?」
「も、もちろんだっ!…お前以外に…ふれさせるかよ…っ!」
「そいつは重畳…上出来だ…」
にやっと笑った晴明、摺り合わせていたそれを博雅のその場所にあてがうと、ぐいっと腰を入れた。
「ひ…ああ…っ!」
シーツに頬を押し付けて博雅は喘いだ。餓えきったそこにようやく待ちわびていたものを与えられて、博雅はその端正な顔に恍惚の表情が浮かべた。
「命拾いしたな…咲也。」
艶めく博雅の身体を見下ろす晴明。博雅の双丘を割り開きそこに己の分身を叩き込みながら悪魔のような笑みを浮かべる。
…きっちりとしつけなおしてやろう、待ってろよクソガキ…。
続く。
拍手にうpのしょーもないお話です。なんだかサクサクつづいております。続きはそちらでどうぞ☆
この際、季節には目をつぶってくださいね。
へたれ文へのご案内にもどります。