花橘 (4)
「くそっ…なんてことだ、見失ってしまった。融どの…」
博雅はがっくりと肩を落とした。
「別にいいんじゃないか?」
がっくりと気落ちする博雅に、肩に太刀をかついだ犬神が声をかける。
「あいつはあんたのことを嫌っていたし、今だって博雅殿があんなに危なかったというのに車から顔さえ出さなかった。あんな野郎、どうなったところでかまわぬではないか」
「そういうわけにゆくものか。明日の朝までに何とか連中を見つけだして、融殿をお助けせねば。今のこんなところでは身の代の金子など用意できぬからな。」
「なんとも、義理堅いおかただな、博雅どのは。」
犬神はあきれたようにわらった。
「なんとでも言え。これも性分というものだ。」
博雅も、ふっ、と笑った。
それにしても。
「おぬし、その手のものはいったいどうしたのだ?たしか、おぬしは手ぶらではなかったか?」
男の手に持った長大な業物に目をやって博雅は聞いた。
「ああ、これか?」
軽くひょいと片手に太刀を持ち替えて犬神は言った。
ちらりとすっかり疲れて動けなくなっている供のものたちに目をやった。こちらに注意を向けているものなどいないのを確かめてから、博雅のほうに顔を寄せて声を顰めた。
「これは実は太刀にあらず。」
そういってにやっと笑うとその太刀を腰元に当てた。
普通ならば鞘のあるあたり、そこに太刀の切っ先を当ててすっと押した。何もない空間に大きな太刀がすうっと消えてゆく。
「これは?」
「太刀にあって太刀にあらず。…これを見て太刀だと思えばそれによって相手は斬られもする。幻であって現実でもある。言うなれば呪だな」
「呪…。おぬし、陰陽師か?」
「さて、どうだかな…」
左の腰元に完璧に消えてしまった太刀。驚く博雅の肩をぽんとたたいて犬神はくるりと向こうをむき、腰に手を当て、融の連れ去られた木立の方を見つめた。
「やれやれ、面倒なことだが助けにゆくかあ」
そういって首をこきりと鳴らした。
不思議な男だ…
その背を見ながら博雅は思った。こ汚い格好と汚れてひげだらけの顔をした犬神だったがなぜか博雅は彼に妙に親近感を感じていた。
今日はじめてまみえたというのになんだろう、この感じは。
やがて、ハッと思い当たった。
そうか…この感じ。晴明に初めてあったときとそっくりだ。
背格好こそ似ているが、冴え渡る美貌の晴明と、この粗野な犬神では似てもつかないのに博雅はそう思った。少し常人離れのしたこの感じと、晴明とは違って荒っぽくも思える言葉遣いのその奥にある飄々とした気は同じものといってもおかしくはないぐらいだった。
犬神の背を見つめながら博雅は昨日は会えなかった晴明の顔を思い出していた。
今では誰よりも大切な存在になった白皙の美貌の友。
また、命を狙われたのに守護の呪符を持っていなかったと知ったらきっと、晴明どのは怒るだろうな。
博雅は、まるで愛しいひとを想っているような表情をいつのまにか自分が浮かべていることになど、全然気づいてもいなかった。
「こっちだ」
暗い藪の中に身を潜めた犬神が博雅を手招く。少し離れたところから博雅が闇にまぎれて飛び出し犬神の横に滑り込んだ。
「どんな様子だ?」
博雅が声を潜めて聞く。融を助け出すためにここまで来た博雅と犬神。供のものは傷を負って動けぬものと、経典を一足先に金峯寺に届けるために遣わせたのでここにいるのは、たった二人である。心配する供に、二人のほうが目立たなくてかえって安全だからと博雅は言ってきたのだった。
「ほら、あそこだ。」
犬神が指差すその先に、木の幹にぐるぐる巻きに縛り付けられている融の姿があった。頭をぐったりと垂れて身じろぎもしない。元々、華奢な体と公家らしくほとんど体力の要ることなどしたことのない融、かなり弱っているように見えた。
そのすぐそばで火を囲んで野盗どもが酒盛りをしている。こっそりと連れ出すなど到底、不可能だった。
「ううむ」
困ったなと博雅は頭をかしげた。
「これではどうやら斬りこむしか手はなさそうだな。」
太刀の柄に手をかける。
「いや…そうでもない」
博雅をさえぎって犬神が言った。
「あの火を俺が消そう。今日は運のいいことに月がない。暗闇に乗じて融どのを掻っ攫えばよい。」
「確かに暗闇にしてしまえば…しかし、どうやってあの火を消すのだ。」
二人からはかなり距離もあり、ましてや勢いもある火をいったいどうやって消すというのか。
「まあ、見ておれ。」
「できるのか?そんなこと?」
「ああ、俺は少々術を使えるのでな。火が消えて暗くなったら一気にいくぞ。油断されるなよ。博雅どの」
「お、おう」
刀の柄に手をかけて、肩にガッと力の入る博雅。
「おっと、そういえばひとつ忘れてたな。」
「なにを?」
肩透かしを食らったような気がして、犬神のほうを向いて博雅がたずねた。私はなにか大切なことを見落としていたか?
「こいつさ。」
そういうと犬神は博雅のあごを取って口づけた。汚らしい顔をしているくせにその唇は思いもかけない爽やかな香りと味がした。
びっくりして声もない博雅の唇に名残惜しげにもうひとつ軽くくちづけを落とすと、犬神はにっと笑って、いたずらっ子のように言った。
「すまん、我慢できなかった。」
ぱくぱくと陸に上がった金魚のように頬を赤くして言葉を失った博雅、その博雅の頬をぺしりと軽くたたくと
「おい。ほうけてくれるなよ。いくぞっ!」
少し語気を強めて博雅を覚醒させた。
「お、おうっ!」
ぶるっと頭を振って博雅はぼうっとした頭をはっきりさせた。
今は男に口づけられことより大切なことがある。…はずだ。
眉間に2本の指をそろえて当て、小さく呪を唱える犬神。その横顔に博雅は一瞬、晴明の姿が重なって見えたような気がした。
「犬神どの…」
呪を唱え終えた犬神は何か言いかける博雅をしいっと黙らせた。
犬神は、すぐそばにある夜露を置いた木の葉を一枚ぷちっとむしりとると、それを手の平に乗せてふっと吹いた。葉の上の夜露の玉が犬神の息に乗って宙に吹き飛ぶ。それは急に大きな水の塊となって野盗らの集まる焚き火へとなだれかかった。
ジュウッ!!
もうもうとした煙とともに火が消え、当たり一面があっと言う間に暗闇となって野盗たちは大騒ぎになった。
「な、なんだあっ!?」
「雨かっ!?」
「そんなわけないだろう!寝ぼけたこと言ってんじゃねえ!」
「早く火を起こせっ!」
「むりだ!全部濡れちまってる。火なんかつかねえよ!」
右往左往して収集がつかなくなっている。
「今だっ、ゆくぞっ!博雅!」
「おうっ!」
走り出した犬神とともに博雅は闇を走った。野盗と違って暗闇に潜んでいた博雅らのほうが夜目が利く。二人はパニックになっている連中を避けて難なく融のもとへとたどり着いた。
『無事かっ!融どの!』
声を潜める博雅。
「博…雅どの?」
弱りきった声で融は言った。
「いかにも。助けにきた。さあ、参りましょう」
後ろ手にくくられた荒縄を太刀でざくりと切り離すと融の華奢な体を支えて立ち上がらせる、必死に博雅につかまる融、その足はぐったりと力が抜けて立つことすらようやくといったところだ。
博雅と犬神は油断なく周りに目を配りながら、融を引きずるようにしてすぐ後ろの藪の中へともぐりこんだ。それから融を背に負うと博雅は犬神とともに力いっぱい走った。
馬をつないであったかなり離れたところまできたところで野盗たちのいたあたりに明るい光が見え、男たちの怒号が小さく聞こえた。どうやら融がいなくなったことに今頃気づいたらしい。
「馬鹿な連中だよ、まったく。」
犬神がふんと鼻で笑った。
「それでもここはさっさと逃げるに限る。行こう、犬神どの。」
「いや、俺はここで。」
「えっ?」
いつのまにか気を失ってしまった融を馬の背に乗せていた博雅は、驚いて犬神を振り返った。
「ちょいと野暮用を思い出したのでな。博雅どのとはここでお別れだ。」
肩を少しかたげながら犬神は言った。
「そうか…私にはおぬしを引き止める権利はないからな。…そうだ、護衛の礼を。」
妙に心寂しさを感じて、博雅はあせった。その気持ちを打ち消すようにあわてて懐を探り金子のはいった袋を探す。
その博雅の手を犬神の手が伸びて掴んで止めた。
顔を上げると犬神と目があった。
この目は…。
その犬神がふっと笑んだ。
「礼ならば、俺はこっちのほうがよい。」
そういって博雅の体を引き寄せて、あごを取ると口づけた。驚いて逃げようとする博雅をさらに捕まえてぐいっと唇を押し付ける。
「や…やめ…」
犬神を制止しようと開いた博雅の唇の間をぬって犬神の舌がするりと滑り込んだ。
「…ん…ふ…っ…」
逃げようとする博雅の舌を犬神の舌が追いかけて捕らえる。
博雅の後頭部をしっかりと押さえつけて犬神は博雅の舌を絡めとり深くくちづけた。女性と口付けたこともないわけではないが、これほどまでに深い口づけをした経験のない博雅。ぎゅっと閉じたまぶたの裏に白い光が星のようにちかちかするほど衝撃を受けた。
犬神は博雅をその腕に閉じ込めて思うさまに口づけると、ようやく唇を放した。
「…はあ…っ…な、なにをするのだっ…いきなり…」
ぜえぜえと息をあえがせ、頬を紅潮させて博雅は犬神を睨みつけた。
「礼を頂戴しただけさ。それにしても、俺と違って実にいい匂いがするな、博雅は。」
まだ博雅の体を離さずにいた犬神が博雅の袷のあたりに鼻を突っ込む。
「や、やめろ…!」
犬神が触れているところに、よくわからない覚えのない感覚がぞくっと走る。
「…花橘の香か…」
「離してくれ、犬神どの!」
博雅は犬神の肩を押した。
「あなた様らしい爽やかな香りだ。だが、この香りに欲情をそそられるものもいるのだよ…」
小さくそう言って、犬神は博雅の首筋にひとつ口づけを軽く落とすと博雅をぱっと離した。
「またな。」
それだけ言うと、呆然として何も言えずにいる博雅をそこに残して犬神は風のように去っていってしまった。
最後に落とされた口づけは晴明の残していった痕の上だった。
犬神は暗闇にまぎれて、樹上から野盗たちがいまだ騒ぎ立てているのを見下ろした。
「かしら、いいんですか、あの公家の後を追わなくって?」
下のものに声をかけられて、博雅らを襲ってきたとき先頭にいた男がはき捨てるように答える。
「いいんだ…。くそっ!言われたとおりになりやがった。面白くねえっ!」
そういって地面にぺっと唾を吐いた。
「言われたとおりって?」
「うるせえっ!おまえなんかにゃ関係ねえ!あっち行ってろ!」
下のものを追い払うとかしらと呼ばれた男は、ひとり皆から離れた木の影に行った。みなのいるほうを背にそこに腰を下ろし、木の幹に寄りかかると酒の入った瓶子を傾け、ぐびりと酒をのどに流し込んだ。
「ちゃんと今度は火の見張りをしとけよっ!」
火の回りにまだたむろしている配下のものを振り返って大声で怒鳴りつけると、酒の瓶子を抱え込んで深く座りなおした。どうやらそのまま眠りつもりであるらしかった。そのすぐ前の暗闇に犬神は音もなく降り立つ。
そっと猫のように足音も気配も感じさせずにかしらに近づくと、その首に短刀を突きつけた。
「眠いところ申し訳ないが、少し質問に答えていただきたい。」
男が飛び上がるほどに驚いて目を開けた。
「うっ!おめえ、さっきの…」
「大きな声を出さないでいただこうか。おぬしとて喉を切り裂かれるのはいやだろう?」
刃先をぐいっと喉首に押し付けて、にやっと笑った犬神。
「わ、わかった…!」
のど元に冷たい刀の切っ先を感じて、かしらの声が上ずる。
「お前たちに源博雅を襲うよう依頼したものがいるはずだ、それは誰だ?答えろ。」
命惜しさに男が答える。金を貰って請け負っただけなので恩義もなにもなかった。
「字(あざな)は知らぬ。ただ、金を持って依頼に来た男は一緒にきた自分のあるじを融さまと呼んでいた」
「それは本当か」
犬神の眉が顰められた。
「ほ、本当だ」
「そいつは源博雅を殺れと言ったのか?」
「そ、そうだ。あいつがいると邪魔なのだと言ってたよ」
「なぜ邪魔だと?」
「そこまでは聞いてねえ。俺たちは金さえちゃんともらえればいいんだ、どんな事情があろうが知ったこっちゃねえよ」
「ではなぜ、さっき融をさらったのだ?お前は融の顔を見て知っていたはずだ。お前たちへの依頼は源博雅を殺すことだっただろうが。ただ目的を変えただけか?」
「そ、そうだ…、あの男、予想以上に手ごわかったからな。それにお前もいた。だ、だから融をさらって金をいただこうと思ったんだ。」
「ふ…ん、そいつはうそだな。さっき、おまえは配下のものに融を追わなくてもいいって言ってたじゃないか。金のためなら人殺しも請け負うお前が、あんなにあっさりと金づるを逃がしたままにしておくわけがないだろ」
「き、聞いてやがったのか!」
刀の刃が男の首筋に食い込んだ、ぷつりと皮膚が切れ血がジワリと滲む。
「や、やめろ…」
額に冷や汗を浮かべて男は声を上ずらせた。
「死にたくなかったらほんとうのことを言え。」
話さなければ本当に殺される、そう思わせるに十分な氷のような殺意をこめた声だ。
「わ、わかった、話す!…言われたんだよ、もしうまく殺ることができなかったら自分をさらうふりをしろって…」
「何だって」
「そうすれば人のいい博雅は必ず自分を助けにくる…そのときは自分で殺るからってな。それでも金は約束どおりやると…」
「くそ!そういうことかっ…!」
「ちゃ、ちゃんと話しただろっ!殺さねえでくれっ!」
犬神の目つきが変わったのを見て男が泣き声をあげた。
「今は殺さない…だが、二度と源博雅に手を出そうなどとは思わぬことだな。あの男に何かしたら、今度は地の果てまでも追いかけていってその首掻っ切るからな。覚えておけ」
そういうと蒼白になった男の目の前に手をかざす。
ふっ、と男は意識を失ってその場にくたくたとくず折れた。
「博雅、無事でいろよ…」
そうつぶやくと犬神は博雅と別れたあたりを目指して木立の中を駆け出した。
「な、なにをするっ!!」
ふいに斬りつけられた腕の傷をかばいながら博雅は声をあげた。
先ほど犬神と別れてからしばらく行った山道の途中、まだ、金峯寺までは馬でもかなりの距離があった。
右腕を深く傷つけられて馬から転げるように降りた博雅、あふれ出た血が指を伝って流れ落ち、暗い地面にどす黒い染みを作ってゆく。
遅く上り始めた半月が、低い夜空に血のように赤く浮かび、博雅たちのいる山道をぼんやりと照らしていた。
「なにって…あなたをここで殺すつもりですよ。そんなこともわからないかなあ」
手に博雅の血で濡れた短刀を握って、笑いながら融は馬の背からすべりおりた。
気を失ったふりをしていた融。
犬神が去ってしばらくしてから、隙をついて博雅を隠し持った短刀で斬りつけたのだ。
まったく警戒していなかった博雅は、その切っ先をよけきれずに利き腕の右腕に深い傷を負った。斬りかかる融の太刀が、心臓をめがけて突き刺さってこようとしたのを手で防いだのだ。もしそれができなかったならば、短刀は博雅の胸を貫いて今頃ここに立っていることなどできはしなかったであろう。
博雅の腕を伝う血を見て、融の美しい顔に残虐そうな笑みが浮かぶ。
「ちぇ。惜しかったねえ、もうちょっとだったのにさ。」
「今まで私の命を狙っていたのも、もしやあなただったか、‥融どの」
腕の傷を手で押さえながら博雅は苦りきった顔で聞いた。
「ええ、まあね。ただ、あなたは運がいいのかなかなか死んでくれなくって、ほとほと困りましたよ。」
あっさりと融は認めた。今更、隠すつもりもないという訳だ。
「なぜ、私などの命を狙う?私はあなたに恨まれる覚えなどない」
内裏での勢力争いなど無縁の博雅にはなんの心あたりもなかった。
利き腕を斬られた博雅は太刀すらもてない。傷を抑えた指の間から次から次から血が流れ出していた。大きな血管を傷つけたのかそれはかなりの量だった、早く止血をしなければ命にも関わりかねないことになりそうだった。
「あなたに覚えはなくても私にはあるのですよ。私が愛しく思っているお方がずいぶんとあなたにご執心でね。あなたがいるとその方は私の方を振り向いてさえくれないのです。だから、あなたは、邪・魔」
太刀で博雅を指しながら言った。
「そんなことで?」
思いもしない言葉に博雅は驚いてしまった。
むっとして融が答える。
「そんなことで悪かったね。私にとっては大きなことだ。あなたなんか、さっきの汚い男にでもやられちゃえばよかったのに。あいつ、あなたにかなりご執心だったみたいだからさ。」
さっきの犬神とのことを融は気を失ったふりをして一部始終見ていたのだ。
「さっさと押し倒してやってしまえばいいのにと思っていたのに、意外とまじめだったな、あの犬神とかいうやつは。まあ、面白い見ものだったけどさ。」
くすくすと融が笑う。
「融どの…」
自分と違って優雅だと思っていた融の裏に隠れていたものを目の当たりに見て、博雅は思わず言葉を失った。
「知ってた?博雅どの。あなたなんかをずっと恋焦がれていたひとがいたってこと?」
嫉妬をにじませた声で融が言った。
「そんな心あたりなど…」
博雅には、いまだに融にそんな嫉妬が原因で殺されかけているという実感すらない。自分と色恋沙汰とはまったく無縁のものだと思っていた。
いったい、どこの姫が?
焼けるような腕の痛みと闘いながらも記憶を探ってみたが、まったく皆目、見当がつかなかった。
「あのように美しく触れがたいあの方が、あなたのような鈍い男に執心とは、まったく信じがたいね」
刀を博雅に向かって狙いをつけながら、融は嫉妬に顔をゆがませて憎憎しげに言う。
「誰に好かれているのかは知らないが、鈍くて悪かったな。こんな私など融どのの恋仇にもならぬであろうに。」
くそっ…血が止まらない…
融の気をそらそうと話しかけながら隙を探る博雅だったが、腕からの出血が止まらず、だんだんと気分が悪くなってきた、もし、ここで意識を失うようなことがあれば、それは確実に死を呼ぶ。それは考えなくてもわかった。
「まったく。あの方もあなたなどのどこがいいのか、理解に苦しむよ。」
博雅のことをながめまわして馬鹿にしたように言った。
「笛こそ少しうまいようだけど優雅さのかけらもないし、わたしのように綺麗でもない。私のどこがあなたなんかに劣るのか本当にわからないよ。」
「ずいぶんと馬鹿にしてくれるな。ならば、そんな私など殺す必要などないではないか」
苦笑いの博雅。
「だから、邪魔なんだよ!この私があなたなどに劣る、いや、負けるなど許されることではない!」
ヒステリックに融が喚く。
「なんだ、えらそうなことを言ってる割には自分に自信がないんだな。融どの。」
痛む傷に耐えながらも博雅は笑って言った。
まるで子供だ…、なんと我儘な。
命を狙うそのやり方は巧妙ではあるが、融本人はまるでお子様だということに博雅は気づいた。これでは、隙を突いて斬り捨てるというわけにはいかなくなってしまった。
「なんだとっ!」
博雅に逆に笑われて融の頬に血が上った。
「ふ、ふん!あなさえいなければあのひとは私のもの。お前なんてここで死んでしまえばよい!」
悔しそうに乱暴に吐き捨てた。
「死ねと言われてもなあ。誰が私のような面白くもない男を好きなのかは知らぬが、私がいなくなっただけでその姫の気持ちがすぐにあなたに傾くとも思えぬのだが。」
わざとのんびりとした口調で博雅は言った。何とかを融を穏便に止めたかった。
「姫だって?姫だと思ってるんだ?あはは。ばかだなあ。女のことだったら私はここまでやらないよ!私のいとしいあのひとはそこらの女なんか束になってもかなわぬほどに美しくて素敵なんだよ。」
意地悪そうに笑って融は博雅を見た。
「へえ…やっぱり気づいてないんだ、あなた。」
「なにをだ?」
博雅は眉を寄せた。
今の話から融のいとしいひとというのが女ではないというのは、なんとなくわかったが、ジンジンと痺れるように痛み血が流れ続ける傷に意識を取られて、それと自分のことが頭の中でうまく結びつかなくなっていた。
「あんなにいつも傍にいて、あなただけを見つめているのに知らないんだ。あなたが鈍いのか、あのひとがうまく隠してるのか…」
ふうんと融は首をかしげた。
「あのひとはあなたに知られたくないのかな?」
じっと博雅を見つめる。
「ま、いいや。どうせ今から死ぬ人に教えたってしょうがないからね。さあて、そろそろ死んでもらおうかな。私は京に戻ってあなたが野盗に襲われて儚くなったと帝に報告をしなければならないからね、あまり睡眠不足な顔で帝の御前には出たくないし。」
そういうと刀を肩口の辺りに構え、その切っ先を博雅の心臓に向けた。
「死ねっ!!」
罵声とともに博雅に斬りかかった。
ガッ!
博雅は利き腕ではないほうの手で刀を抜き、融の渾身の太刀を受けとめる。
「くっ…!」
利かない右手をだらりと下げたまま左腕一本では、たとえあまり力のない融の剣とはいえ防ぎきれるものではない。
「ふふふっ!さすがの剣の使い手もこれじゃあねえ」
交えた刀にぎりぎりと力をこめてくる融。
右腕からの出血が激しくなってゆく。博雅は吐き気を必死にこらえ、左手に力を込めて融の太刀を弾き飛ばした。
「おっと…。やるなあ博雅どの。でも、大丈夫?そっちの手、かなり血が出てるよ。もしかして放っておけば、それだけでも死ねる?」
少し息を弾ませながら、にやにやと笑う。
「これくらいで死んでたまるか!」
そういう博雅の顔はこの薄闇でよくはわからないが、まるで紙のように血の気を失っていた。
このままでは本当に危ない。早くけりをつけなければ。
目の前がぼんやりとかすみ始めるのをぶるっと頭を振って振り払おうとするのだが、それはかえってひどいめまいを誘っただけだった。
くそ…本当にまずい…
体がぐらりとかしぐ。
もう猶予はない。博雅は一か八かの賭けに出ることに腹を決めた。この際、腕の1本ぐらいはとられる覚悟でゆく。
きりっと唇をかみ締めると博雅はめまいを感じたふりを装って地面に片膝をついた。実際、本当にめまいを感じていたのでそれはごく自然に見えたことだろう。
「ははっ!これでおしまいだねっ!博雅どの!」
殺意に目をきらめかせ、融が博雅めがけて剣先を振り下ろす。
その刹那、博雅の体がもう一段、深く下がり、スイとわずかに脇に避けた。その肩口を融の剣先が間一髪のところで掠めてゆく。
勢いのついた融の体。そのみぞおちに博雅の左手に持った太刀の柄が差し違えに深く入った。
「がはっ!!」
融の口から息の詰まったうめき声が漏れ、その目がぐるりと白く反転した。手から力なく刀がこぼれ落ちる。
博雅の体にどさりと覆いかぶさった融は、そのまま気を失ってずるずると滑り落ちた。
「はあ…はあ…。…悪いな、融…どの。」
覆いかぶさる融の体を押しのけると、自分もその場に大きく息をついてひっくり返る博雅。
「私には…まだ一緒に杯を重ねたい…とても大切な友がいるのだ…。こんなところ…で死ぬ…わけにはいかな…」
いい終わらぬうちに博雅は意識をなくした。
「ひろ…まさ…ひ…ろまさ…」
誰か雅自分を呼んでいる声が聞こえた。
聞いたことのある声。
なんだかとても…切羽詰った調子だ…
「博…雅…っ…」
そんなに連呼しなくても聞こえてる…
途切れそうになる意識の中で博雅はぼんやりとそう思った。目覚めているとも眠っているとも言いがたい意識の中で博雅はゆらゆらと漂っていた。
「博雅っ!!」
悲痛な叫びのような声に博雅の意識がはっきりと現世に引きずり戻された。鉛のように重いまぶたをむりやりこじ開ける。
ぼんやりとした視界に中に、つらそうな目をした犬神の姿が映った。
やっぱり…この目…
「晴…明…」
血の気を失って、乾いてひび割れた唇からその名が呼ばれた。
「なぜ…」
驚いたように犬神は言った。
「その目は…晴明どのの目だ…私の一番好きな綺麗な瞳…間違えるものか…」
ほわりとやわらかく博雅は笑みを浮かべた。
「…博雅」
「うん…おぬしにそう呼ばれるのは好きだな…」
そういうと博雅は再びその意識を暗い淵へと落としていった。
「さすが博雅どの、俺の中に隠れたおぬしをちゃんと見つけたな。」
犬神の声の調子が変わった。
「ええ、まさかばれるとは思いませんでした」
同じ一人の口から調子の異なる声が出ていた。
「なら、俺はもうぬしに体を貸さずともよいわけだな」
そういうと犬神の体がぶれた映像のように幾重にも重なり、それから二人分の人影へと離れた。
一人は汚れもひげも消え、その身につけた衣も薄汚れたぼろきれでなく漆黒の水干に変わった犬神、そしてもう一人は白い狩衣に身を包んだ美貌の陰陽師,安倍晴明。
「お体を貸していただいてありがとうございました。」
晴明は犬神に向かって深く頭を下げた。
「なに、他でもないぬしの頼みだ、いいってことよ。それにしてもまったくたいした男だな、この博雅どのという方は」
険しい顔で博雅の傷の手当をはじめた晴明に向かって犬神は言った。
「明るくて心が広くて純粋で…。けれど剣の腕は一級品。こんな男、天界にもそうそういるものではないぞ。」
「わかっておりますよ、そんなことは。」
怪我をした腕の止血のために、惜しげもなく自分の狩衣の袖を引き裂く。
引き裂いた袖の布で腕の付け根をぎりっと締め、傷を負ったところの博雅の袖を破った。
その深い傷に晴明の顔がゆがむ。
「なんて、ひどい…」
傍らで倒れたままになっている融を、ぎりっと睨みつけた。唇をかみしめるとその傷の上にしっかりと狩衣の切れ端を巻きつける。これで一応の出血はほとんど止まったが、流れ出た血は戻らない。
薄闇の中でははっきりとはしないが、博雅の顔にはほとんど血の気がなかった。呼吸も小さく浅い。ことは急を要した。
「こんなところではこれ以上どうしようもない。」
式を召還して金奉寺へ運ばせようか。
あせり始めた晴明に犬神が言った。
「俺の屋敷に運ぼう。俺のところには人の世にはない妙薬もいくらかはある。今の博雅殿にはそれが必要だろう」
「これを。」
手のひらに小さな丸薬を乗せて差し出した犬神、博雅を帳台の上にそっとおろした晴明はその丸い粒に目をやった。
「これは?」
「まあ、いうなれば仙薬だな、これをほしくて人は仙人を目指すという秘薬だ。一粒なら死に掛けの人間ぐらいこの世に呼び戻せる力はあるだろう。二粒飲めば若返り、三粒飲めば不老となり、四粒飲めば不死となる。普通は人になどやらぬのだが、博雅どのならば話は別だ。」
「ありがとうございます。犬神どの。」
一粒だけその手のひらから取ると。晴明は礼を言った。
「なんだ、一粒だけでいいのか?なんならぬしも一緒に三つ四つ飲んでもかまわぬぞ。」
「いえ、これひとつで結構です、それに寝ているうちに不老不死になどされたと知れば博雅がどのように怒ることか、そんな怖いことはできませんよ」
口の端に笑みを浮かべて晴明は言った。
「博雅どのはそんなもの望まぬか…まあ、そうだろうな」
犬神も笑った。
「これを飲ませたからといってすぐにも効きめが現れるとは限らない。それまでは泰山父君が博雅殿を迎えに来ぬよう結界を張っておくことだ。あれはたとえ我が屋敷だろうと、音もなく勝手に入ってくるからな。大切なものならしっかりと護っておくことだ。」
「ご忠告ありがとうございます。心して護ります」
「もし、なにかあったら呼んでくれ、泰山父君とはもめるわけにはいかぬが、ほかの事ならなんなりと力になってやるぞ。」
そういって去ろうとした犬神は、ふと思い出したように振り返った。
「ところであの融どのはどうする?今はわが屋敷の一角に寝かせてあるが」
「あとで、けりをつけます。それまで預かっていただけませぬか」
「わかった」
一瞬にして晴明の目つきが冷たく代わったのを面白く思いながら、犬神はうなずいた。
ぐったりと意識を失った博雅の口をむりやりこじ開けると、晴明は自分の口に犬神から譲り受けた仙薬を放り込み、それからひとくち水を含んだ。
そして博雅の唇に自分の唇を重ねた。
口移しに仙薬が博雅の咥内に流れ込んでゆく。こくりと水とともに薬が博雅ののどを伝って落ちていった。
もう薬は飲ませてしまったというのに晴明の唇は博雅の唇から離れることができなかった。少し厚めの博雅の唇、その唇に晴明は想いをこめて自分の唇を重ねる。
危うくこの大切なひとを失うところだった。
想いも告げぬうちにすべてが終わってしまうところだったと思うと、怖いものなどないはずの自分がまるで子供のように震えた。
低い帳台に自身も上がって晴明は博雅の意識のない体をその背後から抱えた。身固めの術である。魂が体から離れてゆかないように護る陰陽道の秘術。
博雅を抱えたその胸に四縦五横の九字をきり、呪を唱える。
「朱雀、玄武、白虎、勾陣、南斗、北斗、三台、玉女、青龍…」
そして唱え続けるとともに、博雅の両の手をとるとその手の平に護身の符を人差し指で書いた。
二人の周りに結界を張り、しっかりとその身を抱きしめて晴明は寝ずに呪を唱え続けた。
夜が明けても晴明は博雅から片時も離れずに呪を唱え続ける。時折、犬神がその様子を見に来ていたようだったが、呪の音調の中に沈み込んでいるような晴明にあえて声をかけるようなことはしなかった。
その夜。
晴明の呪だけが低く響く部屋の片隅に暗い人影が立った。
じっと晴明と博雅のいるあたりを見つめている気配。
来たか…。
博雅を抱く腕に力がこもる。
呪を止むことなく唱え続けながら晴明は袖の中に片手を入れた。その手に形代があった。
「代わりにこれを連れてゆくがいい」
そう言って晴明は手のひらの形代をピンッと弾き飛ばした。
形代には一本の髪の毛が折り込まれてあった。
ふわりと風に舞ったそれを目にも留まらぬ速さでバッと掴むと、その影はにいい…と笑って姿を消した。
ほうっと肩から力を抜く晴明。
博雅の体を今までとは違う意味でぎゅうと抱きしめた。
「うまく追い払ったな。」
廂から顔をのぞかせて犬神が声をかけた。
「犬神どの。見ていらしたのか…」
「なかなか鮮やかな手並みであったな。」
「恐れ入ります…」
「おまけに非情だな」
にやりと笑って言った。
「あの毛は昨日の野盗のものだな。見逃してやったのではなかったのか?」
「博雅の命をねらったものになど情けをかける気にはなりませんね。せめてこのぐらいは役に立ってもらわないと。」
露ほども同情を見せずに晴明は言った。
「本当なら融殿に代わりになってもらってもよかったのですが、あれは博雅がわざと斬らずにおきましたからね。死なすわけにもいかぬでしょう」
「怖い男だな…はは。」
犬神は愉快そうに笑って出て行った。
ようやく博雅の顔に血の色が戻り始めた。
晴明はほっとしてその顔をのぞき込んだ
青かった唇にも赤い色が戻っている。誘われるように晴明はその唇に己が唇を重ねた。
「…ん…」
博雅が軽く呻いた。
はっとして晴明は唇をはずす。
「…だ…れ…?」
ぼうっと焦点の定まらぬ目で博雅が晴明を見上げた。
「晴明…どの?」
「ええ、気づかれましたか?」
「ここは…?確か私は融どのと刺し違えて…」
博雅は頭をめぐらせて見回した。いかにも質のよさそうな香染の平絹の几帳や贅をこらしたつくりの高燈台に目をやった。この吉野のような山里にはあると思えないほどの調度。
「ここは犬神どののお屋敷。気を失ったあなた様をお運びしたのです」
「犬神どの?あれはおぬしではなかったのか?」
犬神の中に晴明の目を見たと思ったが。
「私でもあり、犬神どのでもあり…あのかたはこの吉野の山の守り神、山神です。私はあの方にお姿を借りていたのですよ。まさか、見つけられるとは思っていませんでしたが」
「そういうことか…道理で時折、犬神どのが晴明殿にみえたわけだ」
にっこりと博雅は晴明の腕の中で微笑んだ。あまりにも自然にその腕の中に納まっているので、まだぼうっとしている博雅はそのことを少しも変だと思っていないようだった。
「それにしてもなぜそんな面倒なまねをしてまで、私の後を?」
「あなたが私の言うことを聞かないからですよ」
「え?」
「私がお渡しした呪符を持たなかったでしょう」
きりっと晴明がにらんだ。
「うっ…!」
「持っているふりをしましたね、ちゃんとわかってましたよ」
晴明ににらまれて博雅はあせった。まさかばれていたとは。逃げようにも弱りきった体はいうことを聞かない。
そしてようやく気づいた。
「せ、晴明どの!私は何であなたの腕の中に?」
保憲から博雅が帝から仰せつかって急に吉野に出向くことになったと知らせてきたのは博雅が出立の準備に追われていた夜のことだった。
「おい、晴明。博雅どののお役目の話、聞いているか?」
その晩、何の前触れもなくやってきた保憲は開口一番にそういった。
「何のことです?」
文机に向かって書き物をしていた晴明は不審げに顔を上げた。
「急なお役目で明日の朝吉野にむかうことになられたらしい。…まあ、それは帝のいつもの気まぐれだからわからぬこともないのだが、それを帝に吹き込んだものがちょっとなあ」
保憲は眉を寄せた。
「誰です?」
話の方向を察して晴明が問う。
「源融どのだ。あのお方が帝に吉野の金奉寺に経文を届ける話を振ったのだ。しかも言葉巧みにすぐにでもそうしないといけないように帝を誘導した。」
晴明の前に保憲はどかりと腰を下ろした。
「で、いつのまにかそのお役目は博雅どのと融殿に決まった。…俺の見るところではそれが決まったのも裏に融どのがいるな。」
「…。」
晴明の目が険しくなった。
「先日、博雅殿を遠くから見ている融殿を見たが、あの目はよくないぞ…。晴明、なにか心当たりはないのか?」
おまえがからんでいるのは間違いのないところだと保憲の目は言っていた。
「…融どのは私に執着しているのです。何度もお断りしたのだが、どうやら矛先を博雅に向けたようですね」
「捨てたか」
ずばりと言う。
「はっきりいいますね。」
「そのとおりだろうが。お前の目は博雅どのしか追っていないからな。…嫉妬か。男の嫉妬は下手をすれば女よりもわけが悪いからなあ。」
保憲は大きくため息をついた。
「ただの嫉妬ぐらいならばいいのですが。」
ということは…博雅の命をねらっていたというのは、さては融どのであったか。
私のせいで…。
博雅には覚えのないはずだ…ずきりと胸が痛んだ。
「それにしても晴明、何で融殿のようなのに手を出したりしたのだ。あの手のは一旦思い込むとしつこいぞ。綺麗でおとなしそうに見えるがあれは激しい性分だ。それに自分の思うようにならないのに我慢のできないおぼっちゃま育ちと来ている。それぐらいおまえならわかっただろうが。」
渋い顔をして保憲は言った。
「…。」
晴明にしては珍しいことに答えに詰まってしまった。
まさか博雅の代わりに抱いたとはいえない。
「ほんの気まぐれです。あまりしつこく誘われたので一度だけならと思ったのが悪うございました。」
「まったくだ。相手をしてやる気なら最後まで面倒を見ろよ。おかげで博雅どのがいい迷惑だ。で、どうするのだ?このまま、ほうっておくのはまずいぞ。」
式が運んできた酒の杯を手にして保憲は難しい顔をした。
「実は博雅どのはつい先日も命を狙われたのです。」
「えらい物騒な話だな…。まさかそれも融どののしわざなのか?」
「そのときの犯人はみんな死んでしまったので裏に誰がいたのかはわからなかったのです。でも、今の話を聞いてそれはたぶん融どのだったのだと察しがつきました。」
「前にも狙われたのか…それにしても博雅どのはそういう目にあったなどとは到底おもえぬほどけろりとしていたぞ。」
「それが問題なのです。あのお方は危機感というものが完全に欠落しています。なのに武人としての気位はしっかりと高くて、呪符などはなから当てになどしていない。
自分の身ぐらい自分で守れると思ってますからね。」
「陰陽師の力などあてにせぬか。まあ、武人ならば当然といえば当然かもな。」
保憲はちらりと晴明を見た。
いつもならそこまでいわれたなら、もうそれ以上のことなど絶対しない晴明が、どうしたものかと頭を悩ませている。
実に面白い…
晴明が博雅に惹かれているのは気づいてはいたが、これほど本気だったとは知らなかった。
「ならば俺が博雅殿に同行しようか?二日ほどならなんとでもなるぞ」
助け舟を出してやったつもりだったのに
「いえ。それには及びませぬ。保憲どのが急についてゆくなど融どのや博雅どのを不審がらせるだけです…私がゆきます。」
「え?おまえが?」
驚いて聞き返した。
「俺などよりおまえがついてゆくほうがよっぽどおかしいぞ。」
「最初からくっついてなどいきませぬ。少し遅れて合流します。」
少し考えてから晴明は言った。
「どうやってだ?」
「吉野の山には犬神殿がおられます。あのお方の力をお借りします」
「犬神。吉野の山の狼(大神)か。」
「あの方には少し貸しもありますのでね、なんとかなるでしょう」
そうやって晴明は犬神の姿を借り、博雅たちの一行にうまく加わったのだった。
花橘 (5)へ。
かなり、書きなおしましたのでこの後の続きも少々変わります。スイマセン…なにしろシロート、お許しくださいませ〜!(涙)
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