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   保憲来たる


「博雅さん。いるかい…?」
かって知ったる人の(博雅)の家。
何の断りもなく家に入ってきたのは加賀保憲。
博雅の家の公認会計士をしている、三十半ばの男である。
上背のある体に黒のスーツをきざに着崩している。
女好きそうな顔に垂れた目と口の端がきゅっとあがった少し厚めの唇。普通にしていても何故かにこやかそうな顔。人に安心感を与える顔である。
その保憲の後にはすらりとスタイルのいいとびっきりの美人がついてくる。
こちらは保憲と違ってアーモンド型の大きくつりあがった綺麗な瞳をしている。
猫を思わせるような伸びやかでセクシーな肢体。黒のタイトなミニのワンピースがそのスタイルを更に際立たせている。
 
「おーい!博雅さーん。いないのか~?」
家の中とはいえ、これだけ広い家ではどこにいるか分からない。
「シャナ。悪いけどさがしてきてくんないか?…でかい声出して俺,,疲れちゃったよ。」
リビングのソファに、どかっと座って目の前のセクシー美女に頼む。
「…自分で探せばいいのに…、まったく。」
冷たい目できろっと保憲を軽く睨むと、ふぃっとその姿を消した。
「たのんだよ~、大事な話があるんだ、ほんとだぜ!」
「分かったから、大きな声出さないでよ!うるさいったらありゃしない!」
どこからか返事が聞こえたが、その姿はどこにも見えなかった。
「すぐ怒るやつだ、全く。」
小さくつぶやく。
「今、なんか言ったあ!?」
遠くのほうから声がした。
「い~え!何にも言ってませ~ん!」
(おまけに地獄耳。おお~こわ…)
それにしても…
(なんか雰囲気変わったんじゃないか…この家?)
部屋の中を見渡す。何が変わったというわけではないのだが…。
(何だ…?)
保憲が頭を悩ませているところへ博雅を伴ってシャナと呼ばれた美女が帰ってきた。
「いたわよ。博雅さま。」
後ろをついてくる博雅の方を顎で示す。
「いらっしゃい。保憲さん。呼んでくれてたのに、気付かなくってすいません。」
にこやかに博雅が言う。
いつもにこやかな博雅だが今日は一段と底抜けに朗らかと言うか…何だかご機嫌な感じだ。
「何か、いいことでもありましたか…博雅さん?」
戸惑う保憲に博雅が嬉しそうに答えた。
「まあ…。そういえばそうかも…。」
にこにこ。
「なんだかご機嫌ですね、一体何があったんです?」
「実は…」
「私が帰ってきたからに決まっているでしょう、保憲様。」
博雅の言葉をひきとって答えたのは、戸口から顔を出した晴明。
保憲の目が驚きで見開かれる。
「まさか…晴明…か?」
「…当たり。」
「びっくりしたなあ!!まさか会えるとは思わなかったぞ!てっきりこの世におらぬものだと思っていた。」
一体、今までどこにいたのだと矢継ぎ早に質問する。
面倒くさそうな顔をして、晴明が今までのいきさつを簡単に、これ以上簡単に仕様がないだろ…というほど簡単に説明した。
「今まで東京にいたんです。博雅のことを思い出したので帰ってきたというわけですよ。」
(簡単すぎるだろ…それ…。)
博雅は口には出さなかったがそう思った。
保憲も、いや~な顔をして
「そんな説明があるかよ…。ほんっとに変わっていないな、おまえ。」
「そうですか?」
晴明はしれっとしたものだ。
「はあ…、まあ、いいさ。とにかくお前が帰ってきたのは心強いことだ。博雅さん、とにかくよかったですね。」
「ええ、ありがとうございます。」
満面の笑みで博雅に答えられてしまっては、これ以上保憲が何を言うべきものでもない。
「で、今日はなんでした?なんだか、私にお話があるということでしたが?」
「おう、そうそう!…でも、博雅さん、何かほかに御用があったんではないですか?」
なかなか、呼んでも出てこなかったし…。
「あ、いいえ!大丈夫です。大した用なんかないですよ。」
ちょっとあせる博雅。隣に座る晴明は、かなり機嫌が悪そうだ。
(はは~ん…。)
保憲はすぐにぴんときた。
どうせ、晴明に押し倒されていたとか、そういうことに決まっている。
博雅さんもこりゃ大変だな。晴明は博雅以外興味ないからなあ。と、心の中で軽く博雅に同情する。
「実は、昨日出張から帰ってきたんだが…、博雅さん、この間のマレナの話、どうなりました?」
保憲は、マレナが晴明の持つ会社だということなど、知る由もない。
「あ!そうだった!ばたばたしていて保憲さんにそのことまだ、話してなかったですね。その、会社ってこの晴明の会社だったんです。」
「へっ!?」
(晴明の会社?こいつが会社員?ありえないだろ、それって!?)
驚いて晴明のほうを見れば、晴明はにやっと笑って、ポケットから名刺を差し出した
「MARENA・COPORETIONの稀名明です。どうぞ、よろしく。」
「経営のほうか…。それならわかる。一瞬お前のサラリーマン姿、想像して気分が悪くなったぞ。」
名刺を取り上げて、その名を見ながら保憲が感心したようにいった。
「しかし…、稀名ねえ…。」
「なにか…?」
保憲の言い方に、何か不自然なものを感じて博雅が問う。
「稀名という名に聞き覚えはございませんか?博雅さん。」
「いえ?」
「稀名というのは、この男の父親の名ですよ。まあ、幼名ではありますがね。そうそう簡単にそこらにある名前ではありませんよ。だろ?晴明。」
晴明の方に視線をやる。
「私も記憶が戻ってから、始めてわかりましたよ。」
「不思議なものだなあ…。」
感心したようにうなずく保憲。
「しっかし、気づかなかったなあ~。こんな大きなヒントがあったのになあ。俺としたことが。」
「まったくですね。」
ちいさな声で晴明がぼそりという。この男がもっと早くそれに気づいて何らかのアクションを起こしてくれていたら話はもっと早くすすんだのに、と思わずにはいられない。
(相変わらず、使えないひとだ、まったく…。)
自分の記憶のなかったことを棚に上げてそう思う晴明。
「いま、なんか言ったか?」
「いいえ、なにも。」
何か晴明の方から責めるようなオーラがくるのだが、気づかないことにする。
「そうか、では、そっちは解決したのだな。では、もうひとつのこっちの話だ。」
「もうひとつって?」
保憲の開くノートパソコンを覗き込む博雅。
画面にはよくわからぬ数字の羅列。
「ほら、これ。」
保憲の指差す数字。その数字だけが一桁多い。
「いち、じゅう、ひゃく…十億?」
「そう、ここの土地を買いたいという話がもうひとつ。しかも金額が半端じゃない。この土地の評価額の十倍以上の額で買うといっている。…今の所、間にブローカーを挟んでいるので匿名ですけどね。…どうします?博雅さん。」
「う~ん、なんでみんなここの土地を欲しがるんだか…?売りませんよ、俺は。」
困った顔で博雅が答える。
「やっぱり?ちょっと、もったいない気もするけど、きっと、そういうと思っていましたよ。
じゃあ、どこの誰だか知りませんが、きっちり断っときますよ。」
そういって保憲はパソコンを閉じた。
「では、その倍出そう…。」
晴明の言葉に保憲と博雅が驚いて、同時に晴明を見た。
「どういう意味だ?晴明。」
と、保憲が聞く。
いやな予感がする保憲と博雅のふたり。
「それは私ですよ、保憲様、博雅。」
赤い唇に妖艶ともいえる笑みを乗せて晴明が答える。
「はあ!?」
「へっ!?」
博雅と保憲が驚く。
「居候というのは性に合わないのでな。」
当然のことだといわんばかりだ。
「全部が無理な、半分だけでも俺に売らないか、博雅?」
「おまえってやつは…。」
がっくりと力尽きる博雅と、どうしようもないやつだと頭をふる保憲
その二人の傍らでは、猫にもどったシャナこと沙門が丸くなって寝ている。
(人間って変な生き物だわ、まったく。)
 
 
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