嫉妬って… (4)
「だから、再びまみえた今、昔と同じ轍を踏む気はない。」
篁は晴明の目を真正面に捉えて、ニッ、と笑った。
「あの方を盗りにゆきますよ。」
「ばかな、わかってて言ってるのか?閻魔庁の副官が男とか?」
「あの方に関していえば男も女も関係ないですよ。私はあの方の魂を見て言っているんですから。それに…あなたも知ってるでしょう?私には禁忌なんて関係ないこと」
「…ああ。妹とよりはマシってことか」
「ひどい言い方ですが、まあ、聞かなかったことにしてあげますよ。」
「妹の代わりか?」
晴明の目が険しい。
「博雅どのがその妹の生まれ変わりだって言ったら…信じます?」
「ハ!それこそバカを言え。ありえないな。」
「でも、よく似ているんですよ。…とてもね。」
「似てても別人だ。あの子がどこにいるか、あんただってわかってるだろうが。」
「知ってますよ。もう妹は再生しない。…本人がそう望みましたからね。」
「だからといって博雅を代わりにするな」
「代わりのつもりはありませんよ。私はただ純粋に博雅どのに惹かれているんです。それこそ、はるか昔からね。そして、私の方があの方をずっと幸せにして差し上げられる。」
そこで篁はにっこりと微笑んだ。
「なにしろ、あなたと違って私は浮気はしませんから。」
「浮気だあ?」
晴明の眉がピキキッと上がって、おまけに声のトーンも上がった。
「私がいつ浮気なんてしたっていうんだ?」
「したんじゃなくって今からするんですよ。」
篁の片手がスイと上がる。
パキパキパキ…。
晴明の周りを透明な氷のような壁が、ものすごいすばやさで取り囲む。さすがの陰陽師も、あっという間のことに何も抵抗する暇さえなかった。
『なにをする!』
ガラスのような壁をドカッと叩いて晴明が声を荒げた。声は透明な壁に隔てられて、くぐもってきこえた。
「しばらくのあいだ、そこで我慢していてくださいね。晴明どの。」
にっこりと微笑む篁。
「大丈夫、その中にいる限り喉も渇かなければ腹も減らない。時間が止まったような空間ですからね、苦しいことも何もないからご安心を。ただ、見ていればいいですよ。私のやることをね。」
そういって篁は今度は指をぱちりと鳴らした。
目の前にもう一人の人影が立つ。
『おのれっ!篁っ!』
その人影の正体に晴明の目が怒りに燃えた。
「ここでいいよ。ありがとう。」
一緒に降りてこようとするサングラスの男を制して博雅は言った。
「あるじより、あなた様を無事お部屋までお送りするよう言い付かっております。」
丁寧に男は言ったが、博雅はやっぱり首を振った。
「私がいいって言ってるんだから、いいんだよ。」
「しかし…」
「いいっての。」
にっこりと、だが、きっぱりと博雅はそれ以上男がついてくるのを断った。
「篁どのによろしく。」
そういって男の目の前でクルマのドアをパタンと閉めた。
「…はあ」
高いビルの最上階の辺りを見上げて、博雅はため息をついた。
…カチリ。
「あれ、開いてる?」
最上階にあるプレジデントルームの扉には、鍵がかかっていなかった。この階にはここ一室しかないので、鍵がかかっていなくても他の者が入ってくることは、まずない。
開いているとしたら、晴明が開けたに違いないとは思うのだが。
「もう、戻ってる?…まさかね。」
階下では、まだ人がごった返していた。主催者である晴明が、もう部屋に戻っているなど考えられない。
明かりの落とされた部屋に静かに入る。
このプレジデントルームは広い。入り口を入るとまず玄関ホールがあって、それから広いリビング、書斎と続いて、さらにその奥に、ようやくプライベートルームである寝室がある。
リビングは間接照明だけが灯されていて、ほの暗かった。
柔らかな革張りのソファに、晴明のスーツの上着が無造作にかけられているのを見つけて、思わず博雅はほっとした表情を浮かべた。
「帰ってるんだ…」
スーツに手を滑らせると、博雅は奥の寝室へと向う。
…俺のことを心配してくれてたんだ。
自分の名さえ、人には教えないのは、やっぱり俺を大事に思ってくれているからなんだ。それなのに、いじけて勝手に帰ってしまって…。
俺って大概バカだ。
思わず博雅の顔に笑みが浮かぶ。こんなことなら、篁どのに付いて行ったりせずに、まっすぐ帰ってくればよかった。
帰っても、俺がいなかったから、きっと怒ってるだろうな、と博雅はちょっと眉を寄せた。
また、いつもみたいに機嫌が悪くなってるに違いない。さて、どうやって謝ろうか。
そう思いながら寝室のドアを開けた。
「すまない、晴明。俺…」
言いかけた言葉が宙に泳ぐ。
「…ああ…っ…!」
快感に濡れた声が、博雅の耳に飛び込んできた。
部屋をほとんど占めているキングサイズのベッドの上で、二人の人影が重なり合っていた。
ドアに手をかけたまま、博雅は動けなくなった。
目の前の光景が理解できない。
声が出ない。
「ああ、博雅、帰ったのか。」
人影の片方が博雅のほうを振り向いた。
「せ…」
ドアにかけた手が、カタカタと震える。
「あ…アキラ…っ…も…っと…」
恋人の名を呼ぼうとした博雅の声を、晴明に組み敷かれた方の声が遮る。偶然か、こちらに向いたその相手の顔が見えた。
今夜、我が物顔に晴明にくっついて、博雅のことを笑ったあの男だった。
小野篁の従兄弟、…亨。
その腕が晴明に伸ばされる。長いまつげを震わせて、晴明の口づけを乞う。
「待て、亨。」
その唇に人差し指を当てて制すると、晴明は博雅に向かって言った。
「悪いが、そこを閉めて出ていってもらえないかな?」
声すら失った博雅に向かって、冷たく微笑む。
「見てのとおり、取り込み中だ。…わかるだろ?」
そう言うと、ことさら博雅に見せ付けるように、亨に口づけた。
「…んん…っ…」
シーツを蹴って、亨の足が晴明の体に巻きついた。
コンコン。
ノックの音。
「ほら、来た。」
篁は、二ッ、と晴明に向かって笑みを見せた。
音を遮断した、ガラスのように透明な壁の向こうで、晴明がギリッ、と篁を睨む。その口が開いて何かを言っているが、もちろん聞こえっこない。
「言いたいことはいっぱいあるだろうけど、今宵は静かにしててくれよ、安倍どの。なにしろ、ほら、今が一番大事なところなのでね。」
晴明が壁の向こうをドン!と、叩く。
「まさかとは思うが、逃げられないように見張っておけ。」
ガラスのケージのすぐそばに立つ、牛頭に命じる。
晴明の目の前に手を伸ばすと、篁はそのままスーッと手のひらを横に滑らせた。まるで透明なカーテンがひかれたかのように、晴明を囲った檻と牛頭の姿が消えてゆく。
「私は確かに陰陽師じゃないけれど、地獄のアイテムには、少々詳しいのさ。」
誰にともなくそういうと、篁は今宵二度目の客を迎えるために玄関へと向かった。
入り口のドアを開けると、そこには、ずぶぬれになった博雅が立ち尽くしていた。いつの間にか外には冷たい雨が降っている。
「どうしたんです、博雅さま」
いかにも驚いたような表情を浮かべて、篁が問う。
「な、なんでもない…んです。ただ、ちょっと…」
下を向いて博雅が震える。
「なんでもなくはないでしょう?とにかく、こんなに濡れてたら風邪を引いてしまう。」
さあ、中へ、と篁は博雅の袖を引いた。
「また、来てしまってすいません…。」
見るからにしょんぼりとした博雅が消え入りそうな声で言った。
「あなたでしたら、何度来ていただいてもうれしく思いますよ。さあ、どうぞ。」
肩に手を添えて博雅を招き入れる篁。こんなに冷えちゃって大変だと言って、柔らかい大きなタオルを出してきて博雅の頭を優しく拭く。濡れた上着を脱がすと博雅をソファに座らせ、すぐに暖かい飲み物を入れてくれた。
篁が手渡してくれたマグカップからコーヒーの良い香りと、あたたかな湯気が上がって、冷え切った博雅の手と心を暖めてくれる。
「ちょっと、部屋に帰れなくなっちゃって…。少しここにいてもいいですか?」
カップの中をじっと見つめていた博雅がようやく顔を上げた。その黒目がちの瞳がみるみる潤んでゆく。
「それはもちろん。でも、どうしたんです?…もしかして、あのひと?」
「…はは。当り…かな。」
乾いた笑いをもらしてそういったかと思うと、博雅の瞳から大粒の涙がぼろっと零れ落ちた。
「あなたをこんなに泣かせるなんて…酷いヤツだね。」
隣に座りなおした篁がやさしく言う。
「そんな…酷いヤツじゃないですよ…」
カップの中をじっと見つめたまま、博雅は震える声で答えた。
「何をしたのか知らないが、でも傷つけたんでしょ、あなたのことを?」
「傷つけ…て…なんか…」
カップを持つ手がカタカタと震えた。
固まって強張った博雅の手から、そっとカップを取り上げる篁。
「私なら今みたいにあなたを泣かさない。すぐに私のものに、とは言いません。…でも、少しは考えてくれませんか?」
カップをテーブルに置いた篁の手が、今度は博雅の頬に当てられる。博雅の顔を自分の方に向けて、篁は優しく微笑んで見せた。
「そんなこと…」
「過ぎ去った遠い昔の思い出を共有しているのは、あいつだけではありませんよ。あなたのことを、すべて知っているのは私も同じ。あいつだけが唯一なんかじゃない。」
笑みを消した篁の顔が迫ってくる。博雅は何も言えずに、ただそれを見つめた。
「…ん…、は…っ…だ、だめ…です…や、やめて…」
篁の唇が、逃げる博雅の唇に這う。
柔らかなソファの片隅に追い詰められて、博雅は嫌々と顔を振った。
「あの男しか知らないから…そんなに傷つくんだ…博雅どの」
博雅の襟からシュッとネクタイを抜き取りながら、篁は少し悪そうに笑った。
「もっと、色々経験したほうが、あなたのためにもなる」
博雅がうろたえまくっている間にも、篁の手はテキパキと博雅のシャツのボタンを確実に外してゆく。少しは私のことも考えて、などと殊勝なことを言ったわりには、その手順にためらいはない。
「あ、あのっ!ちょ、ちょっ…た、篁どのっ!」
「あいつではない男を試してみませぬか?あなたはあいつしか知らないでしょうがあの男は、あなたひとりでは決してありませんでしたよ。私が知っているだけでも、いったいどれほどの恋人や愛人がいたことか。」
「そ、そんことは知ってます!」
グイッと篁の体を押しのけて博雅は体を起こした。
「でも、それが苦しいのでしょ?なら、あなたももっと…」
言いかけた篁の言葉を遮る博雅。
「そ、そんなんじゃない!わ、私は…」
「私は?」
「私は…自分が嫌なのです…」
篁にかけた手がぱたり、と落ちる。
「私には晴明を縛る権利などない…。私にとってはただひとりの大切なヤツ…でも、晴明にとってはそうじゃない…、そんなことはわかっているんです…」
博雅の脳裏に今夜のセレモニーの様子が蘇る。自分の知っていた晴明ではない公の顔、稀名アキラ。昔と同じ自分だ、とあれは言ったが、博雅には自信がなかった。
大勢の人間に取り巻かれるアキラ。おまけに自分など歯も立ちそうにない煌めくばかりの元・恋人…・
いや、今でも恋人だった…。
晴明は確実に今を生きている。
なのに、俺は…。
あれに過去を思い出させてしまったのは自分。
俺と会いさえしなければ…。
「いつか晴明と会えると思って、ずっとそのままだった方がよかった…」
そうすれば、こんなに苦しいこともなかった、博雅は消え入るそうな声でそういうとポタリ、大粒の涙を零した。
「ずっと…想っていただけなら…こんな醜い嫉妬に心を焦がすことなど…なかったのに…」
「博雅どの…」
篁の声も途切れる。
なんと純粋な…。
相手を想うあきれるほどに透明な想い、篁はやれやれと首を振る。
これは、まあ…
「博…」
篁が優しく微笑んで博雅の肩に再び手をかけた時だった。
ドカッッッツ!!
何かを力任せに蹴飛ばす音が辺りに響き渡った。
「な、なに!?」
博雅がびっくりして顔を上げる。
「どうやら限界にきたようですねえ」
篁はくすくすと笑って肩をすくめた。
「相手を想っているのは、どうやらあなただけではないようですよ、博雅どの」
「え?」
きょとんと顔をかしげる博雅。
「篁っ!」
ドンッ!!
馬鹿でかい牛頭の体が壁に飛んだのとほぼ同時に、博雅と篁、二人の前にまるでイリュージョンのように晴明が現れる。黒の長いコートのすそを翻して現れたその姿はまるで悪魔のように見えた。凍てつく氷の目が二人をぎろりと見下ろす。その目が、はだけられてへその辺りまで見えている博雅の姿を捉えた。
乱れた髪、口づけられて塗れて膨らんだ唇、涙に潤む瞳、おまけに肩にかかった篁の手…。
「なにをやってる…おまえら」
その氷の瞳がクッと細められて、さらに険しさを増した。
「なにって…見てのとおりですよ」
びっくりして口もきけない博雅に代わって篁がにっこりと笑って答えた。
「篁…っ」
晴明の口の端がヒクッと引きつった。
「お楽しみのところを申し訳ないが、離れてもらおうか」
丁寧な言葉とは裏腹に、篁の胸倉に手をかけてソファから引きずり上げる。
「おやおや…乱暴ですね。天下の陰陽師が力づくですか?」
晴明の冷たい目にも、全く負ける気配も見せずに篁が笑う。
「うるさい…殺されたくなくばその口を閉じていろ」
「おお、こわ。何もそれほど怒らなくたっていいじゃないですか。まだ、何もしてないんだし。」
篁は、くすくす笑いを押さえもせず肩をすくめた。
「あれがか?確かに声は聞こえなかったが、おまえが博雅になにをしようとしていたかぐらいは見てとれた。あれを何もしていないとは、よく言ったものだな。」
「あらら、やっぱり見えないようにしとくべきでしたね。そうすりゃ、馬鹿力で檻を壊されることもなかったのになあ。」
あれは凶悪な亡者専用の特製の檻で、めったやたらなことでは壊れるはずもないのにねえ、と晴明の脅しにもかかわらず篁はくすくす笑い続けた。
「見えてなくても壊したさ。お前のやることは、わかっていたのだからな」
篁をぎりぎりと締め上げて晴明は冷たく言い放った。
かなり、怒っているようである。
それはそうだろう。
目の前で、自分の命より大事に想っている恋人が他の男の下になっていたのだ、普段は冷徹な晴明であったが、このときばかりは目の前がブラックアウトするぐらい頭に血が上った。怒りのあまり意識が途切れそうにすらなった。…いや、途切れたのかもしれない。
晴明の両手がすうっと広げられ、自分を捕える檻の両端に当てられた…その両の手のひらが青白く光を放った。そして自分でも、それと判断できぬうちにその両手に自分の持っている力の限りを込めて地獄の檻をぶっ壊したのだ。そこには呪もなく、式の力もない、真に晴明の能力のみ。晴明自身がぼうっと青白い光を放ってさえいた。
その蒼いオーラに包まれた晴明は、地獄の使者よりそれらしく見える。
その地獄の使者が言った。
「恋人に、目の前でいちゃつかれれば誰だって手が出よう。あれは私のものだ、手を出すなと言っただろうが。」
それでもそこは天下のクールガイ、怒りに駆られたて失念していたことを思い出す。
「…おぬし、あれを使って何をした?まさか…」
のど元を絞める手に力が入る。
「ちょっとばかりね」
けほっ、と少し苦しげに咳をしつつも篁はそう言ってニッと笑った。
「博雅…私の何を見た?」
篁を締め上げながら晴明は博雅に向かって目を向けた。
いったいどうなっているのか戸惑う博雅、
「何って…」
さあっと博雅の顔から血の気が引いてゆく。
「おまえが一番知ってるじゃないか…」
「知らないから聞いている」
「…」
黙り込む博雅、その肩が震えている。
「…篁、私に似せた鬼を使って、あいつになにを見せた?」
晴明の目が非情に光る。
「あなたにとっては普通のことさ。」
「俺にとって何が普通だというのだ」
「相手をとっかえひっかえ…快楽は求めるが、愛は求めない。普段のあなたの姿を見せて上げただけだよ。ま、ちょっと誤解があったかな、って今は思ってるけどね。」
このままだと、本気で殺されそうだな、と思いながら篁は答えた。
案の定、その答えがお気に召さなかった晴明の表情が強張る。
「篁…」
「誰も愛せないあなたなどに心奪われて、博雅どのはあまりに不幸だと思っていたが…。まったく、こればかりは想像がつかなかったね。あなたが博雅どのに執着するのは、自分のテリトリーを侵害されるのが嫌なだけかと思っていましたよ。」
「人を犬か何かのように言うな。」
晴明が、食いしばった歯の間から唸るように言う。
「そう、骨を奪われた犬ぐらいに思っていました…でもまさか、本気とはね。」
計算外だったな、と篁は苦笑い。
「あなたたちが今の世に、二人揃ったというのも偶然ではないということですねえ。てっきり博雅どのの強い思いが、あなたたちを引き合わせていたのかと思ってましたけど、どうやら私の推測は外れていたらしい。」
「当たり前だ、おまえなどに何がわかるか」
言いながら、晴明は篁の前に手のひらを広げた。
「人の世など、どれほどの年月を経ても、ちっとも変わり映えのしないくだらないものと思っていましたが…。」
そう言う篁の姿が、幻のようにすうっ、と消え始めた。
「変わらないからこそすばらしい、ということもあるのだということを知りましたよ。まったくもって素晴らしい。」
にこやかに言う篁の姿がどんどん消えてゆく。
「逃がすか、篁!」
晴明の指が九字を切る。
「怖いなあ、さすが、天下一の陰陽師どの。でも、残念、今日は退散いたしますよ。」
次の瞬間には、晴明の手は空を掴んでいるだけだった。
「また、会いましょう、博雅どの、今度は邪魔の入らないところで、もっとじっくりお話をいたしましょう。誰があなたに、本当にふさわしいかをね…」
篁の声だけが宙に響いて、そして消えた。
「くそっ!」
晴明が声を荒げた。それから、いまだソファに呆然と座る博雅を、ぎろりと見下ろした。
「博雅…」
その声に、はっ!と我に返る博雅。思わず見上げた目が、バチッ!と晴明の射るような視線とぶつかった。
「せ…」
博雅の腕を掴んで立たせる晴明、息のかかりそうなほどの至近距離で、博雅の目を再び捕らえた。
「いったい、俺の何を見た?」
「…」
押し黙る博雅。
「博雅!」
晴明が一喝する。
「…おまえと…亨さんが…」
苦しげに俯く博雅。
「それを信じたのか」
「信じたくなかった…でも、確かにあれはおまえで…俺に出てけって…」
はあ、と晴明がため息をつく。
「それは、篁が仕込んだ俺の替え玉だ。俺がそんなこと言うわけないとは、思わなかったのか…」
「…」
「お前は俺の本当の気持ちを信じてない」
「せ…晴明」
「俺にはおまえだけだ、と何度言えば信じてもらえる?」
「…せ…」
「たとえ、そいつが本当の俺だったとしても、そう言ったときは自分をなくしているときだ。もし、これからそんなことがあったとしたなら、とりあえず俺を殴れ。たいてい目が覚める。」
「せい…」
「それでも気づかなかったら遠慮は要らない、俺を殺せ、博雅。お前が大切だとわからない俺などただの屑だ、」
「晴…明…」
博雅の目から大粒の涙がぼろぼろっ、と零れ落ちた。
「馬鹿だな…博雅…」
零れる涙の粒を、晴明の唇がそっと受け止めた。
「ま、それはそれとして、俺の前でのあれは、いただけなかったな」
晴明がそう言ったのは、篁のところを出たリムジンの中だった。
「は?」
広い後部座席に肩を寄せ合うように座って、ほんわか気分に酔っていた博雅の目がテンになった。
「俺が、あれを許すとでも思ったか?」
紅い唇の端を小さく引き上げて…晴明が笑った。
「あっ…だめだっ…て…は…っ…」
身をよじって逃れようとする博雅。
「だめだ…逃がさない」
その腰を自分の方へと引き寄せて、晴明が低く笑う。
引きおろされたジッパーの奥に、晴明の手が潜り込む。
「あっ!…やっ…!」
ビクン!と、あごをのけぞらせて博雅が小さく声を上げた。思わず開いたその唇に、晴明は自分の長い指を二本、咥えさせる。指先が震える博雅の舌を捕らえた。
「あ…あ…はあ…」
硬く立ち上がった熱茎を擦り上げる晴明の手からは、溢れる淫らな蜜の音が博雅の耳を侵し、閉じることを許されないその唇からは、飲み込めない唾液が喉を這って滑り落ちてゆく。
「上も下もぐちゅぐちゅだな、博雅…。俺と亨もそうだったか?ん?」
晴明が意地悪く耳元で問う。
「…わ…わから…な…あっ…!」
ぎゅっ、と屹立を締め上げられて博雅の声が途切れた。
「そうだろうさ…。ろくに確かめもせずに、その場から逃げ出したのだろうからな。」
「だっ…って…」
博雅の目がうるうると潤む。
「俺が本気で愛したなら、そんな簡単な情交ではすまないことぐらい、もうわかってもよさそうなものなのにな…」
唇の中を嬲っていた晴明の指が、シャツの前を肌蹴られて露になった博雅の胸をすうっと滑り落ちる。
その胸に咲く桃色の乳首を摘みあげると、博雅が泣くように声を上げた。
「やっ…!」
身をよじって嫌々と首を振る。
「やめ…晴…っ…!」
嫌がる博雅にはおかまいなしに、晴明は博雅の胸に咲く蕾を捻りあげる。
「つう…っ!」
ふっくらとしたその先端を潰されて博雅の目に涙が盛り上がる。
「なにを嫌がる…?博雅…俺が触れるのがいやなのか?」
「そ…じゃ…あっ…な…い…」
「じゃあ、何だ?」
「見られ…る…いや…だっ…」
ぎゅっと目を閉じる博雅。
「ああ、そっちか」
運転席のミラーに映る自分たちを認めて晴明は笑った。
「心配するな、博雅、このドライバーは我が式。俺たちがなにをしていようと関心など持たぬさ。」
「そ…それでも…いや…だ…っ…」
晴明の体をぎゅうっと押し返して博雅は首を振った。
「そうか…仕方がないな」
いつになく晴明があっさりと引く。ほっ、として博雅は顔を上げた。
「ありが…」
「なーんて、俺が言うとでも思ったか?」
「えっ!?」
ニッと笑った晴明は確かに悪魔に間違いはなかった…。
「ああ…ア…っ…!」
晴明の手が、閉じようと無駄な足掻きをする博雅の内腿を這う。前よりもさらに一層、その秘められた場所を開かれて博雅の顔が羞恥に染まる。
先ほどまで口にねじ込まれていた晴明の指が、ツプリ…と、博雅の後孔に埋め込まれる。長い中指がその根元までゆっくりと沈み込む。
「く…っ…うっ…」
晴明の首に腕を回した博雅が、晴明のスーツの襟元に顔をうずめて声を殺す。すぐ目の前にある博雅の耳に、濡れた舌を這わせて晴明は熱い吐息を吐く。
「素敵だ、博雅…。おまえのここは、俺の指さえも感じさせてくれる。すごく…熱いよ…」
博雅の中に埋め込んだ指を、ゆっくりと動かす晴明。棹を伝って落ちる蜜に手伝わせて、晴明の指はスムーズに博雅のそこを往復する。
「あっ…ア…っ…!」
広げられたままの博雅の足が、カタカタと小刻みに震え出す。その真ん中で博雅のもは天を突いて立ち上がり、蜜に濡れて隠微に艶めく。
その股間に晴明は顔を伏せた。
晴明は博雅のものをその紅い唇に含む。はちきれんばかりに怒張したそれを苦もなく咥えるとその舌をそれに絡みつかせた。
「や、や…め…」
熱を持った晴明の熱い舌が、そろりと博雅のものを舐めあげる。晴明の手の中で博雅のものがドクンと体積を増す。晴明の動きは止まらない、さらりとした髪が博雅の内腿を掠める。それがまた、博雅を震えさせる。
「…だ…めだ…晴…」
博雅の震える手が、晴明の髪に触れる。嫌がる言葉とは裏腹に、その手が晴明の動きを促すようにその髪を掴んだ。博雅からは見えない晴明の顔に、笑みのようなものが浮かぶ。博雅のそこを愛撫する晴明の動きが加速度を増す。
「あ…あっ…!」
晴明の口の中で博雅のものが弾けた。ごくりとそれを嚥下する音が、博雅の耳にやけに大きく響く。
「…ば…!飲むなよ…そんなもの…っ!」
うろたえる博雅。
が、恋人はそのてっぺんに小さくくちづけを落として、博雅を見上げた。
「飲んで何が悪い?俺はこんなものを飲むぐらいなんともない。むしろ足りないぐらいだ、…なにしろ食いたいのは、おまえそのものなのだからな」
そう言って、濡れて紅さを増した唇の端に小さな笑みを浮かべた。
「ば、ばか…何を言ってるんだ、まるでそれでは、鬼か妖しみたいだぞ…」
怖いほど真剣な恋人の目に、博雅は戸惑う。
「鬼ねえ…、確かにそうだろうさ。できることなら、お前を食って体の一部にしてしまいたい…。本気でそう思っているからな」
「怖いことを言うな…」
「それをしてしまえば、俺は本当に、鬼か妖しになるだろうな。それも悪くはないが。」
晴明はなんでもないことのように言って、くすりと笑う。
「だ、だめだ!おまえが鬼など、なってたまるか…」
がばっ!と博雅が晴明に腕を回して引き寄せた。
「お、俺が許さない…。おまえは…俺のものだっ!鬼なんかにさせない!」
鬼に成り果てた人間をずいぶんと見てきた。みな、満たされぬ心、癒されぬ悲しみ、そんなものが膨れ上がって鬼と成り果てた。そんなものに、俺の想い人をさせてなるものか。
「そうだ、博雅。最初っからそう言えばいいのさ。」
「え?」
博雅が顔を上げた。
「俺にべたついていた亨にも、そうはっきり言って追い払えばよかったのさ。こいつは俺のものだ!ってな。」
「…」
それが自信を持ってはっきりと言えなかったのだから、博雅は何も言葉を返せなかった。今はつい口をついて出たが…。
「やれやれ」
小さくため息をついて晴明が言った。
「やっぱり…おまえを食わせろ、博雅…」
「あ…ア…っ…」
広いリムジンの柔らかなシートに押し付けられて、博雅の唇から甘い喘ぎが洩れる。
「博雅…博雅…俺の博雅…」
博雅の中心に自分のものを深く埋め込みながら、晴明がまるで呪を唱えるように博雅の名を呼ぶ。
「お前は俺の生きる糧…、お前がいないこの世など俺には何の意味もない…博雅…博雅…」
「せ…」
耳元で優しく熱くつむがれる呪。博雅の目じりを涙が転がり落ちる。
「お…俺…」
ひくっ、としゃくり上げて、博雅は晴明の背中にまわした腕に力を込めた。
「言っただろ?お前は俺の糧…食われる側は黙っていろ」
博雅のまなじりに、ひとつ口づけを落とすと晴明はふふと笑った。
「あっ…くっ…」
博雅の細い腰を掴まえて、晴明は埋め込んだ自身を博雅の更に深くへと突き立てた。角度を上げた晴明のものが奥の内壁をすり上げる。そこから自分の屹立に電流のように痺れが伝わり、博雅の体が大きく反る。全身にぶわっと汗が噴き出した。
「な…なに…あっ…ああっ…!」
目いっぱい広げられた双丘に晴明の腰が激しく打ちつけられ、全身を振るわせるその部分を何度も晴明のものが突き上げる。
「あっ!やっ…!こ、怖い…っ…せいめ…っ」
閉じたまぶたの裏に白い星が瞬く。まだ晴明との再会から間もない博雅である、汗にまみれた全身を感じたことのない痺れが貫き、博雅は許容範囲を超える快感に恐怖を感じた。
ぎゅっとしがみついてくる博雅の、滑らかな胸に立つ桜色のつぼみを優しくねじり上げて晴明はその紅い唇に笑みを浮かべた。
「怖がる博雅もまた愛おしいと思うなんて…俺はやっぱり鬼かもな」
「ば、ばかっ…!」
摘まれた胸の蕾からも流れ出す電流、スパークしそうな意識の中で博雅は必死に答える。
「おまけに、お前にばかって言われるのが好きときている。」
ククッと笑って晴明は更に動きを早めた。
「アッ…ああッ…あーっ!!」
ひざ裏を持ち上げられ、ほぼ真上から突き立てられて博雅の唇から甲高い声がこだました。
「大丈夫か?」
「…そんなわけない」
「だろうな」
博雅のぐったりした声に晴明はくすくすと笑った。
「でも、おまえを殺さずにすんで、とにかく何よりだった」
「は?何を言ってる?俺に自分を殺せと言ったのは晴明、おまえじゃないか」
博雅は、晴明の肩に乗せていた頭を上げて、隣に座る男の顔をまじまじと見た。
街の明かりを受けて明滅して見える白皙の美貌。その美貌が博雅の方に向けられた。
「それは俺が他に心を移した場合。そのときは遠慮なく俺を殺してくれてかまわない」
が、と晴明は続けた。
「それはおまえにも適用される。」
「は?え?」
「博雅、お前が俺を裏切った場合にもな。…遠慮なく殺すから覚悟していろよ」
そう言った陰陽師。唇は笑みを浮かべていたが、その切れ長の美しい瞳に笑みはかけらも見えなかった。
「…」
博雅は、なんだか自分の嫉妬が急にちっぽけで馬鹿馬鹿しくなってきた。
俺なんかより、この男の方がいつだって孤独だった…。
転生してそんなことも忘れてたのか、俺は…。
「ば〜か、殺されてたまるかよ。」
そう言って、現代に蘇った殿上人は品良く笑ったのだった。
なんとか終わりました…ふい〜
へたれ文へのご案内へ、もどります。