桜と鬼



全山を覆って吉野の山に桜が咲き乱れている。
大勢の人で込み合う参道を背の高い二人が並んで歩いていた。
二人のうち一人は少し長めの茶色い髪をさらりと肩ほどまでに伸ばし、少し汗ばむような陽気にもかかわらず汗ひとつかいていない。涼しげな色白の面に濃い目のサングラスをかけている。
もう一人はその彼よりいくらか若い。健康そうな濃い色の肌に少し癖のある髪がくるりと襟足の辺りではねている。なにかいいことでもあったのか唇の端がきゅっとあがってにっこりと微笑んでいた。隣に歩く男と話すその顔は端整だが人好きのする顔立ちだ。
別に目立つ格好をしているわけでもないのに、すれ違う人が時折振り返って彼らを見る。
まるで月の光と日の光が並んで歩いているかのような二人だった。
アキラと雅…晴明と博雅。

二人が並んで歩いているここは奈良の名勝、吉野の千本桜。
山すそのほうの桜は散り始めているが、中千本から上はまだまだ今からが見ごろだ。それにしても人が多い。今頃の京都も大変な人ごみだが、ここ吉野も狭いながらも人の多さでは京に引けはとらないだろう。
「人が多いな…」
アキラこと晴明の不満そうな声が聞こえた。
「う…すまん。まさかここまで人だらけだとは思ってもなかった…。」
雅こと博雅が申し訳なさそうに謝った。
その昔、二人でここまで桜を見に来たことがあった。
山桜の下にひいた毛氈の上で晴明はゆったりと酒を飲み、博雅はその傍らで心ゆくまで葉双を吹いた。時折、春の微風に吹かれて、はらはらと桜の花びらが二人の上に舞い降りた。晴明と二人、日が山の端にかかるころまでここで過ごした。
夢のように淡い思い出の一日だった。
その夜は近くの寺に一夜の宿を頼み、二人で酒を酌み交わし夜通し語り明かした。
その今なお残る数少ない思い出の場所にもう一度来たかった博雅は、ここに晴明を誘ったのだった。
まさか、ここまで観光地と化しているとは知らなかった。聞けば何でも世界遺産にまでなっているらしい。
恐縮がる博雅の方をちらりと見て晴明が苦笑いをした。
「そんなに気にするな。ちょっと口をついて出てしまっただけだ。文句を言ってしまって俺のほうこそ悪かったな。」
それにいくら人が多かろうと咲く花には何の変わりもないからなと、晴明に慰められるように言われて博雅がほっとした表情になった。
「怒ってなくてよかった。」
「お前に対しては怒ってなどいないさ。…そうだな、腹が立つとしたら手ひとつ握れぬ今の状況かな…」
手も握れぬ、腰に手をまわすことも、口づけをすることもかなわぬ。晴明はそのことで軽くイラついていたのだ。だからつい、ぐちのひとつもでてしまったのだ。
その言葉に博雅の頬がぽっと桃色に染まった。
すぐ前にある展望台の方へと、照れ隠しのように少し足早で歩いていく。展望台の木の手すりに手をついて眼下に広がる桜の木々のパノラマに目をやった。少し遅れて隣に晴明が並んだ。
「どのあたりだったかな…?」
景色に目をやりながら博雅が問うともなく問う。
「さあな。今となってはもうわからぬな。」
「そうだな…。あれからどれほどの月日が過ぎたのだろう…。今でも俺は今の自分たちが信じられぬときがあるよ。」
「…ああ。だが、信じてもらわなければ俺が困ってしまうぞ、博雅。俺にとっては、この今がすべてだからな。」
「俺もだ…。俺にとっても今がすべて、晴明…お前がすべてだ。」
博雅が晴明のほうを見た。きりりとした濃い眉の下の瞳がまっすぐになんのためらいもなく晴明を見つめる。
博雅の手すりに置いた手にそっと晴明の手のひらが重ねられた。その様子は晴明の上着のすそに隠れて、目の前に枝を広げた桜の花にしか見ることはかなわなかった。
「ゆこうか。」
「どこへ?」
晴明の言葉に聞き返す博雅。
「二人きりになれるところへさ…。」
耳元に唇を寄せ晴明が小さな声で囁いた。
「ば…!」
言葉が出てこない博雅。
「じゃないとその辺の桜の下で博雅、お前を押し倒してしまいそうだ。」
「…ば、ばか。」
「ゆくか。」
晴明の手がきゅっと博雅の手を握った。
「う…。」
「ゆこう。」
晴明が瞳の奥に揺らめく炎を見せて博雅に言った。
「ゆ、ゆこう…。」
そうして二人は吉野の山をあとにしたのだった。
 
吉野の山桜がそのリゾートホテルの窓からも遠くに見えていた。
「よい桜だが、ああ人が多くてはな。無粋なことだ。」
博雅のライダーズジャケットを肩から脱がせながら晴明が言った。このライダーズも無粋だがと心でつぶやく。脱がせたそれを今日はもう使うことはないであろうツインのもう片方のベッドに放る。
「あの桜の下で笛を吹くことはもうできないのかもな…。」
晴明のシャツのボタンを外しながら博雅も言った。
「吹けても俺が邪魔をするさ。」
「?」
「お前は笛を吹くと夢中になって、すぐに俺のことを放ったらかすからな。その昔も、一日中美味しそうな博雅を目の前にお預けを食わされた。あんなのはもう嫌だね。」
「もしかしてお前、あのときそんなことを思ってたのか…?」
「そうだ。」
「だが、ずいぶんリラックスして毛氈の上でご機嫌に飲んでいたではないか!?」
「ばぁか。そういう風に見せていただけだ。あのころの俺たちは恋人同士ではなかった。俺がどんな思いを抱えてあそこにいたか…。お前を押し倒さないで我慢していたのは本当につらかったんだぞ。おまけに僧房で飲み交わしながら、たった二人で過ごしたあの夜。あれ以上のポーカーフェイスなんて、頼まれたって今でもできないぞ。」
カーキ色のワーキングシャツのボタンをぴぴぴっと外した。
博雅は晴明のシャツのボタンを外すのも忘れたまま固まっていた。
「そんな…。」
「きれいな思い出を壊したかな?」
にやっと紅い唇に人の悪い笑みをうかべて晴明は博雅に口づけた。
「今はもう博雅とはすでに恋深き仲。身分も人の目も何もない…。かつての昔より俺は今の方がずっとよい…。」
 
博雅を引き寄せる。何も言わずに晴明の唇が博雅の肌を捜してシャツの合わせ目を押し広げそこに口づけてゆく。
「…あ…っ…晴明…。」
ピンク色の小さな突起を唇に挟まれて博雅の艶にぬれ始めた声が小さくあがった。
「俺も…あの晩、僧房でお前を想うと眠れるわけもなく…。お前と口づけたいと願いながらいたのだぞ…。」
「千年もたってから言うか…。オクテなやつめ。」
でももうオクテなのは直ったはずだろう?そうたずねながら晴明は、博雅のジーンズの前を押し上げているそれにその白い手を触れた。厚い布地を通してでもわかるその高まりの形に添って、形のよい指先を這わせてゆく。
博雅の震える手が晴明の腕に食い込む。晴明がベッドに腰掛け、その長い両脚の間に立ったままの博雅を引き寄せた。ジーンズの前を開けると晴明の手にいざなわれて昂ぶった博雅の男の印が晴明の目の前、外気の中へと引き出される。
晴明はその紅い唇を開けて、痛いほどに張り詰めた博雅のそれを飲み込んでゆく。
のどの奥までとどくかと思うほどに深くくわえると、張り詰めた博雅のそれに別の生き物のようなその舌を滑らせる。くびれたところに舌を遊ばせ、頂点の鈴口にそれを躍らせる。額に一房の髪をたらし、長いまつげを伏せて博雅のそれを唇に含む晴明の姿は誘うように妖艶であった。力強く吸われて思わず晴明の髪に指を絡ませる。流れるように滑らかな晴明の髪が手のひらに心地よい。
 
昔日の博雅であれば、このようなことをさせるのにもどうしても男同士だというためらいがあった。今でもそれを感じないわけではないが、生まれ変わってまで一緒にと願った相手。後悔はない。
俺、博雅のすべては晴明のものだ…。その激しすぎるほどの感情に自分でも恐ろしくなることがある。
(歯止めが利かないことを思えば、いろんなものに邪魔されていたあのころのほうがよかったかもしれない…。)
晴明の唇と舌に翻弄されながらぼうっとした頭の中でそう思った。
と、晴明が急に博雅から唇を外した。
体を伸ばして博雅の首に腕を回してくる。正面から博雅を見つめた。
「…なにを考えてる?博雅。」
濡れた唇に妖艶な笑みを浮かべて晴明が問う。
「…なにも。」
博雅も笑みを返す。
「うそつけ…。どうせ男同士なのにどうとか、このままでいいのかとか、そんなロクでもないことを考えていたに決まってる…。だろ?」
晴明がわかってるぞとばかりに、にやっと笑った。
「…はは。ばかな。」
博雅が目をそらして言った。
「お前がうそをつくとわかるんだよ、俺には。」
「うそではないさ。晴明。…確かにそのようなことはちらりと頭をかすめはした…。だが、それ以上に俺が思ったのは、自分のお前に対する執着とも言えるこの想いのことだ。」
言いながらも、うるうるとその瞳が潤みだす。
「自分のこの感情が怖くなることすらある…。」
「ばかだな…博雅は。」
「ばかではない…。お前を想うと俺は鬼にでもなってしまいそうだ…。」
「鬼か…俺は博雅、お前を想ってもうすでに鬼になってしまっているぞ。」
「え?」
「千年の昔から、お前を見るたびに喰らってしまいたいと思っている俺は、鬼以外の何者でもないさ。」
そう言ってその濡れた唇を博雅の首筋へと這わせる。
「痛た…」
博雅が体をびくりとさせて言った。
晴明の白い歯が博雅のすっくりと伸びた首筋に噛み付いていた。
「喰らってしまいたい。喰らってお前のすべてを自分の物にしてしまいたい…、これが鬼でなくてなんなのだ?」
噛んだところを舌でなめあげる。その指は博雅の滑らかな胸を滑り降り博雅のものへと絡み付いていった。
自分のそれを無意識のうちに晴明の手の中に自ら押し付けていく博雅。。
「では…俺も鬼になる。俺のすべてはおまえのものだが、俺もお前のすべてを喰らいたい…。」
「それはできない相談だな、博雅。」
くすりと晴明が笑った。
「なぜだ?」
瞳を潤ませながら博雅が言った。なぜ、晴明なら鬼になれて自分はだめなのだ?
「なぜって?…それは…お前は喰われる側だからさ。」
博雅の足に手をかけるとベッドの上にひっくりかえした。
「うわっ!!」
晴明が驚く博雅の上に覆いかぶさった。
「喰らうのは俺。」
「…んんっ!」
噛み付くように博雅に口づける。逃げる博雅の舌を捕らえ、さらに口づけを深めてゆく。息をすることすら許さぬような激しい口づけに博雅の意識がくらくらとしてゆく。
博雅の両手をとると、そのまま頭の上に片手で押さえつける。わずかの抵抗も奪って晴明の唇が博雅の体を滑り降りてゆく。頬にあごに耳たぶに、そして鎖骨にと、晴明の唇が博雅の全てを味わうように体のあちこちに舞う。晴明が手を離しても博雅の手はそのまま力なくそこにあった。
晴明はその冷たく指の長い両手を博雅の体へ滑らせていった。
そのひやりとした感覚に博雅の体がびくんと小さくはねた。
「…んん…っ…」
博雅の唇から小さく声が漏れる。
「喰らってしまいたい…。」
博雅の胸の薄いピンク色の突起に歯を立てる。
そこからわき腹をひとかじり、おへその辺りをまた、ひとかじり。歯を立てながら下へ下へと晴明の頭が降りていった。
いまだ脚にからみついたままのジーンズを引き抜くと、その長い脚を大きく開きそのひざ裏を持ち上げる。博雅のものが頼りなげに天を向いて揺れる。
「可愛いが後でな…。」
晴明は博雅のそれにちゅっと小さく口づけを落とすと、博雅のさらに奥の秘められた門を目の前にさらした。
「あっ!いや…だ。そんな…とこ、見ないでくれっ!」
博雅が身をよじる。それを思いのほか強い力で押さえつける晴明。
「よいではないか、博雅。お前のすべては俺のものなのだろう?ここも然りだ。」
指でそこをつつく。
「ああっ!!」
博雅のそこがぴくぴくと引きつった。
「…可愛い…」
晴明はそうつぶやくとその場所に口づけた。
「…あああっ!やめ…!」
しっかりと腰を押さえつけられた博雅には逃げる術などない。
泣きながら許しを請うが晴明は非情にも何一つ答えることをせず、ひたすらに博雅のそこを舌でなぶり続けた。
「…ああ…あああ…い…や…」
途切れ途切れに博雅の力ない泣き声が部屋に響いた。
意識も飛びそうなほどに散々いたぶられて泣きつかれた博雅、なぶられているうちに不覚にも一度イッてしまった。
自分の腹の上にこぼれる生暖かい精に恥ずかしくて目も開けられない。両腕を顔の上で交差し顔を覆っていた。
晴明の指がこぼれた博雅の精をすくった。
指の先につけたそれを博雅の散々なぶられて紅く膨らんだそこへ擦り付ける。
「…あっ!」
わずかの刺激でも思わず反応するほどに敏感になってしまっている博雅。
「感じやすくなっているな…。どれ…」
つぷ…。
博雅のそこに長い中指を一本くぐらせる。やわらかく解けた博雅のそこは博雅自身の精を潤滑油として、なんの抵抗もなく晴明の指を受け入れてゆく。
ずっ…。
指の付け根まできっちりと埋め込ませると、中で掻きだすように指を曲げて内壁を刺激する。
「ああっ!…いや…っ!だめ…だっ!」
もがく博雅の腰を押さえつける。
「…ほら、もう一本…。」
薬指も中指に続いて博雅の中へ。二本の指を中でくっと開き内壁を掻くようにして出し入れさせる。
「あああぁっ!」
シーツを掴んで博雅が泣く。体が燃えるように熱い。
「せい…め…っ!」
早く早くと、心がまるで火がついたように晴明を求める。
晴明は一時、博雅から離れると服を脱いだ。
服を脱ぐ晴明を飢えたように見上げる博雅。体が晴明を求めて小刻みに震えていた。
晴明の何もまとっていない冷たい胸がするりと熱い博雅の体に覆いかぶさってゆく。
「博雅…。」
博雅の汗にぬれた髪を掻き揚げると、その秀でた額にそっと口づけた。
額から頬、そしてその熱を持った唇へ。
息も絶え絶えの博雅に小さくささやきながらあちこちに口付ける。
博雅のものに自身のものを沿わせて摺り寄せた後、博雅の両足を大きく開いて、やわらかく解けたその後孔に自身のいきり立つものを沈めてゆく。
「ああっ!…せい…めえっ…!」
体を弓なりに反らせて博雅が晴明の名を叫んだ。
「博雅…」
晴明も己れ自身を博雅に埋め尽くしてその名を呼ぶ。
晴明のものが博雅の狭い内壁をいっぱいにして張り詰める。
「…はぁ…」
博雅が目じりに涙をいっぱいにためて息を吐く。
その手がゆっくりと上がり晴明の首にかかった。引き寄せられるままに晴明は博雅の顔へ自分の顔を近づけた。
「せい…め…」
博雅が晴明の名をささやいた。
「なんだ…?」
「俺を喰らってくれ…俺の愛しき鬼よ…。」
晴明の髪に指を絡ませ強く自分に引き寄せると、博雅は晴明も驚くような激しさで口づけた。口づけられながら晴明の目に笑みが浮かぶ。
博雅の中で晴明がどくんと跳ねた。
「…あっ!!」
博雅が思わず唇を離してのけぞった。
「言われずとも喰らってやるさ、博雅…。」
離れた博雅の唇を今度は晴明が捕まえる。舌を絡め歯をぶつけるほどに激しく唇を奪う。激しく口づけながら博雅の後孔を晴明のものがくちづけと同じほどの情熱を持って激しく奪った。晴明のものが矢が刺さるように深々と博雅の奥深いところを貫いた。
息が止まるほどの快感が博雅の背筋を駆け上る。酸素を求めて博雅が晴明の唇をもぎはなす。
「あああぁっ…!!」
博雅の唇から悲鳴のように高く声が上がった。博雅の中で晴明のそれが熱い情熱を解き放つ。
うっすらと額に汗をにじませて晴明がうれしそうに笑った。頬を上気させ、長いまつげを伏せて快感に身を震わせる博雅をそっと抱きしめた。
 
博雅がほのかに漂う春の香りに目を覚ますと、ベッドの上は一面の桜の花びらでいっぱいだった。
「これは?」
枕に預けた頭を起こして花びらを一枚手に取った。
「本当なら満開の桜の下で目覚めさせてやりたかったのだが、まさかここまで桜の木を持ってくるわけにもゆかぬしな。花びらで我慢しろよ。」
博雅の髪についた花びらをつまみながら晴明が隣で微笑んだ。
「晴明…。」
不覚にも、じわりと涙が膨らんだ。
「そんな顔するともう一回襲うぞ、博雅…。」
にやっと笑って晴明が博雅にくちづけた。
段々深くなってゆくくちづけにこの男にはかなわないなと博雅は思ったのだった。
 
吉野の山に桜は千年の時を超えて今日も咲く。



 
晴明、博雅のためとあれば鬼にもなります。あいかわらずのアチチな二人です〜♪

 
 
ちょいやばにもどります