おじゃま虫復活!



「おっはよーございまーすっ!!」
今朝も朝っぱらからうるさい。
インターホンから流れる騒音とも言える声に晴明は枕を頭にかぶって唸った。
「何だあいつは…。毎朝毎朝、玄関ででかい声をだしおって。」
枕の下からくぐもった不機嫌そうな声で言う。
「悪い、起こしたか。」
ネクタイを締めながら博雅がベッドのそばまで歩いてきた、そのまま晴明の枕元に腰を下ろす。
枕の下から不機嫌そうな晴明が顔をのぞかせた。
博雅にむかってちょいちょいと人差し指で自分のほうへと博雅を招く。
博雅は一瞬固まったが、困った様に笑うと顔を下げて晴明に口づけた。晴明の腕が伸びて博雅の頭を自分の方にさらに引き寄せる。
博雅の唇を割り舌を差し入れてくちづけを深めてゆく。
昨日の夜のことを思い出させるようなとろけるような熱い口づけ。と、そのときまたあの大きな声が響いた。
「せんせーっ!!早く行かないと遅刻しますよーっ!!みなもっとせんせーっ!!」
博雅がはっと我にかえって晴明から唇をもぎはなす。
「ば、ばか!こんなことしている場合ではなかった!行かなければっ!」
「こんなこととは何だ。大事なことだぞ。」
むっとして晴明が言い返す。博雅が自分の腕から逃げたのが気に入らない。
「あ、すまん!確かに一番だいじなことだ。悪かった!だが、今はまず出かけなければ。ほんとにごめん!」
晴明に最後にもう一度軽くくちづけると今度はつかまらないようにぱっと身を起こし、上着を手に取った。
「なにがすまんだ…。ところでここしばらく毎朝やってくるあいつは一体誰だ?」
くしゃくしゃになった髪をかきあげながら何も着ていない上半身を起こして晴明が聞いた。
その晴明の姿に一瞬、気をとられそうになったがそこはまじめな博雅、きりっと仕事に気持ちを切り替えた。
「弓道部のマネージャーの紀(きの)っていう子だよ。」
ハンカチと財布をポケットに突っ込みながら晴明に返事をした。
「その紀貫之みたいな名前のやつは、なんで毎朝お前を呼びにくるんだ?、というか、どこから沸いてきたんだそいつは。」
まるでボーフラがわいたかのような言い様だ。
「ひどいな。ボーフラみたいに言うなよ、新しく弓道部に入った子だよ。俺のクラスの委員長をしてるヤツなんだが、なぜか今頃になって部に入りたいって言ってきてな。頭がいいやつで部員としてだけではなくマネージャーもかねてくれてるんだよ。」
女子の多い弓道部にとっては貴重な男子部員だ。これで団体男子にも出れると博雅はご機嫌だ。
なんで今頃?もう12月も半ばの今頃何の思惑もなく入ってくるものだろうか。きっと、好きな子でもいるんだろう。
晴明はたかがガキのこととあまり気にもしなかった。
だが。毎朝、博雅を呼びにくるのだけはナットクがいかない。
博雅の邸は京都の市内とはいえかなり郊外にある。こんなところまでどうやって.なぜ呼びにくるのか不思議でならない。
「なんで毎朝こんなところまでくるのか、それが知りたい。」
「なんでも家庭の事情とかで、あいつ最近この近くのマンションに引っ越してきたらしいんだ。ほら、ここよりもう少し山を降りたところに5階たてのマンションがあっただろ、あそこだよ。両親とも離れて一人暮らしをはじめたらしい。で、バスの便もよくないから通学のときに俺の車に同乗させてくれってお願いされちゃったんだよ。ま、そういうわけだ。じゃ、いってくる。」
そういって出てゆく博雅を見送る晴明。
今の話になにか裏を感じていた。どういうヤツかはしらないが明らかに博雅に近づこうという意図が見え見えだ。
博雅はああいうやつだから、まったく気づいてないようだが。
今日はこれから仕事で東京まで行かなければならかったのだが、どうやら予定は変更した方がよさそうだ。
晴明はかたわらのケータイに手をのばすと秘書に今日の会議のキャンセルを伝えた。
 
博雅の勤める九条高校の近くに車を止めた晴明。
ハンドルに両手を置くと目を閉じて意識だけを飛ばす。
博雅が教壇にたっているのが見えた。やっぱり、一応教師なのだなとちょっとおかしくなった。それから教室内部にさらに意識をめぐらせてゆく。確かにここは博雅の受け持つクラスのようだ。生徒のほうへ意識をむけてみる。
(いた。こいつだ…。)
一人の生徒に晴明の意識が絞られる。
その生徒はほかの生徒とは少し違うオーラを放っていた。どちらかというと博雅に近い色。現代人のオーラとは違う色だ。
(こいつ誰かの生まれ変わりだな。いったい誰だ…?)
顔のほうへと意識を向けたとき晴明はようやく気づいた。
(…俊宏…、おまえか!)
前世で散々、博雅との邪魔をしたあの源家の家令。
(またしても博雅にくっついてきたか。)
大きなたため息が晴明の口からもれた。今朝の様子から行くとしっかりと過去の記憶もあるらしい。
(またしても俺たちの間を邪魔立てするつもりか…。なんてうっとおしいヤツ…。)
咲也といい、こいつといい…。
これからこのうっとおしいヤツとまたバトルの日々が始まるのかと思うと、さすがの晴明もちょっと力が抜けるのを感じないわけにはいかなかった。


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