両雄あいまみえる
「おっはよーございまーすっ!」
インターホンに向かって声を張り上げながら、俊宏は朝から気分がいい。
博雅さま(もうすでに俊宏の頭の中では源元先生ではなく『博雅さま』となっている)と晴明が一緒に住んでいることは昔と違って何の障害も身分の差もないのだから,俊宏がどうのこうのと言えることではない.、が、やっぱりすんなり認めることなどできない俊宏。
毎朝、博雅さまをあのにっくき晴明から引き剥がす爽快さと、ひと時博雅さまと過ごせる幸せ。これは何者にも代えがたかった。
前の世では博雅は結局、最後まで晴明一筋で、せっかくの名家を養子になど継がせて自分の子をなすことはなかった。
あれは、かえすがえすも残念であった。
現世では、自分は博雅とは何の主従関係も縁戚関係もないが、博雅さまがまた晴明と一生をともにして、結婚もせず子もなさず父親になることもないのかと思うと、いてもたってもいられぬのだ。
(「博雅さまに幸せな結婚生活をっ!」これが俺の今生のライフワークだっ!)
おもわず、ぐっと握られるこぶし。
16歳にして人生の目標を定めた満足感と使命感が体にみなぎる。
鼻息も荒くひとりガッツポーズをとっていると玄関が開いた。
「あっ!先生、おはよーござ…むっ!」
と、扉を開けた人物の顔を見てつい、顔が険悪になった。
「やあ。おはよう。毎朝ご苦労様だね。」
不気味なほどにっこりと、穏やかに声をかけてきたのは晴明本人だった。
戸口に軽く肩を預けて立つその姿は敵ながら優雅でかっこいい。それがさらに敵愾心を煽ったが。
「あの、先生は?」
こいつになど用はないのだ。
「ああ、雅ね…。あいつは今日はちょっと体調を崩していてね。毎朝、早く学校へ行かされるせいで疲れがたまったんじゃないかな。だから、悪いが今日はあいつは休みなんだよ。」
あいかわらず、なんてイヤミな奴。体調を崩したのは俺のせいだということか。
にしても、博雅さま大丈夫だろうか?
「そうですか…。では、先生にお大事にとお伝えください。今日、学校終わってからまたお見舞いにきます。」
「いや、それにはおよばないよ。ただ、しばらく、朝に呼びに来るのはひかえてもらえないか?また、それが負担になって具合が悪くなっても困るからね」
(来るなということだな…。このやろう…!)
俊宏の目が険悪になる。
晴明はそれに気づかぬふりをした。
(毎朝邪魔されてたまるか。)
二人のあいだで無言の火花が散る。
「わかりました…。じゃ。」
といってその場から去ろうとしたとき、俊宏は晴明に声をかけられた。
「ああ、君。学校行かなきゃ行けないんだろ?私が送って行くよ。」
「いえ、大丈夫です。まだ、バスには間に合うし!」
あんなのとふたりきりで車の中など冗談ではない。たとえ、遅刻したってひとりで行く。
俊宏は呼び止める晴明を無視して走り去った。
その走り去る背をにやにやしながら見送る晴明。
「まずはジャブ。」
あのクソまじめな俊宏のことだ。博雅が体調を崩したのは己のせいだと一日自己反省するだろう。いい気味だ。
寝室へと戻る晴明。
ベッドの上にはぐるぐる巻きに布団巻きになっている博雅。
顔を真っ赤にして怒っている。
晴明の顔を見るなり怒鳴った。
「せ、せいめいっ!!なんだ、これはあっ!!」
じたばたともがくが、まるでイモムシのように動くだけで逃れることができない。
「すまん。博雅。」
謝ってはいるが顔が笑っている晴明。
「笑ってるんじゃあないっ!!早く解けっ!遅刻してしまうではないか!」
「ああ、それなら心配無用だ。今日のお前は病欠だからな。」
「な、なにい!?」
ぴたりと博雅の動きが止まった。
「俺が学校に連絡を入れておいた。安心しろ。」
「あ、安心っておまえなあ…」
博雅はあきれて声も出ない。
「なんで俺が仮病まで使って休まなきゃいけないんだ?」
「それは…今日はおまえとずっと一緒にいたくてしょうがないからさ。」
晴明が博雅に近寄る。
「なんだ、それ…?そんなへんな理由聞いた事がないぞ。」
「たまには、いいだろ?今日は俺も急ぎの仕事などないんだ。二人でゆっくりどこか出かけよう。いい天気だ、きっと鞍馬のあたりで葉双を吹くと気分がいいぞ。」
その言葉にくらっと誘惑を感じた。たしかに鞍馬の木立に囲まれて葉双を吹けばさぞ気持ちがいいだろう。隣に晴明がいればなおいい。
博雅がだまって考え込むのを見て晴明はもう一押しした。
「お前の笛が聞きたい…」
そういって身動きならない博雅の唇にくちづけをした。
「…ん…。」
「ゆこう、博雅。」
「…ゆこう。」
そういうことになった。
俊宏の邪魔ができて、おまけに博雅と一日ゆっくりできて…これぞ一石二鳥、と心の中でほくそ笑む策士晴明であった。
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