てるてる法師
ガラガラガラ…ドド…ン…。
「でかい音だな、今のは。」
月も星も見えない暗い空を見上げて博雅は言った。稲光の光る重い雲の間から、バタッ!バタタタッ!とこれまた大きな音を立てて雨も降り出す。
「お!おまけに雨だ。」
なんだか嬉しそうにそう言うと博雅は手にしていた杯をくいと煽った。
「なんだ…随分ご機嫌だな。」
向かいに座る男が不審そうに眉根を寄せて言った。
安倍晴明。
冷たい白皙の美貌と、その類稀なる才能で、都にこの男ありといわれる都一の陰陽師である。
いつものように白い水干に身を包み、庇の柱の一本に背を預けて座っている。片膝を立てて足を組み、その膝の上に片肘を乗せてその手に杯を持っている。二人の間には博雅の持ってきた鮎に塩を振って軽く焼いたものが、これもまた、質素なかわらけの皿にのって供されていた。
「ふふん。わかるか、やっぱり。」
「なにが元でそんななのかは知らぬが機嫌がいいのだけは分かる。」
それを聞いてさらにふふふと博雅は笑った。
「で、それがなにかとおぬしは聞かぬのか?」
「聞いてほしいのか?」
「そりゃあ、まあな」
博雅は顎を上げて鷹揚にうなずく。
「…なんとなく聞きたくない」
晴明は二人の間に置かれてあった瓶子を引き寄せて新たに手酌で酒を注ぐと博雅から目をそらせて言った。
「え〜?聞くとこだろうがよ、そこは」
博雅が身を乗り出す。
「いや、なんだかますます聞きたくなくなった」
晴明は実につれない。
「天邪鬼め」
元の位置に腰を落ち着けて、はあ、と博雅はため息をついた。
「せっかく面白い話を持ってきたっていうのに…。」
まったく、これだよ、こいつってヤツは、とぶちぶちという博雅に
「わかった、聞けばよいのだろ。で、どうしたって?」
このまま構わずにいると延々と文句をたれそうだと晴明はあきらめて尋ねた。面白い話と言ったのも聞こえたことではあるし。
「なんだか無理やりしょうがなく、って感じだな…」
いじけた目で博雅が言う。大の大人のくせにわりにすねやすい男である。
「無理やりじゃない、聞きたくってしょうがない。ほら、話せ。さっさとな」
「…その投げやりな言い方が無理やりって言うんだぞ、まったく」
なんて冷たい男だ、お前ってヤツは。と、博雅は愚痴る。
「なら、聞いてやらないぞ」
晴明の切れ長の目が冷たく光る。
「ああ、わかった。わかった。今話すよっ!」
両手を挙げて晴明を制すると博雅は直垂の懐からなにやらごそごそと取り出した。
「これを知ってるか?」
ぷらんと指先にソレをぶら下げて見せる。
中に綿でも詰めて作った人型のようなもの。だが、晴明の作る式神とは違ってそれは立体的で丸いマリのような頭で、首と思われるあたりを麻の紐がきゅっと締めてそこから伸びる紐の先を博雅は持っているのだった。
「なんだ、それは?」
晴明が不審な表情でそいつを見る。
「ふふん。さすがの晴明もまだ知らないと見えるな。」
おお、なんだか気分がいいぞ、と博雅はニマニマと笑った。
「これはてるてる法師というものだ。こいつに願うと、どのようなひどい雨降りも一晩で晴れ上がるという。もしかして、おぬしの術より凄いかもしれないぞ」
どうだ、参ったか、と博雅は鼻息を荒くする。
「ふうん。てるてる法師ねえ。」
あごに人差し指を置いて晴明は少し頭を傾げた。
「ふふん。晴明、世の中にはおぬしでも知らないことがいっぱいあるのだ。知らなくても恥にはならぬぞ、心配するな。」
晴明もよくは知らないと知って博雅はますます上機嫌だ。
「知らないわけでは…。それとも、俺が知らないほうが、おまえ、うれしいか?」
「そりゃあな。お前が知らないことを俺が知っているというのはめったにないからな。」
「なら、そういうことにしておこう」
くくっと笑って晴明は答えた。
「あ、そういう言い方はなんだかなあ」
ちえっ。面白くない、と博雅はまたひとしきり愚痴ると、手にしたてるてる法師を板敷きの床に置いた。
「珍しかろうと思ってわざわざ持ってきたんだ。おまえにやるよ、それ。」
「ふふ。そうむくれるな、博雅。おまえからの贈り物だ、ありがたく貰っておくよ。それにこいつがこの雨を本当に止めることができるのかも見てみたいしな。」
そういって晴明は、拾い上げたてるてる法師を庇からぶら下げた。
先ほどより激しさを増してきた雨を背に、てるてる法師がゆらゆらと揺れていた。黙ってそれをじっと見詰める晴明。その唇の端がわずかに上がる。
「ところでこいつは誰にもらった?」
「主上だ。」
「なんだ、あいつか。」
「あ、あいつって言うなっ!」
不敬にもほどがあるぞっ!と、博雅は思わずヒートアップ。
が、聞くところによると。
最近、気が塞いでしょうがない、せめて博雅の笛で気分を良くしたいと、帝のたっての所望で清涼殿に上がった博雅。いつもの葉二ではなく篳篥を奏したさいに、雨続きの近頃の天気の話になった。雨降りばかりで笛の調子もよくありませんとお話したら、ならば天気になるよいものがあると、帝から直接賜ったという。
「ふうん」
なるほど、と晴明は言って、ぶらさがったてるてる法師をちょいとつついた。
「では、そのお手並み拝見といこうか。」
博雅には聞こえないほどの小さな声でてるてる法師に言葉をかける晴明。
風もないのにてるてる法師がくるりと回った。
「さて、では雨が止むまで…」
晴明の手が博雅のほうに伸ばされた。
ざあざあと雨の降る音は止まない。
「…せ、晴明、で、できないって…」
博雅は胡坐をかいた晴明の首に腕を絡ませて童のように縋りついていた。博雅の真下にいきり立つ晴明のものが狙いを定めるように天を向いて待っている。
「なぜ?」
「だ、だって…怖いじゃないか…ん…っ…」
ぎゅっと目をつぶる博雅のそこに晴明のものの頂が触れると、博雅はクッと小さく体を震わせた。膝立ちになった足も震えた。
「怖いことなどないさ。ゆっくりくればいい。」
そういうと博雅の足をゆっくりと外側に向って広げさせていった。
くぷっ…。
晴明の屹立したものが博雅の花びらを押し分けて入ってゆく。指などとは違うその圧倒的な質量に晴明の首に回した博雅の腕に力が入る。
「やっ…あ…っ」
博雅の背をツツッツと汗が流れ落ちる。博雅の尻を割った晴明の指先にその小さな流れがたどり着く。
肩口に当たる博雅の息が熱い。
「は…は…」
その間も確実に晴明のものは博雅を串刺してゆく。やがてじわじわと博雅を占領していった晴明のものがその侵攻を止めた。
「ほら、全部入った。」
大丈夫だったろ、と晴明は笑う。
「だ、だ、大丈夫なものか。」
顔も上げずに博雅は答えた。
晴明のものが自分の中にいるのだ。そこからじわじわと信じられないほどの熱が全身に這い上がってくる。晴明と自分の体の間に挟まった状態の自身の屹立が痛いほど張り詰める。
知らずにその腰が揺れ始めた。
「では、抜くか?」
「ば、ばかっ…」
晴明の意地悪に博雅は涙目で訴える。
「ではどうしたい?」
「…」
「言わないと分からない」
「…は、早くしてくれ…」
「なにを?」
「…そこまで言わせるかっ…」
「だって何を早くか主語がないとわからぬなあ」
「お、おぬしのもので…お、俺を…言えるかっ!ばかっ!!」
ボッと真っ赤になった博雅の目を至近距離で見つめて晴明は
「ま、そこまでよく言えた。」
そういって博雅の唇に口づけた。
博雅のふっくらとした唇を割って晴明の舌が滑り込む。
「…んふ…っ…」
舌を絡めつつ、博雅の片方の足を持ち上げるとずんっと自身のものをその中に叩き込んだ。
「んんんっ!」
博雅がふさがれた唇からくぐもった悲鳴を上げる。
が、晴明はくちづけをやめない。
博雅の最奥を突き上げ続けた。
「…止まないな」
晴明の腕の中でぼんやりと博雅がつぶやいた。
「ふん」
博雅の髪を梳きながら晴明が一言。
「根性なしめ」
「根性なし??俺のことか?」
博雅が晴明の体の下でむっとして言った。
「そりゃあ、確かにこっち方面は根性ないかもしれないが俺は決して怖がりというわけでは…」
「違う。おまえじゃない」
先ほどまでの睦みあいの中で晴明に要求されたことにビビッた博雅が自分を擁護するのを遮って晴明は言った。
「俺じゃない?じゃあ、誰だ?他には誰もいないぞ」
あわてて博雅はあたりを見回した。この屋敷は強い結界で守られているはず。他に誰も入ってこれるはずもない…と、思う。
でももし、自分たちのほかに誰かいたのだとしたら、恥ずかしくって死んでしまう。
あわてて自分の腕の中から逃れようとする博雅を押さえつけて晴明は言った。
「てるてる法師のことさ。」
「てるてる法師だって??」
「そう。この屋敷の中には勿論入れはしないが、庇まではその侵入を許してやったというのに、雨ひとつ止められはしないとは。なんと根性のないことだ。」
ここからは見えない濡れ縁のほうに視線をやって晴明はふんと鼻を鳴らした。
「いったい何を言ってるんだ、晴明。てるてる法師はただのまじない人形だぞ。」
またしても博雅の鎖骨のあたりに唇を這わせ始めた晴明に博雅はあわてる。
「ふん、あれは人形などではない。」
「え?」
「あの男を狙った誰かの放った呪いの刺客だ。」
「は?」
せっかく着た単を早くも脱がせ始める晴明。
「し、刺客?」
「そうだ、たぶん帝を殺るつもりだったのだろう。でも運のいいことにあの男にはおまえがいた。おぬしにとっては運の悪いことにな。」
「えええ?」
露になった博雅の乳首に晴明の舌が這う。
「…あっ…」
思わず声が上がる、が、すぐに気を取り直して
「ちょ、ちょっと待て。これは一大事だぞ。帝を狙うなど。…や、やめれ…」
晴明を止めようとするが、止まるはずもなく。
「大丈夫だ。おまえがこの屋敷にその刺客を持ってきてしまったから俺は否応なくあの男を守るハメになった。」
その分の報酬を頂くとか何とか言いながら晴明は博雅の単をくるんと剥いてしまった。
「きゃ!」
「ほほう。可愛い声も出るじゃないか」
きゃって、ってなんだ、きゃって!
自分の上げた声にうろたえる博雅。
その博雅の体に腕を回して晴明は言った。
「ワケが分からなくなる前に教えてやる。」
そういって庇のある辺りを指差す。
「おまえのもってきたてるてる法師とやらは、本当は深山というところにいる日和坊という妖しだ。あれはそいつの本体ではなく、分身といったところだがな。普段は雨を天気にする程度の妖しだが、あれでも人を呪詛するぐらいの力はある。
人は、あれに祟られると常に体中を不快な湿気が取り囲んで、まず気分が陰鬱になる。それからすこしづつ体調を崩し始める。
最初は風邪ぐらいで誰も気づかない。だが、そうやってじわじわと真綿で首をしめるように体の具合がどんどん悪くなって、あらゆる病いを引き起こす。ゆっくりゆっくり人を殺めてゆくのさ。」
時間はかかるが誰にも気づかれずに確実に殺せる、と、にやりと晴明は笑った。
「そ、そんなもの俺は持ってきてしまったのか。」
呆然とする博雅。
「まさにおまえらしい。放っておいても厄介ごとを引き寄せる。ま、ある意味、良い近衛ではあるな」
「嫌な言い方だな。それにしてもどうすればいいんだ、あれ。」
「ああ、放っておいても大丈夫。さっきちょっと脅しておいたせいか、あの人形の中にいた日和坊の分身は逃げていったみたいだからな。その前にせめて雨ぐらい止ませてゆけと思っていたのだが、逃げるほうが大事だと思ったらしい。」
「そ、そうか」
よく分からないが、どうやら帝の身に危害が加えられることはなさそうだとほっとする博雅。それに今は、それよりも何ひとつ身に着けていない自分のほうが心配だ。脇に放られた衣に手を伸ばす。が、その手を晴明に取られた。
「まあ。俺としても雨など止まないほうが良いしな」
言いながら晴明は博雅の上にずしりと体重をかけてくる。晴明の単の薄物越しに重なりあう、ある一部分。
「うは…」
その熱く硬い感触にすりあわされた自分自身も相手と同じように熱と硬さを帯びてくる。
「や…っ…」
晴明の両脚に挟まれて動けない博雅。摺りあわされるそこがびくびくと震えて止まらない。
「おまえを朝までこの屋敷に留め置ける良い口実になる。」
そういってにんまりと微笑む恋人。
その切れ長の瞳が、これから始まるであろう秘め事を博雅に告げる。
「時間はたっぷりとあるぞ。博雅。」
「も、戻って来い!てるてる法師、日和坊っっ!!」
朝までなんて体が持つかっ!と叫ぶ博雅の声が夜の雨に吸い込まれていった。
てるてる法師だって、ダッシュで逃げます。この陰陽師の側からは。