SYAMON(終)
「すまんすまん、そうはいっても賀茂保憲様といえばわが賀茂家の祖先といっていいお方だ。その生まれ変わりなどといわれれば驚きもするさ。」
道清が申し訳なさそうに言った。
保憲はめんどくさそうに、だがきっぱりと
「賀茂保憲と俺は同じ魂かもしれないが、それでもやはり別の人間だ。それに記憶があるといっても朧げなものだ。まったく一緒の人間ではない。」
と、言い切った。
保憲は自分では気づいていないが、今のようなしゃべり方をするときがある。
とても、高校生の話し方には聞こえない、自信に裏打ちされた成人男性のような話し方。
道清はそれに気づいたが、保憲の顔を見てそれを指摘するのをやめた。
そんなことを指摘したら、この子はきっと困ってしまうだろう。
過去の記憶になどとらわれずに、今の自分を生きようとしているその気持ちがその顔から伝わってくるからだ。
なのに、君の話し方は大人のそれだとは決して言ってはならない。
気づいていないならそのほうがよかろう。
「…わかった、もうわしは何も言わないよ。さあ、今日は疲れただろうからもう寝なさい。隣の部屋に布団と食事を用意しておいたからな。」
そういい残すと道清は部屋を出て行った。
長い廊下を自室へと戻りながら、道清の胸は久方ぶりに喜びで満たされていた。
もう、この歴史ある加茂家を継げるものなど、誰もいないとあきらめていたはずなのに…
あの子に決めた。
あの子ほど後継者として、これ以上ふさわしいものなどいない。
「ふうっ…。ああ、疲れた…。」
手足を伸ばすと保憲は畳に大の字にひっくり返った。
顔だけを横に向けて沙門を見た。
視線を感じたのか沙門がうっすらとまぶたをあけた。
(どうした、保憲?)
「う…ん。いや、参ったなあと思ってさ。」
ごろりと体を回転させると片ひじをついて沙門のほうへと、向き直る。
(なにがだ?)
「だって、もとは俺のドジからとはいえ、俺が賀茂保憲だったとばれちまったことさ。…まずいよなあ。」
う〜ん困ったと頭を抱え込んだ。
(いまさら仕方がないだろう。それにあのじいさんは多分、そのことを自分ひとりの秘密に留めておいてくれるさ。)
「そうだとは、俺も思うけどな。でも、やっぱり俺たち以外に秘密を知ってる人間がいるっていうのは、落ち着かないもんだ。」
いままで誰にも知られたことのないことなのだ。そうおいそれとなじめるものではない。
(じゃあ、帰ろうか?)
「えっ?」
沙門の一言に驚く保憲。
(帰るかって言ったのさ。秘密を知られた人間のところにいつまでもいるのも嫌だろ?今のうちに逃げないと、明日の朝からまた、聞かれたくもないこと根掘り葉掘り、聞かれるぞ)
そういうと、ゆっくりとその大きな体を起こした。
ゆらりと巨体が不安定に揺れる。
「ばか!無理すんな!」
保憲が飛び起きて沙門の元へと飛んでゆく。
沙門の体に手を回し、そっと座らせた。
(もう血は止まっている。元の姿に戻るから、後はおまえがつれっててくれれば大丈夫。…さあ、早く行くぞ)
沙門はすうっと小さな黒猫の姿に戻ると、包帯の山から保憲の足元へとするりと擦り寄った。
「むちゃすんなよ。」
その小さな体を抱き上げると、保憲はちいさな顔に頬を摺り寄せた。
(くすぐったいぞ。保憲。)
沙門はくすぐったそうに保憲の顔にその小さな前足を当てた。
「ははは。じゃ、行くか?」
(うん、行こう。)
月明かりの中、肩に沙門を乗せた保憲が歩いてゆく。月明かりに長く伸びたふたりの影に区切りなどない。
…二人で一人。
保憲が静かに言った。
「なあ、沙門。俺はいろんなコとつきあってるだろ?」
(なんだ?急に。)
沙門が驚いたように顔を上げた。
「今日思ったんだ…。怪我したおまえを見てさ。」
(なにを?)
「…どんなかわいい女の子よりも、ホントは俺にはおまえが一番大切だってな。お前にもしものことがあったら、きっと…俺は生きていけない。」
(保憲…)
肩から沙門が保憲の顔を覗き込む。
保憲の目は真剣だ。
「だから、俺は生涯、結婚なんかしない。俺のパートナーは沙門、お前だけだ。」
(…。)
「もう二度といわないからな、ちゃんと覚えておいてくれよ。…愛してるぜ。沙門。」
(や、保憲…!)
黒くて誰にもわからないけれど、間違いなく真っ赤になっておもわず保憲の肩からずり落ちかけた沙門。
まさか、思いが通じる日がこようとは…。
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とりあえずなんとか終わらせとかないと。高校生の保憲君と沙門、ほったらかしでごめんね(涙)
この続きはまた今度じっくりと。