いまひとたびの…(6)

その夜。
京都の秋の夜は東京と違って、静けさと澄んだ空気に包まれていた。
空の高いところにある青い月が澄んだ大気の中に、冴え冴えとした青い光を投げかけている。
秋も深まりつつある今の季節、もう、虫の音も聞こえない。
遠くの町の音が時々風に乗ってかすかに聞こえてくる。
月からの光に木陰が黒々と影を落としている。
博雅の邸の庭。
アキラと博雅の二人は庭に面した濡れ縁で、酒を飲んでいる。
アキラの持つグラスの氷が、からん、と音を立てる。
「さっきは悪かった…。」
ポツリとアキラが言う。
「さっきのことなら気にしてなどいませんよ。ただ、本気の喧嘩になったらどうしようかとは思いましたが。相手はあんな若い見掛けによらず、千年をはるかに越える大江山の鬼王ですし。あなたが食われでもしたらと流石に心配になりましたが。」
もちろん冗談ですよ、と笑いながら、博雅は手にしたグラスの酒をくいっとあおった。
「私としても、あんなのには食われたくないな。」
アキラも苦笑いをしながらグラスを空ける。からになったそれへ博雅がまた酒を注ぐ。
二人ともかなりの酒豪だ。博雅はほんのりと赤くなっているがが、アキラのほうは顔色一つ変わってはいない。
「とにかく何事もなくよかった。
それにしても、今宵の月は格別に美しい…、お耳障りでなければ、少し笛を吹いても構いませんか?」
言いながら、月を見上げる博雅の手には、いつの間にか酒に代わって、磨きこまれた横笛が握られている。
その笛の特徴に気付いたアキラ。
緑と朱色の葉の模様。
「その笛、どこかで見たことが…。」
「おぼえているのですか?昔、私が吹いていた葉双ですから、あなたもいやというほど見ているし聴いていますからね。」
(葉双のことは覚えているのに、俺のことは覚えていないのか…)
少なからず落ち込む博雅。
が、月を見上げると気持ちを切り替えて目を閉じ、笛にその唇を当てると息を吹き込んだ。
博雅が笛に吹き込んだのは息ではなくて、命ではないのかと思わせるほどの笛の音だった。
その音はまるで、龍が青い月明かりと冴え渡る秋の大気をきざはしとして、天へと舞い昇ってゆくようだ。
そののびやかな笛の音に、アキラは違う意味で驚愕していた。
最初の一音を聞いた途端、心の奥底で何かが外れる重い響きがあった、まるで閉ざされていた大きな扉が開き始めるような…。
と、突然ものすごく大きな悲しみの感情が襲ってきた。
悲しい、悲しい、悲しい、悲しい…
いない、いない、いない、あのひとがもういない…
胸が潰れるような大きな大きな悲しみ。
思わず胸を掴む、本当に胸が苦しい、アキラの全身に冷や汗が浮かんだ。
(これは…!)
目をぐっと瞑って胸の痛みに耐えようとしたが、思わず前のめりに身体を折ってしまう。
何かの気配を感じて、笛を吹いていた博雅が目を開けると、アキラが苦しそうに身体を折っている。驚いて思わず笛を放り出しアキラに近寄る。
「どうしたんです!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ…」
そう答えるアキラの貌は蒼白で、いつも笑みをたたえる唇は苦しそうに歪められている。その手は苦しそうに胸を掴んでいる。様子が尋常ではない。まさか、心臓病とか…。急に不安になってきた。
「救急車を呼びましょう!」
「まてまて!…博雅、俺は病気などではない。…案ずるな、少し休めばよくなる…。」
「しかし!その様子普通ではありませんよ!」
博雅は心配でいても立ってもいられない。
(どうすればいいのだ!?)
「…大丈夫だ。もう、落ち着いてきた。」
大きく息をはくと、柱に身体を預けて座った。
月からの青い光を見上げ、それから博雅のほうを見て、にこりと笑う。
「もう、大丈夫…。」
その顔はなぜか、先ほどまでと少し違って見えるような気がした。
おかしなことだと少し頭を掠めたが、とにかくアキラの顔色がよくなったので少し安心した博雅。
「そうか…、よかった、てっきり心臓病か何かの発作かと思ってほんとに驚いた。しかし、本当に大丈夫ですか?」
「ああ。…でも、折角の笛を邪魔してしまったな。できればもう一度吹いてもらえないだろうか?」
「また、倒れたりしませんか?何だか私の笛の音がよくなかったような気がするんですが?」
心配そうに聞く。
「そんなことはない。博雅の笛で具合が悪くなるのは悪い鬼ぐらいだ。」
「そうですか、じゃあ…」
博雅が再び笛を奏し始める、しばらくは心配そうにアキラの方を見ていたが、そのうち笛の音に感応してその瞳は閉じられていった。
笛と一体になって音を紡ぎだす博雅。
その博雅の姿に感に堪えないアキラ…いや、もうここに在るのは晴明であった。
博雅の奏でる葉双の音が、アキラの中に眠る晴明を呼び覚ますカギだったのだ。
 
 
遠い千年の昔…。
博雅が晴明より先に身罷った。
博雅は最後まで清廉な漢であった。
家督を兄弟の子を養子に入れ継がせると、最後まで晴明一人を揺らぐことなく愛し続けたひとだった。
その博雅が最後に晴明に言った。
決して自分の後を追うなと、お前には今の帝を守らねばならぬ仕事があると。
その頃、まだ若い今上天皇は腹違いの皇子に帝の座を追われ、大変なころだった。まだ若い帝だったが、賢君になられるであろう資質を備えた少年だった。晴明が守らねば誰が守れるのか、博雅はとても心配していたのだ。何をおいても帝を守る為なら命すら惜しまぬ漢の頼みに晴明は頷くしかなかった。
 
「そんな顔をするな…晴明。お前もいつかは来るのだろう、あの世とやらに。
俺の方が一足先に行くだけではないか…、いつかの地獄の極卒と、向こうで一緒に待っているさ…。」
途切れそうな息の中で博雅が笑う。
「博雅…、だが、俺にはお前のいないこの世など意味がない…。」
博雅の手を握り締める。いつも泣いたことなどない晴明の眼に涙が溢れる。
「なんだ…泣いているのか晴明よ…。お前でも…泣くのだなあ、はは…。
泣くのは…いつも俺かと思って…いたのに…。泣くな…晴明…。いつもお前だけを…想っているよ…。」
どんどん博雅の意識が薄れてゆく。
晴明は博雅の手を一度強く握り締めるとその手を離し、両手で印を結んだ。
印の形を次々に変えてゆく。その唇からは聴こえぬほど小さな声で何かの呪が唱え続けられる。
そして最後に博雅の耳元に唇を寄せて囁いた。
「博雅…聴こえるか?あの世でお前に会えるとは俺には思えぬ。
俺は地獄に行くだろうし、お前はきっと、天上であろうからな。だからいつかは判らぬが、来世で必ず会おうぞ。次の世で必ずお前と一緒になれるよう、今の俺にできる最強の呪をかけたからな。
絶対に忘れるなよ。必ず会おうぞ。聴こえているか,博雅よ…。」
最後は涙で言葉にならない。
「…わかった…必ず…だな…。また…いっしょに…酒を…」
それが最後だった。
 
博雅が荼毘に付されてから、数日が過ぎていた。
その間に保憲が心配して様子を見に来てくれたりもしたのだが、それすらも晴明はあまりよく覚えていない。一日中、何をするでもなく庭を眺めていた。
博雅にあんなに頼まれていた帝のことも放りっぱなしだ。今上天皇からは助けて欲しいと、何度も人が来ていたりもしているのだが、どうにもその気になれない。
このまま死んでしまいたいとすら思う。いま逝ったら博雅に追いつけるだろうか…。
「噂どおり呆けておるな、晴明。」
庭先の上のほうから声がした。見ると空からまるで階を降りてくるように、朱呑童子がやってくるところだった。
「…朱呑童子。」
「天下一の陰陽師の安倍晴明が、源博雅に死なれてボケておると皆が噂しておるぞ。情けないの、晴明よ、おぬしともあろうものがよ。ま、情けないといえばこれもだがな。」
そういって懐から葉双を取り出す。途端にキーンという頭の芯に響くような、耳さわりな音が響き渡る。
「…!」
思わず耳を塞ぐ。
「うるさいだろう?博雅殿がもう持っていることは出来ないから、と我に返してくれていたのだが…博雅殿がなくなった晩からコレだ。
普段は私の懐に入れて結界を張っておけば今の音はしないのだが,そうそういつまでも、こいつの番などしておれぬからな、おぬしの片割れのものだ、おぬしが何とかしろ。このままではいつか、妖物として退治されてしまうぞ。」
「お前も悲しいのだな…葉双よ…。」
 
そして晴明は自分と葉双に呪をかけた。葉双には博雅の唇でなければ決して鳴らぬように、自分には葉双を博雅が奏でなければ、絶対何も思い出さぬように…。
博雅のいない世に生きてなどいたくなかったから…。
そして、博雅を記憶の底に沈めて、その後の人生を乗り切ったのだった。
 
 
 
博雅の笛の音に耳を傾けながら、晴明は全てを思い出していた、先ほどの胸の痛みは、昔の自分のものに間違いなかった。
今日一日を共に過ごしたはずなのに、博雅の顔を随分久方ぶりに見た気がしている。
愛しい思いが込み上げてくる。記憶のないときですらあんなに惹かれたのだ、記憶の戻った今となっては、その想いは更に激しい。
博雅を失った時、自分はもう生きられないと感じた。博雅のことを忘れなければ、たぶん、本当に生きていくことなど出来なかっただろう。
その博雅が今、目の前にいて昔と同じように月明かりの中で、葉双を吹いている。
朱呑童子。
あの鬼は俺と博雅の邪魔をしているのか、それとも取り持ってくれているのか…、全く人外というのは…。
なぜかおかしくなって、唇に笑みが浮かぶ。
先ほどまで心をしめつけていた悲しみが、博雅の笛の音に溶けてゆく、春の日差しに溶ける氷のように。
青い月明かりを受けて笛を奏でる博雅は、着ているものこそ現代のものだが、その横顔はあの時と変わりなく、凛として清冽な殿上人に他ならなかった。
いつ、本当の俺だと気付くだろうか?
目を閉じ、一心に笛を吹く博雅を見て考える。
(気付くよ…な?)
少し不安になった時、ふいに笛の音がやんだ。いったん吹き始めると下手をすれば朝方まで吹き続けかねない博雅にしては珍しい。
笛を唇から離し、その黒目がちな瞳をじっとこちらに凝らしている。
「あなたの雰囲気がさっきと違う気がする…。」
「…」
「何かおかしい。空気が違うというのか…、あなたの周りの空気が、さっきまでとは違う気がする。何でだろう?」
「そこまでわかれば、たいしたものだ、博雅。」
冷酒の入ったグラスを目元まで掲げて、乾杯の仕草をする晴明。
片方の柳眉を上げて、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべる。今日一日、一緒にいたアキラは決してそんな笑い方はしなかった、とても紳士的だった。
こんな笑い方をするのは…。
 
「あ…あなた…いや、お、おまえっ!もしかして…晴明っ!!」
ピンと来て晴明を力いっぱい指差しながら、大声で言う。
「よく分かったな」
にっと笑う晴明。
「わからいでか!本当に本物の晴明だな!一体、今までどこに隠れていたのだ?お前という奴は!」
そう言う博雅の目は、もう涙で潤んでいる。
「相変わらず泣き虫だな、博雅。」
手をのばして、博雅の目元の涙を指先でぬぐう。
そのまま、博雅の頬に手をそえる。
「随分長い間、会えなかったな。…どうもおれのせいらしいが。」
「どういうことだ?」
博雅が問う。
晴明は遠い過去に思いをはせた。
「あの遠い昔、お前が先に逝ってしまった後、俺はもう生きる気力などなかったのだよ。毎日毎日、お前のことばかり考えて、何も手につかぬし、食べることも眠ることも叶わなくなってな…。お前の後を追いかけていきたいと、そればかり考えていた。
そんな時、朱呑童子殿が来られてな。お前がいなくなった後、悲しさのあまり鳴き続ける葉双を俺に託されていったのだ。俺は葉双と自分に呪をかけた、お前にもう一度会わぬ限り、そしておまえが吹く葉双の音をもう一度聞かぬ限り、全てを忘れてしまうようにと。」
だから、お前に会うのにこんなに人生をムダにしたのだと、少し悲しそうに晴明は言った。
「よいではないか。晴明。」
博雅の明るい声に晴明がはっと顔を上げた。
「また、会えたではないか。お前は俺のことを忘れてしまっていたと言うが、それでも俺を探して、ここまで来てくれたではないか!それって凄いことだと思わぬか?
黒川主殿が言っておられたのは、これだったのだ。おまえと俺は磁石なのだよ。
何が何でも必ず引き合うのさ。」
満面の笑顔で博雅に言われてしまっては、晴明も返す言葉がない。この能天気ものめと思うが、それでも博雅の言葉に救われた気がする。
「本当にお前はよいおとこだ…。」
「…ばか、そんなこと急に言うな、驚くじゃないか。」」
「本当にそう思ったから言ったのだ。お前は俺などには想像もつかぬほど懐が深い…。だから。やっぱりよいおとこだ。」
もう一度そう言うと、博雅の顔を引き寄せて唇を重ねる。
「それにしても…また、男に生まれたのだな。」
唇を合わせながら、くすりと笑って言う。
「…悪かったな!俺だって好きで男に生まれたわけではない!…嫌なら無理に俺に触れなくともよいぞ!」
晴明の手の中からもがくように離れようとする。その博雅をガッチリ捕まえて離さない、晴明。
「まてまて。博雅。怒るなよ。誰もいやなどと言ってないではないか。
寧ろ俺はお前がまた、男に生まれて喜んでいるのさ。なぜかわかるか?」
「言い訳などしなくともよいぞ、晴明。」
すっかりヘソを曲げてしまっている。
「言い訳などではない。俺はお前のこの唇じゃないといやだからな。」
そういって、再び博雅の唇を覆う。
「それに、博雅のこの頬、この首…この肌…今のお前のままじゃなければ、いやだ。」
言いながらシャツをはだけ、順に唇を這わせてゆく。
「…あ…っ…。」
「博雅はこのままがよい…。」
白いシャツに映える博雅の滑らかな小麦色の肌に、手をすべらせてゆく。その手のあとを追うように唇が這ってゆく。シャツの前はもうすっかり肌蹴られてしまっていた。
女のそれのようなふくらみこそないが、博雅のその小さな突起に舌を這わせるのは、この上なく欲情を煽る。片方の蕾を唇でついばみながら、もう片方を親指と人差し指でそっとねじり上げる。晴明の舌に、指に、翻弄されて博雅は何も考えることが出来なくなってゆく。やがてジーンズのボタンが外され、晴明の手がそろりとその中へと忍び込んでゆく。
「…くっ。」
思わず唇を噛み締める博雅。
晴明の手は博雅のそれをそっと握りこむ。唇は博雅の胸の突起を捉えたままだ。一度に両方を愛撫されて、博雅は気が遠くなりそうだった、何よりあまりに久しぶりのことであったから。
「せ、晴明…。ちょ、ちょっとタイム!」
必死で晴明に声をかける。
「何がタイムだ…?やっとここまでこぎつけたのに、今度はおまえが邪魔をするか?」
博雅のものを愛撫する手を休めるつもりなどさらさらない。ずっと擦り続ける。言葉とは裏腹に博雅のそれは硬さを増してゆく。
「え〜っと…こんなところではいやだ。…せめて部屋のなかに入らないか?」
とにかく、もう少し時間がほしい博雅。
(こ、心の準備というものが…)
そんな博雅の考えていることなど、お見通しの晴明。
「俺は別にここでも構わない。」
(逃がさないぞ、博雅。)
「し、しかし、こんなところでは、いつまた誰が来ぬとも限らないではないか」
「ふふん、大丈夫さ。この邸の結界はさっき張りなおしたからな。朱呑童子の張った結界は、自分だけはちゃんといつでも入れるように入り口があいておったからな、さっききっちり呪を掛けて塞いでおいた。だから、誰にも邪魔などさせぬ。安心しろ、博雅。それに博雅、おまえには月の明かりがよく似合う。」
言いながら僅かに抵抗する博雅を自分の身体の下に横たえ、ジーンズの端に手をかけて引き降ろす。
「わわっ!」
咄嗟のことに慌てる博雅。
そんな博雅の抵抗など物ともしない。博雅の両手を頭の上で軽く押さえ込んでしまう。
「ムダだ、諦めろ、博雅。悪いが今の俺はおまえを抱くことしか考えられぬ。なるべくセーブしようとは思うが…。先に謝っておく、すまんな、博雅。」
「すまんって…おまえ!怖いこと言うな!…あっ!」
晴明が博雅のそれをちろりとなめた。
「ああっ…!まてって、晴明!…あっ…」
「お前には悪いが待つ気などない…。」
月明かりの中、吐息と共に睦みあう二つの影…。
 
まだ夜の明けぬ、ほの暗い中、博雅は目をさました。
いつの間にかベッドの中にいる。
ふとんの中は人肌で心地よく暖まっている。身体のあちこちにだるい痛みがあった。
懐かしい痛みでもあった。身体にはなにも纏っていなかったが、その代わり、うしろから愛しい人の両手がしっかり回されていた。何か着ようかとその手を外そうとした。途端に更にきつく抱きしめられてしまった。
「…どこへゆく?」
肩越しに低い声で囁くように訊かれる。ぞくっとするほど色気の漂う低い声。
「起きていたのか?晴明…。いや、何か着るものはないかなと…。」
「まだ、服など着なくともよい。一千年ぶりの逢瀬だ。…俺はおまえの肌を感じていたい。」
後ろから博雅の顎をとると覆いかぶさるように唇を奪う。晴明の舌が博雅の舌を迎えにゆく。重なり合い、絡めあう。
「んん…っ!」
博雅は力強い晴明の指に顎を取られて動くことさえままならない。背後に晴明の全身の肌を感じて、博雅もまた再び熱く熱を持ち始める。愛しいい人と肌を合わせるということが、どれほどの喜びをもたらしてくれるものであったか、忘れていたわけではなかったが…今更ながら実感する。
「まだ、夜明けまで間がある。今日は日曜のはず…。どうせ仕事はないのだろ?もう少し、寝てろ。…俺はまだ、眠い…。」
博雅をしっかり抱きかかえなおすと、また、晴明はすうっと寝てしまった。しかし、博雅の身体に回された手は緩まない。
「やれやれ、寝ててもワガママだな。お前は。」
それにしても、昨晩は驚いた。笛を吹いていたら、急に辺りの空気が変わったのがわかったのだ。
柔らかなアキラの感じが変わって、もっと大きなエネルギーのようなものを感じた,それと共に大きな悲しみも。あれは昔の晴明の心だったのだな。
にやりと笑ったアキラの眼に本当の晴明を見つけたとき、心が飛んでいきそうなぐらい嬉しくて驚いた。
…しかし…
「おい。晴明。」
「…ん…?何だ?」
眠そうに晴明が返事をする。
「お前がここにいるということは、稀名アキラという人格はどこへ行ったのだ?
まさか、おまえが現れたことで、消えてしまったのではないだろうな?」
アキラをすごく好きになっていたのだ、あの人が消えてしまうなんて考えたくない。
「消えるわけがないだろう。あれは俺でもあるのだぞ。過去生を取り戻しただけで俺がアキラであることに代わりなどない。…心配しなくても大丈夫ですよ。博雅さん。」
最後は少しからかう様に言う。
「ばか、からかうな。それならばいいのだ、俺はアキラという人も好きだからな。」
「では、目も覚めてしまったことだし…今度はアキラとしてお前を抱くかな…。」
「え…ええっ!?…俺はそう言う意味で言ったのではないぞ!…おいっ…!」
昨晩とはまた違ったタッチで、博雅に優しく触れてくる晴明を止めようと、無駄な足掻きをする博雅。
(しまったっ!…アキラにしろ晴明にしろその本質に代わりなどないと、昨日朱呑童子様が言っていたじゃないか!…もしかして、俺って奴は晴明のこと煽っちゃたのか?)
「…ああ…っ!」
 
 
いまひとたびの…(7) 

へたれ文へのご案内