いまひとたびの…(7)


月曜日の朝。
博雅は、あちこち色んなあらぬところが痛む身体を、引き摺るようにして出勤していた。
「うう…、いてて。」
思わず腰をさする。隣の席の英語の木下先生が心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?源元先生。腰を痛められたんですか?」
前々から博雅に気がある女教師は、朝から博雅の様子が気になってしょうがない。
いつもは時間に余裕をもって出勤してくる彼が、今日はギリギリの時間に学校に滑り込んできた。しかも、自分の車できたのではなく、派手な外車でだれかに送ってもらって来ていたのだ。ちらりと見えた運転席には、とても綺麗な横顔の人が乗っていた。
(お姉さん?とか…?)
が、博雅のほうをむいて片手をあげて「じゃあな」と、言ったその人は女の人ではなくとんでもなく綺麗な男性だった。
更に驚いたのは、いつもはきちんとした格好で来る彼が、髪は乱れ、シャツのエリははだけ、上着を片手に職員玄関に駆け込んできたのを見たときだ。
「あっ!木下先生、おはようございます!」
「あ…、お、おはようございます。」
いつもと違い、少し乱れた服装の博雅はいつも以上に若々しく、おまけによい香りをはなっていた。ふわっと風に乗って博雅からセクシーな香りが漂ってくる。くらくらするような香りに思わず頬が熱くなる。
(源元先生ってこんなにセクシーだったかしら…)
何かいつもと雰囲気が違うような、と思っていた彼女が、思わず目を見張った。
(あっ!)
博雅の開いた襟元から覗く首筋に、くっきりと紅いあと。
(あれって…もしかして…キスマーク!?)
告白もしないうちに、彼女の恋は終わったようだ。
(源元先生…ショックです…)
そんな彼女の気持ちなど知る由もない博雅、ネクタイを締めながら不思議そうに彼女の顔を覗きこむ。首筋のキスマークも隠れてしまった。
「木下先生、どうしたんですか?早く行かないと職員朝礼まにあわないですよ?」
「はあ…。」
そんな人なつっこい笑顔全開で話しかけないで〜と、彼女を追い越して廊下を駆けてゆく博雅の背中に、心のなかで叫ぶ、木下マサミ29歳であった。
 
「いってえ…。全く、晴明の奴…。」
腰の辺りを擦りながら、博雅は昨日のことを思い出していた。
あんなに天気もよかったのに、博雅は一日中どこにも出かけなかったのである、というか、一日中ベッドから出してもらえなかったというか…。
思い出すだけで赤面ものだ。
家政婦には休みを取らせ、家の周りをきっちり結界して、晴明は博雅をその手に閉じ込めてしまったのだ。夕方、さすがに「何か食わせろ〜!」とわめいてしまったが…。
一千年分と今生でロスしたぶんだとか言って、一日中、散々乱されてしまった。
おかげで、身体のあらぬところがあちこち痛くてしょうがない。まあ、けっしていやではなかったところが、われながら情けないが…。
今朝はほんとに身体が動かなくて大変だった。晴明はベッドのなかで片肘を突いて、悪戦苦闘しながらスーツに着替えている博雅を眺めていた。
その顔はまるで、ネズミを一匹たいらげた後の猫のように満足げだ。
「仕事など、休んでしまえよ。」
「ばか、そんな簡単に休めるか、これでも一応、教師なんだぞ。」
「昔なら物忌だといえば、あっさり休めたものだがな。」
今だって、大きな会社の経営者である晴明には、休みなど思いのままだ。
今現在がまさにその休暇中である。
「昔ならばな。だが、どちらにしても、今日はむりだ。暦だと今日は巳日だからな。」
平安の頃の貴族の男性の朝は、その日の吉凶を確認することから始まっていた。
昔のクセが抜けないのか、博雅は毎朝、必ず日の吉凶を確認してしまうのだ。
「なんだ、巳日か。決して物忌にならぬ日だな。…では仕方がないかな。
よし!それでは俺が送っていこう。」
「それはありがたいが晴明、おまえ今日はどうするのだ?俺は夕方まで帰れないぞ」
「そうだな、俺は今、休暇中だからな、ここでのんびりさせてもらうさ。別にかまわぬだろ?」
晴明も着替えるため、ベッドからようやく身体を起こす。こちらは体調も万全のようでどこも痛いような様子はない。
「おう。好きに使ってくれ。ここはお前の家も同じだ。」
着替えの手を止めて、晴明のほうにしっかりと向きなおる。ボタンを留めていた手は身体の両脇できゅっと拳を作っている。
「その…出来れば…東京にはしばらく帰らないでほしい…。
できれば…できればでいいんだが…ずっと、ここにいてほしい!だめか?晴明?」
真剣な顔で言う。
そんな博雅に手を回して抱き寄せる晴明。
「俺の仕事はどこででも出来る、俺はもう…博雅、お前と離れる気などない。」
「そうか…。ありがとう…晴明。」
じわりと涙が出そうになるのをぐっとこらえる。
(お前と再会してから俺は何だか泣いてばかりだ。ちくしょう…。)
女々しい自分に腹が立つ。
「泣くなよ、博雅。お前は泣くと艶っぽくなるから俺は心配になる…。そうだ。お前が誰にも取られぬように呪を掛けておいてやる。」
そう言うと博雅の襟元をはだけその首筋にくっきりとキスマークをつけたのだった。
「こら、晴明。こんな所にキスマークなんて!これじゃどこでも襟元も開けられぬではないか!」
鏡に首の辺りを映して博雅が慌てる。
「ふふん、そんなの体中に散らせておいたあとに比べれば、物の数ではないさ。
ただ、違うのはそれには呪が掛かっている、ということだ。
そのあとがある限り、お前は俺の呪によってあらゆるものから守られる、まあ、お守りのようなものさ。」
その晴明の言葉よりも、体中に散らばる印のことを思って真っ赤になる。
 
「全く、思い出すだけで恥ずかしくなる…。」
教室に向かって歩きながら、ブツブツいう博雅であった。
 
教室に入ると女子生徒が何人か集まって深刻な顔をしていた。
ひとまず晴明のことを頭の片隅におしやると教師としてそのこたちのところへ近付く。
「もう、授業始めるぞ。」
「あっ!先生!」
「どうしたんだ?席にも着かないで、何かあったのか?」
みんなが一瞬目を合わせた、博雅に言おうかどうしようか迷ったようだった、が、その中の一人が意を決したように言った。
「実は金曜日から秀子が連絡取れないんです。」
「ケータイも繋がらないし…。」
もう一人も言う。
行方がわからなくなったのは博雅のクラスの女子生徒、立花秀子という大人しい子だ。聞けば、先週の金曜日、学校から帰る途中でいなくなったらしい。彼氏もいるわけではないし、一人で遊びに行くような子でもない。ごくごく普通の大人しい子である。
その日の夜から両親も心配して探していたのだが一向に連絡も取れず、今朝はついに警察に届けたらしい。学校にももうそろそろ連絡が入るだろうということだった。
「立花が?」大人しいそのこの顔を思い浮かべる。決して危ないことをするような子ではないことは博雅もよく知っている。
「心配なのはわかるが今は警察にも届けたということだし、ひとまず授業やるぞ。
席につきなさい。みんな。」
「はあい。」
それぞれが何とか席に着き、その日は始まったのだった。
もうそろそろ昼休みに入ろうかという頃、博雅は校長室に呼ばれた。
「失礼します。」
ドアを開けて中に入ると、真っ赤に目を泣き腫らした女性と、心配そうにその肩を抱く男性が校長と共に中で待っていた。
案の定、秀子の両親だった。
警察も八方手を尽くしてくれているのだがまだ秀子が見つからないのだという。なにか先週様子が変だったとかそんなことはなかっただろうか、と必死の面持ちで尋ねられた。何の心当たりもない博雅は首を振ることしか出来なかった。
(警察にもわからない、誰も心当たりがない…まるで神隠しのようではないか。)
そう思った途端ハッと思い当たった。こういうことの大得意な奴のことを。
得意というよりそれが仕事だった男。
「あの…立花さん、実は私の知り合いに人探しの大変得意なものがいるのですが、物は試しですから、一度頼んでみましょうか?」
「そんな人がいるのですか!?駄目で元々です。是非、お願いします!」
縋り付かんばかりにお願いされてしまった。
 
「…と、言うわけだ。お前の力で何とかならぬか?晴明。」
昼休みが終わり生徒のいなくなった校庭のベンチに腰をかけながら、博雅が携帯で晴明に頼んでいた。
「なんだかかわいそうでなあ。つい、お前のことを言ってしまったのだ。
本当にすまない。どうだ、俺も手伝うから頼まれてくれないか?」
本当に人のいい奴だと、苦笑しながら晴明がわかったと答える。
「本当にしょうがない奴だな。で、今からゆけばいいのか?」
式を作るための紙を器用に切りながら聞く。
蘇った力を少し試してみたい気もしていた。
「おう、来てくれるか!校長には話を通してあるから、すぐにでも来てくれ。待ってるぞ。」
こんなに頼りにされては行かぬわけにもいかないだろう。晴明は博雅の勤める学校に向かって運転しながら苦笑した。
学校の車寄せに車体の低い、黒のカマロを停めて降りてきた晴明は、その車に負けない華やかな雰囲気を醸し出していた。薄茶色の髪をさらりと風にそよがせ、濃い色のサングラスをかけている、背の高いその姿。今朝、別れたばかりなのに、博雅の胸がどくんとなった。
「おう、来たぞ、博雅。…?何を赤くなっているんだ?」
「なんでもないっ!と、とにかく中へ。」
「お前はすぐ顔に出るから、ほんっとにわかりやすいな、博雅。
…俺の顔見て、嬉しかったのだろう?とっとと仕事を終わらせて家に帰ろうぞ。」
博雅の肩に手を回して耳元でそっと囁く。
「ば、ばか!俺の職場で不謹慎なことするな。晴明。」
顔を赤くして博雅が抗議する。
「わかったわかった。俺が悪かったよ。大人しくいわれた仕事をするさ。」
両手をぱっと離して、おどけたように謝る。
が、校舎の影に入るとその壁に博雅を押し付けて、あっという間もなくキスをする。
ほんの一瞬のことだった。
「こ。こら!!晴明!こんなトコで何するんだ!」
「いいではないか。もうお前に最後に触れてから半日も過ぎているのだ、仕事の前にちょっと補給させて貰うだけだ。」
「お前と言う奴は…」
腰が砕けそうになるほどくちづけられて、ややぼうっとしたまま校舎の中へと入っていく博雅。その後ろを、物珍しそうにに辺りを見回しながら晴明が続く。
 
「これは、あまりよくありませんね…。」
紙に何かよく分からぬ数字を書きつけながら、晴明は心配そうに見守る秀子の両親にむかって、淡々とした口調で告げた。こういうことはあまり深刻に伝えると帰って辛さが増すのだということを晴明はよく知っていた。
「と、言うと…」
心配のあまり、顔色の無くなっている両親。
「まあ、大体の場所はわかりますから、とりあえず行ってみましょうか…。」
それから部屋の外へ博雅を手招きする。
「なんだ?」
校長室の扉を閉めて廊下に出る二人。
「警察に連絡を入れておいたほうがよい、たぶんこの子はもう生きてはいないだろうからな。」
中の両親に聞こえぬように小さな声で博雅に伝える。
「本当は両親も来ない方がいいと思うのだが…来るなといっても無理だろうからな。」
「そんなにまずい事態か?」
「亡くなっているのはまず、間違いはない。…ただ、普通でもない。きっと酷いことになっているだろうよ。」
博雅の顔をじっと見る。
「では、父親だけ来て頂こう。話して来る。警察の方も連絡いれるから待っていてくれ。」
ぐっと、唇を引き結ぶ博雅。話をしに室内へと戻ってゆく。
(なんだかあまりいい感じのしない話だな。あまりかかわらぬほうがよいか…?)
廊下の窓から外の景色を見るとも為しに見ながら、そう思う。
 
たぶん貴船の辺りだろうと当たりをつけて、父親の乗ったパトカーと晴明の車の二台で出発する。
「相変わらず、何も大袈裟な道具を使わなくとも占ができるのだな。」
「まあな。しかし、このようなことをするのもずいぶんと久しぶりだ。今までは自分は人より少しばかり霊感が強い方だとばかり思っていたからな。
子どものころから、人ではないものも随分見えて、俺は少し人とは違っておかしいのではないかと思ったものだ。おかげで義父からは気味悪がられて大変だった…。」
子どもの頃のいやな記憶が蘇る。口元に苦い笑が浮かぶ。
「そうか…。おまえも大変だったのだな。俺も早くに両親を亡くしてしまったが、それでも愛情だけは一杯受けて育ったからな…。なんだか不公平だな…。すまんな、晴明。」
「おいおい、お前が何を謝ることがあるのだ?おれはおまえが愛されて育ったことが素直にうれしいぞ。…謝るな、博雅。
俺の人生が多少辛かったのは、決してお前のせいなどではない。
それに、これから先は俺にはお前がいるからな。」
運転中にもかかわらず助手席の博雅の手をぎゅっと握る。
冷たい晴明の手の平に博雅の手の暖かさが伝わってくる。この手があれば俺の人生文句など無いと思う。
「オイ、片手で運転など危ないぞ。」
「ふふん」
手を離す気などさらさら無い。
「お前って奴は…。」
博雅はやれやれと溜め息をついて、あきらめた。
 
貴船の山はこの現代においてさえ、なかなかに人を寄せ付けない雰囲気のあるところである。平安の頃から今までにどれほど多くの人たちがここであらゆる呪詛をしていったかわからぬだろう。貴船の神はそんな神ではないのに。
 
「一千年の間に、また凄いことになっておるな、この辺りは…。」
辺りに漂う靄のように凝ったひとの念いに、晴明の眉間に皺がよる。
「そうなのか?俺にはなかなかピンと来ないが…?」
「ま、それがおまえらしいところさ。…さて…ふむ…。こちらだな…。」
先にたって杉木立の中を分け入ってゆく。その後ろから秀子の父親と警官がついてゆく。
「源元先生、本当にここなのですか…?」
年配の警官が不審そうに聞く。博雅が高校生の頃から見知っている警官だ。
事情を話して無理に来てもらったのだ。本署に頼むことも考えたのだが、警察はもしかしたらという話では、動いてなどくれるはずもない。
「たぶん、ここに本当に彼女はいると思いますよ。彼は私の大事な一番の友達なんですが、非常に霊感が強くて、ひと探しが得意なんですよ、ホラ、たまにテレビでやってるじゃないですか。あんな感じ。」
怪しいものだとおもっているのは、顔を見ればわかったが、他に説明のしようが無かった。陰陽師なんていったって、今の世の中誰がわかるものか。それくらいなら今はやりの霊能者扱いの方が分かりやすいだろう、と思ったのだ。
心の中でスマンと晴明に謝る。
と、先を行く晴明の足が止まった。
「どうした?」
「…見つけたぞ。」
その言葉にはっとして足元をみた。
「…うっ!」
酷い有様だった。身体の中のもの、そして肉、原型を留めぬまでになった少女の身体が血塗れになって転がっていた、流れ出た血は下の地面に吸い取られたのだろう、地面にはどす黒いしみが広がっていた。
「むごい…」
博雅の口からそれしか言葉が出てこなかった。
横に並んだ警官も、そのあまりの惨状に声も無く青ざめている。
「立花さんは見ないほうがよいと思いますよ。」
秀子の父親に振り返って言う。父親が晴明の言葉になにかを察し、近寄ってきた。
「いえ、確認させてください…。」
大体の予想はついていたのだろうが、それでもここまでとは思っていなかったようだ。
娘の惨状を見るなり、その場で泣き伏せてしまった。
博雅はかける言葉も無い。
警官があわてて無線で応援を要請しにパトカーへ戻っている間に、晴明は死体の様子や血だまりのあたりを調べていた。それからふと顔を上げると少し離れた木立の辺をじっと見詰める。何かの気配を探るように。
その様子に気付いた博雅が声をかける。
「どうした?晴明。なにかあったか?」
「いや、なんでもない…。」
言いながらもその目は何かを探すように遠くを見ていた。
 
日も暮れようかという頃になって、やっと博雅と晴明は警察から解放されて帰ることが出来た。なぜ死体のあった場所がわかったか不審に思われて色々聞かれていたのだが、秀子の両親や顔見知りの警官、校長などの証言があってやっと開放された。
「はあ…、えらい目にあったな。こんなことに巻き込んでしまって悪かった。今後は気をつけるよ。」
ションボリと博雅が言う。
「ま、気にするな。イザとなれば俺がなんとでもしたさ。」
「本当にすまない。…それにしても酷かったな。まるでケモノにでも食い荒らされたようだった。しかし、あんな大人しい子が何であんな目にあうんだ…。」
生前の秀子のことを知るだけに、博雅は本当に悲しそうだった。
「お前はその子をおとなしくて目立たない子だと言っているが本当にそうだと言い切れるか?」
「どういう意味だ?
晴明の突然の言葉に戸惑う博雅。
「あの子はお前や両親が考えているほど、おとなしい子ではなかったと、俺は思う。」
「なぜそんなことを言う?なにか俺にはわからないことがあったのか?」
「あの子はたぶん自分であの場所に行ったのだ。」
なんだか、いやな予感がしたが、それでも博雅は聞いた。
「立花はなぜ、あそこに行ったんだ…?」
「誰かに呪詛をかけるためにあの場所に行ったんだ、たぶんな。」
「…やはり、そうか。」
なんとなくそんな気はしていたのだ。
少し離れた木に真新しい人形が打ちつけてあったのが見えたと、晴明は言った。
「おとなしく見えていたとしても、その心の中までは誰にもたとえ親でもわからぬということさ。」
「そんなものか…。」
「その心が鬼を呼んだのだろう。」
「鬼…?今頃か?昔ならばイザ知らず最近では人を食うほどの鬼など聞いたことないぞ。」
「おまえが知らぬだけで鬼は今でも人を食っているさ。ただ、人にまぎれて本当の人間と区別がつかなくなっているだけだ。…しかし、これはどうやら違う感じがするな。」
「どういうことだ?」
「まだ、よく分からないが…。朱呑童子の言っていた奴と関係があるかも知れない。」
 
晴明の言った通りだった。秀子の死体が見つかった翌日にも、また同じように惨殺された死体が出た。こんどは藤原開発の社長が犠牲者だった。
テレビでは無差別殺人ということでワイドショーが連日放送していたが、三人目が最初の犠牲者の会社の経営者だったということで、一気に怨恨説へと話題がスライドしていた。
「酷いことになってきたな。今度はあの会社の社長だとさ。
晴明、ここはおまえの出番ではないだろうか。犯人が鬼の類ならば、警察には犯人なんてぜったい捕まえられっこないぞ。」
夜、連日放送されている事件をテレビで見ながら、博雅は隣で仕事の書類にチエックを入れている晴明に言う。
「そうか…?俺は別に関わりたくない。鬼が何をしようが俺達には関係ないからな。」
藤原開発の件で、警察がマレナに色々聞きに来ているという報告は受け取っている。
博雅に迷惑がかからぬよう、晴明の指示で全て取り計らってあった。そのことを博雅に話す気はもちろんない。
博雅からテレビのリモコンを取り上げてテレビを消すと、持っていた書類を放り博雅を枕に押し倒す。二人でベッドの中にいたのだ。
枕に押し付けられて晴明の口づけを黙って受ける。連日、晴明の愛を受け続けているせいか、それだけでもう身体が反応してしまう。
「う…ん…。」
「感じやすくなってしまったな。博雅。…嬉しいがあまり他でそのような顔をするなよ。」
「…するわけ…ないだろ…」
「それにしても…。」
腕の中の博雅を見下ろし溜め息をつく。
「なんで、こんなにきっちりパジャマを着ているんだ、おまえ…。」
水色の縦じまの典型的なパジャマを不愉快そうに見る。
「だって、寝るんだから当たり前だろう?歯だってちゃんと磨いたぞ。」
ごくごく当然だという顔をする博雅。
「はああ…。ホントにお前って奴は…。」
「なんだ?」
「寝る前にすることがあるだろうが…。」
「…?風呂も入ったし、顔も洗ったが?」
「もう、いい。説明するよりやった方が早いからな…。」
小さく呪を唱えて博雅のパジャマのボタンに人差し指を当てる。手も触れていないのにボタンが一斉に外れる。
「わわっ!」
驚く博雅。身体を反転させられてうつ伏せにされる。形のいいしまった博雅のヒップを晴明の手が、パジャマのズボンに手を滑り込ませて、つい、と撫でる。
晴明の細く冷たい指が博雅の秘められた場所へと谷間を辿ってゆき、辿りついたそこを優しく揉み解す。連日の愛で解れやすくなっているそこは、あっという間に柔らかく解れてゆく。晴明の冷たい中指がそこへそっともぐりこむ。博雅の唇から喘ぎがもれる。
「パジャマを着る前にこれがあるだろ…博雅?なっ?」
晴明が背後から耳元で吐息とともにささやく。
パジャマはもうどこへ行ったやら影もない。
博雅の喘ぎが止まらない。身体を小刻みに震わせ喘ぐその姿はまさしく絶品。
ほんのりと紅潮した頬に長い睫毛が震えている。
口元は口づけされてふっくらと膨らんで、つややかに色づき光っている。
どんな女よりも妖艶で、そして驚いたことに清純だった。
妖艶と清純、相対するものがこの男の中では当然のように共生しているのだ。
「他のものには決して渡さない。おまえは俺だけのものだ、博雅。」
柔らかく解けた博雅のそこへ晴明は己のものをじわりと侵入させてゆく。
徐々に入り込んでくる熱い晴明のそれに博雅の口から思わず嬌声が上がる。
「う…ああっ!…晴明っ!!」
動こうとする博雅の腰をしっかりと掴んで動けぬようにする。
「どうだ?博雅。よいか?答えよ。」
背後から耳元で囁く。
博雅は恥ずかしくて答えられない。
「言わねば俺はもう、動かぬぞ…。」
「…おまえは意地悪だぞ…晴…明っ!…はっ…うんん…よい…に決まって…おるでは…ないかっ!…ばかっ!…あっ。」
「それでも聞きたいのさ、…おまえの口から直接な…。」
これ以上ないというほどの笑みを浮かべると、博雅の中に激しく己を叩きつけ始める。博雅にはその言葉はもう聞こえていないようだったが。
ぐったりとなった博雅のその乱れた髪をかきあげ、汗ばんだ額に軽くキスをすると晴明は立ち上がって窓辺にいった。裸などカケラも気にしていない。
全くアイツはどんな神経をしているのだと、ボンヤリした頭で博雅は思う。
俺などいつまでたっても、恥ずかしくてたまらないのに。
均整の取れた晴明の裸身は美しかった。何か窓辺において火を入れているようだ。タバコかなと思ったらよい香りが漂ってきた。どこかで嗅いだことのあるようなよい香りだった。ぐったりした身体を半分ほど起こして晴明のほうを見ると、手に古い香炉を持っていた。
「どうしたんだ?その香炉。」
「これか?この家の書斎にあったのを見つけたのさ。少し何かの気は感じるが、悪いものではないようだし。丁度良かったので持ってきたのだ。もしかして大切なものだったか?」
「いや、初めて見た。書斎の中のものは大概知っていたつもりだったが、そんなよい香炉があったとは知らなかったな。」
家政婦の武内さんが気を利かせて、おいてくれたのかもしれない。
晴明の手の平に治まるほどの小さな香炉だったが、古くとも細工の見事な物だった。
いつ頃のものかはわからぬがきっと身分のある家にあったに違いない。
「よい香りだな。」
「中に少し昔の香が残っていたが新しい香と混ざってなかなかいい香りになったな。」
「なんだか昔を思い出すような香りだ…。」
「そうだな…。でもおまえのほうがこの香よりよい匂いだったぞ。」
「そうか?実は何の香を使っていたか俺は知らないんだ。俊宏が全部用意していたからな。あの頃は。」
「俊宏…、いやな名前を思いださせるなよ。アイツが転生してなくて何よりだ。」
あからさまにいやな顔をする。
「そうではなくて、おまえの香りだ。おまえ自身から放つ香りさ。…特に今のような時はことさら香る。俺でなくてもくらくらする匂いだ。」
「おれから?まさか…?」
あわててからだのあちこちをくんくん嗅ぐ。一体どんな匂いがするというのだ?
「ははっ。おまえ自身から出ている香りだ。おまえが気付かなくて当然だ。…だが、他のものは気付く。だから、俺は今こうして香をたくのさ。おまえから薫る香りを消す為に。」
心配しすぎだ、と笑う博雅。
 

いまひとたびの…(8)

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