弓 弦



「あ…うん…んっ…」
博雅の唇から艶めいた声が漏れた。
朝もやにけぶる紅葉のなか、博雅の邸に隣接する弓道場の的場に二つの影があった。
弓を射るための場所のそのすぐ後ろには小さなスペースだが畳敷きになった待ち場が設けられている。ベンチ二つ分位の幅のその場所で博雅は晴明に組み敷かれていた。秋の肌寒い朝にもかかわらず博雅の顔は上気して赤く染まっている。
 
今朝早くに目を覚ました博雅、昨日の晩は晴明が正式に引っ越してくると思うと、うれしくて寝付けなかった。ようやくうとうとしたところで、もう朝が白々と明けてきてしまった。
もう一度寝なおす気にもなれず、道着に着替えると気持ちを落ち着かせるために、弓を引きにきた。
いくらか考えたいこともあった。
 
向こうで色々、片付けなければならないことがあるからと言って晴明はいったん東京へと戻っていたので、昨日は一人で過ごした博雅。
一人を楽しみながらも、少しさびしくもあった。
25歳にもなって、ひとりがさびしいなどとは口が裂けてもいえないが、本当にそうだったので本人としては少々情けなかったが。
特に夜はだめだった。
晴明は今頃どうしているだろうなど、とまるで初恋に胸を焦がす少女のように延々、晴明のことを考えていた。
「まったく、われながら情けない…。はあ…。」
幼いころに博雅として覚醒してから、ひたすら晴明が現れるのを待っていたせいだろうか。本当に晴明と出会えたという実感が、イマイチわかない。
なんだか、まだ夢を見ているような気がする。
「おまけに涙腺は緩みっぱなしだし…。はああ…。」
晴明に会えたといっては泣き、××しては泣き、薬子たちが幸せになったといっては泣き…。特に××のときは、泣くというよりは泣かされっぱなしで朝には声が枯れてたりするほどだし。
「こんなのでいいんだろうか、俺…。」
新たに弓矢をつがえる。
むこうに見える的には、ほとんど矢が当たっていない。見事なまでに中心をはずれ、見当違いなところに矢が刺さっている。
ひどいのになると、ひとつ向こうの的のど真ん中を射ている。
ある意味、見事な腕前といえるかもしれない。
 
昔の自分はもっと、きりっとしていたような気がする。
晴明にせまられても3回に一度くらいは、きっぱり断っていた。なのに今は…。
「俺って、だめなヤツ…。はあああ…。」
ちょっとせまられれば、あっという間に陥落だ。千年の間にスケベになってしまったのだろうか。
 
博雅がどんどん大きくなるため息をつきながら弓を射ているのを、晴明が少し離れたところから心配そうに見ていた。
博雅は自分の悩みに気を取られていて、晴明の存在に気づいていない。
博雅と離れている時間がもったいなくて、今朝早く帰ってきた晴明。
寝室にいってみるとベッドはもぬけのからで、一瞬、朱呑童子にでもさらわれたかとびっくりした。
だが、まさかそんなはずもあるまいと、博雅を探すため意識を飛ばしてみれば、隣の弓道場で一人神妙な顔をして弓を引いているのを見つけて、ほっとしてここまできたのだ。
すぐ声をかけるつもりが、博雅の深刻な顔をみて思わず建物の影に身を潜めてしまった。
なんだか、深刻な悩みを抱えているようだ。
その表情は晴明がはじめて見る暗いものだった。
(もしかして、俺が東京にいった理由がばれたか…?)
いや、いくらなんでもそれはないな。
博雅は妖しは見れるようになっていたが陰陽師ではない。ばれるはずがない。
山ほどいた女との関係を、清算してきたことなど…。
自分に似せた式を総動員して、一日で一気に片付けてきた。
それぞれ大騒ぎだった、金や宝石やその他色々、いったい昨日一日でいくらかかったものやら、おまけに泣くやらキレるやら…。
さすがの晴明も辟易した。自分で撒いた種とはいえ。
大変だったが…博雅には代えられぬ。
その博雅がなんだかおかしい。
(女のことがばれたのでなければ、いったいなんだ?)
晴明は傍らのもみじの葉を一枚取ると、それに人差し指をあてて呪を唱えた。その葉にむかって小さな声で命ずる。
「博雅の声をわれに届けよ。さあ、ゆけ。」
手のひらのそれをふっと吹いた。
もみじの葉がひらりと風にのって博雅の方へと飛んでゆく。やがてそれは博雅の背にひたりと張り付いた。ふつうの葉ではありえない。

晴明の耳に博雅の独り言が聞こえてきた。
『俺って、だめなやつ…はあああ…。』
なに言ってるんだ?
博雅のどこがだめなやつなんだ?全然だめじゃないぞ?
『こんなに晴明のことが好きだなんて変だよな…。もしかしてパラノイア(偏執狂)なんじゃないだろうか、俺…?』
な、なにを言ってるんだ!?
『変質者に好かれたら、晴明だって嫌だろうしなあ。』
へ、、変質者あ?
大丈夫か博雅?俺のいないたった一日の間にいったい、なにがあったんだ?
晴明はだんだん心配になってきた。もう声をかけずにはいられないと思ったその時、もう一言、聞こえてきた。
『たった一晩あいつがいないだけで、こんなにも体が熱くなるなんて絶対、病気かヘンタイだ…。いくら千年ぶりだからってありえないよ…。ああ。俺ってっ!!』
博雅の嘆く声。だが晴明は一瞬、あっけにとられたものの、そのすぐ後にこれ以上ないというほどのご機嫌な笑みを浮かべた。
昨日清算してきた女たちは、一度も見たことがないであろう本当のアキラの笑み。ちょっと悪魔にもに似て。
 
今度こそ、晴明は建物の影から姿を現した。
「博雅!」
声をかけると博雅が驚いて振り向く。その頬にあっという間に朱が上る。
「せ、晴明…。帰ったのか…?」
弓を持つ手がちょっと震えているのがわかった。
晴明はそ知らぬふりをして、その弓を博雅の手から奪うと、博雅の代わりに的を狙って弓を引いた。
タンッ!
矢はまっさらな的のど真ん中を射た。
「あの矢と同じだな。」
弓を博雅の震える手に戻しながら晴明が言った。その手は弓と一緒に博雅の手をもそっと握り締めた。
「な、なにが…?」
急な話の展開と、握られた手のさらりと乾いた感触に、晴明がなにを言わんとしているのか頭がついてこない。
「おまえがさ。博雅。俺のここの、まっすぐど真ん中をうちぬいた。それこそ千年の昔からな。」
晴明が自分の胸の真ん中を指差す。(きざなせりふが恥ずかしげもなく妙にキマるやつである)
「せ、晴明…」
「だめなやつでも変質者でもないぞ。俺もお前と同じだ、博雅のことを思うだけで体が熱くなる…」
晴明の腕が博雅の体に回されてゆく。もがきながら博雅がうろたえたように言った。
「な、なんでそれを!…晴明!俺の独り言を立ち聞きしたなっ!!」
「ま、いいじゃないか、そんなこと…。それより口、あけろよ。」
博雅のあごを持ち上げて晴明が言う。博雅の抗議など右から左だ。
「ほら、早くしないとキスしてやんないぞ。」
「うっ…」
その一言で博雅は黙ってしまった。おずおずと口を開けた。
 
晴明の唇にふさがれて博雅の頭がくらくらした。
最初から口を開けてするキスは、体の芯にじかに届くようだ。
晴明の舌が博雅の舌を捕まえてからまる。晴明に吸い上げられる博雅の舌。
「…ん…んふっ…。」
晴明の片手が博雅のはかまの脇から忍び込み、道着の上からそっと博雅のものをなでた。
「んんっ!」
急にそれに触れられてびっくりした博雅が、唇をはずそうとした。が、晴明はそれを許さない。博雅の頭を押さえつけると、なお一層くちづけを深めてゆく。
まるで晴明に頭から飲み込まれてしまいそうな感覚。博雅の意識が晴明の意識の中に溶けてゆく。
我を忘れたようになった博雅。いつの間にか晴明の手に自分のものを押し付けていた。
(ようやく自分に素直になったな。…ホントに、相変わらず手のかかる男だ。)
昔もそうだった。
誘うと3回に1回はきっぱりと断るくせに、それでももう一押しすると必ず落ちたものだった。(博雅の記憶はどうやら都合よく改ざんされていたようだ)
(ま、そんなところが可愛いんだけどな。)
 
狭いスペースに博雅を横たえると、その道着の前を開ける。
滑らかな博雅の胸の蕾が朝の冷たい空気にさらされて硬くとがった。それを口に含む晴明。舌でころがし、きつく吸い上げる。
博雅の体がぴくんとはねて小さく声が上がった。
「あっ…」
もう片方にも舌を這わせながら博雅の袴の紐を解く。ゆるんだそれを下に落とす。
汚したと言ってあとで怒られるかな…。
ちらと頭を掠めたが、今はそれどころではない。
博雅は、やはり単衣が似合う…。
なんというか、めちゃめちゃそそられるのだ。
乱れた胸元、はだけられた裾。これで長い髪なら言うことはない。
髪を伸ばしてほしいと言ってみようか…。
そんなことを思いながら博雅の乱れた裾を探ってみれば…。
さすがだ…博雅…。
晴明は思わず口元が緩む。
着物のときには博雅はボクサーパンツなどはかない。美意識がそうさせるのか?
おまけに下帯などさらにNGらしい。こんなところは妙に現代っ子だ。
必然的に何もはかないということになるらしい。
これからは博雅の道着姿を見るたびにその下を想像して大変だな…。
博雅の大きくなりつつあるそれを、何の障害もなく嬲れる幸せ。
やっぱり単衣はいい…。
晴明に体の中心を握りこまれて、ひくつく博雅。秋の肌寒い空気も全然気にならない。
「はあっ…!」
晴明の口が博雅のそれを包み込んだ。
博雅の足を抱え込むようにして口淫を施す。きれいな晴明の紅い唇を、俺のものが出入りしているのかと思うだけで頭がしびれるようだ。
晴明は舌で博雅のそれのくびれたところをぐるりと嘗め回した。と、同時に後ろの蕾にも指を潜らせた。
晴明の唾液にぬれた博雅のそれから染み出した露が、博雅自身を伝わって会陰を濡らして菊の花のような蕾にまで届いていた。
それを潤滑油として、晴明の指が博雅のそこをほぐしてゆく。
入れられる指が一本づつ増えてゆく。そのたびごとに博雅の息遣いとあえぐ声に艶がのってくる。
その目は晴明にいいように嬲られて、霞がかかったようにぼんやりとしている。
「博雅…」
晴明が博雅の唇を捕らえて、口づけながら声をかける。
「…う…ん…」
晴明に嬲られた舌が博雅のふっくらとした唇から覗いている。噛み付きたくなるような可愛さだ。それをぐっとこらえる晴明。
「挿れてもいいか…?」
「…えっ…ん…なに…?」
ぼうっとしていて意味がよくわかっていないらしい。
「お前のここに…俺のものを挿れたよいかと聞いたんだ。…いいか?」
博雅の後ろの蕾に、自分の固く立ちあがったそれを押し当てながらきいた。
「…あっ!」
晴明の先端に刺激されて博雅が理性を失った。
「…うん…挿れて…ほし…」
博雅のねだるような言葉が終わらぬうちに、晴明のものが博雅の中に入ってきた。
少しきつい入り口を晴明のものが、ゆっくりとめり込むように入ってくる。
きつい感覚はあるのだが、それ以上に晴明のものが自分の中を満たしてゆく快感のほうが大きかった。
ゆっくりと晴明が挿入を繰り返す。敏感な入り口を晴明のものが刺激する。
もう頭の中には晴明のことしかない。もっと奥に晴明を感じたくて、その腰が少し上がった。
「もっと奥がいいか?博雅?」
いいながら少し角度を変えてもっと奥に届くようにしてやった。
「ああっ!!」
「ここか?」
「…ああっ…あっ、あっ!…いやっ…だめ…だっ!せ、晴明っ…!」
どうやら一番感じるところをついてしまったらしい。博雅が涙目になって逃げようとする。
その腰を逃がさぬよう捕まえると、さらにそこをめがけて強く突く。
「いやじゃ…ないだろ…。博雅、お前はどこもおかしくなんかない…。俺を感じろ。俺のものに狂え。博雅…」
「せい…め…あああっ!」
泣きぬれて博雅がイッた。
後を追うように晴明も博雅のなかへ精をほとばしらせた。

「…ふうっ…。大丈夫か…博雅?」
晴明が博雅の顔を包み込んで聞いた。達した余韻でまだ、まぶたも開けられぬ博雅。
伏せられた男にしては長すぎるまつげがゆっくりと持ち上がった。その下の瞳は、まだもやがかかったようだったが、それでもしっかりと晴明を見つめた。
「大丈夫…。でも、やっぱり…俺は変だ…。だって…お前のこと以外、考えられない…。」
「それなら、俺もだな…ははっ。」
「晴明、おまえもか…?」
「そうだ、いっしょさ。博雅。」
「そうか…」
博雅が笑った。
ふたり額を寄せ合って笑った。
二人の肩にもみじの葉が舞った。

  


やってらんないくらい、甘甘なふたりです。すいませ〜ん♪
(でも、書いてて楽しいんです。やっぱ「ちょいやば」はやめられない…。理性ゼロと認めます、ワタクシ。)


ちょいやばにもどります