「占い師 その帰り道」
「ふふ…」
「どうされました?師匠さま。なにやらご機嫌のご様子ですが」
一歩先を歩く師が楽しそうに笑うのを見て弟子が聞いた。
「ふむ、そんなに楽しそうに見えるかの、わしは?」
「ええ。」
本当に楽しそうです、と弟子はうなずいた。
「博雅さまのことじゃよ。」
「ああ。先ほどお伺いした?」
名前を聞いて弟子は少し前に出てきた屋敷のほうを振り返った。ずいぶん大きなお屋敷だった。門はもう見えないが土壁はまだこのあたりまで続いている。漏れ聞くところによると、かなりやんごとないお家柄のお方らしいさっきの青年を弟子は思い浮かべた。
すっと一文字に伸びた眉と黒目がちの瞳がずいぶんと印象的な若君。が、普段はきっとその育ちのよさがにじみ出ているであろう顔が、今日はとても不機嫌だったことも思い出す。
「でも、師匠さま、先ほどの博雅さまはずいぶんご機嫌斜めでございましたよ」
決して人の不幸や間違いを笑ったりしない師が笑っていることに、弟子はさらに不思議そうな表情を浮かべた。
「ああ。あれは仕方ないことじゃろ。誰だとてその気もないのに、やれ妻を娶れだの家を継げだの言われてもそれもそうかと聞くものではないからの。特に若い者にとってはの」
「はあ。ではなぜ師匠さまは笑っておられたのですか?」
「あのお方のゆくすえが視えたのでな」
「そんなに面白い未来なのですか?」
「まあ、そうともいえるじゃろうな」
「それはいったいどのような?」
思わす引き込まれて弟子が尋ねると。
「それは秘密じゃ」
師は一言そう答えた。
「ええ〜。師匠さま、そこまで言って教えてくださらないなんて殺生ですよう」
「おまえにはひとさまの未来を知るなど、まだまだ早い」
ぱちりと片目をつぶって白ひげも豊かな老占い師は笑った。
まったくあのお方の未来は誰にも話せぬ。とりわけあのお屋敷の者には。
老占い師はそう思う。
どの姫かと問われて占ったら、姫どころか、とんでもないものが視えたのにはさすがのわしもびっくりしたがの。
博雅さまに、特別綺麗で賢いお方と言ったのは決して間違いではないのだが。
まさかまさか、じゃな。
どの姫にも負けぬ美貌と、なんびとも寄せ付けぬ溢れんばかりの才能。
異形のもの…と言うのは言いすぎかもしれんが、ひとの中にあのような才の者がおるとは。
世の中は広いものよの。
そしてそれに勝るとも劣らぬのが、当の博雅さまじゃ。
ご自覚はないようだが、あのお方もまた人並み外れていらっしゃる。あのお方の後ろに見え隠れしているのは、楽の神か?
とにもかくにも、並外れた二人が出会うのはこれもまた何かのさだめじゃろう。
いくら家柄の良い姫を並べても無駄なことじゃ。
…それにしても、どちらが姫になられるのかの?
やはり、博雅さまかのう?
「師匠さまあ。笑ってないで教えてくださいよう」
「だめじゃだめじゃ」
老占い師は笑って弟子に首を振った。