崑崙の娘 (1)
「また、俺か?」
博雅が辟易したように言った。
その博雅の目の前にはまたしてもあのメンツが勢揃いしていた。京都歴史クラブの5人。部長の3年の藤原を筆頭に九条、嵯峨、小野、白河。どこかで聞いたような名前ばかり…。
「だって、先生以外頼める人がいないんですよ。どうか顧問をひきうけてください!」
部長である藤原が瞳をうるうるさせて言った。妙に体格がいいだけに、瞳を潤ませて迫られるとかなり気持ちが悪い。
「なに言ってんだ。俺だって弓道部の顧問やってるから忙しいんだぞ。こら、くっつくな!気持ち悪いって!」
腕にすがってくる藤原の手を振り払う博雅、触られたところに鳥肌が立った。
「だって、もう県大会も終わったし公式試合はしばらくないはずだし…それに敏腕マネージャー(俊宏)が入ったから先生は前ほど忙しくないはずですよ。」
九条という2年生の部員が、中指でめがねをくいっと押し上げながら冷静な声で言った。
「何だって、そんなことに詳しいんだ‥。おまえ…。」
あっけにとられる。その博雅に畳み掛けるように
「たまにちょっと僕らの校外活動に付き合ってくれればいいだけなんですから。お願いしますよう。」
ちょっとなよっとした感じの華奢な嵯峨が言う。ひ弱に見える割には言いたいことはしっかりと言うタイプのようだ。
「顧問がいるっていうだけでその分、部費の補助がでるんです。懐のさびしいわれらのクラブのために、ぜひ一肌っ!」
強気で押しの強い白河が、がしっ!と博雅の腕を掴んだ。
「い、痛ててっ。や、やめろ、こら!折れちまう!!」
強い握力に博雅の二の腕がみりっと音を立てた。
「あ、すいません。」
ぱっと手を離す。その白河の背をバシッとたたき
「こいつ馬鹿力なんです。すいません先生。でも、ほんとおねがいします。」
最後に小野が言った。そして5人そろって頭を下げた。
「はああ…。」
博雅は大きくため息をつくとあきらめたように言った。
「わかったよ…。なんで俺なのかよくわかんないが、そこまで頭を下げられちゃあ断るわけにもいかないだろ?」
たのまれるといやとは言えない博雅、つい返事をしてしまった。
「やたっ!!」
「先生、ありがとっ!!」
めちゃくちゃうれしそうな連中を前にして博雅は苦笑いした。
「やったな。これでまた楽しくなるぜっ!」
にんまりと笑って部長の藤原が言った。ほかの4人もにかにか笑っている…なんか変だ。
「ちょっとまて。今のは‥どういう意味だ…?」
不審なものを感じて博雅は聞いた。
すると、一番頭のよさそうな九条がめがねをまたまた、くいっと押し上げて言ったのだ。
「ほら、源元先生ってなんというか‥トラブル体質?この間の瓦の落っこちた事件といい、先日の元威の件といい、僕らの顧問に実にふさわしい。僕らは先生のような人材を待っていたんです。」
「な‥なにっっ?」
「そうそう。」
ほかの四人がうんうんとうなずく、そしてまるで練習でもしてきたように声を合わせた。
「ようこそ、先生!わが京都オカルト歴史クラブへ!!」
「お前らあ‥。やっ、やっぱり断るっ!!」
博雅が吠えた。
「で、結局、引き受けたのか?」
「う…。まあ。」
「馬鹿だな。」
「言うなよ。」
「君子危うきに近寄らずって言葉を知ってるか?博雅。」
「…これでも高校の教師なんだが…。」
むっとした顔で博雅が言った。
「ああ。そうだったな。てっきりそんな言葉も知らないのかと思った。」
「晴明っ!」
かなり本気で怒る博雅にもまったく動じることのない晴明、冷たい目で博雅をちろんと見て言った。
「とにかくお前がトラブルメーカーだというのは間違いがないんだから、あんまり変なところやおかしなものに首を突っ込まぬことだな。」
「ト、トラブルメーカー…。お前まで言うかっ!」
今度こそ本気で怒り足音たかく博雅は部屋を後にした。
「なにごともなければ、そっちのほうが驚きだな。」
読みかけた本に目を戻しながら晴明がつぶやいた。
「で、今回はどこへ行くんだって?」
と、博雅。博雅も含めて6人の一行は博雅の車にぎゅうぎゅうづめに乗り込んでいる。
本来なら5人のりのところに無理やり詰め込んでいるので後ろの4人はかなり苦しそうだ。それでもバスよりは交通費もかからないからいいと博雅の車を足代わりにした。まったく困った奴らだと思いながら行き先を聞く。
「今日は美術館に行きたいと思いまして。」
後部座席の真ん中で両脇からつぶされるように座っている九条が言った。
「へえ、今日は何か特別展示でもあったか?」
「いえいえ。わりとメジャーなやつですよ。唐の時代の焼き物とか剣とか。「大唐展」っていうのです。」
「なんだ、お前ら京都歴史ナントカじゃなかったっけ?いいのか?唐で。あれは中国だろ?」
「先生、わかってないなあ。唐といえば平安時代。ばっちり関連性あるじゃないですか。日本からもあの時代遣唐使やら、遣隋使やらあったでしょう?唐なくして京都なし。」
部長の藤原が自信満々に言う。何の自信だかよくわからないが。
「ああ、そう。…それで本日のメインはなんだ?」
「メインといえば…あれかな?」
小野が助手席に座る華奢な嵯峨に聞いた。
「ええ、そうですね。やっぱりあれでしょ。」
ほかのみなもうんうんとうなずく。こいつらの行くところ必ず何か変わったものがあるようだ、というかそれを自ら探して寄っていっているようだ。少なからずやな予感がする。
「あれって…なんだ?」
ハンドルを美術館のほうへと切りながら博雅が聞いた。
「黄金の卵ですよ。」
九条がにやりと笑って言った。
「黄金の卵?」
「そう。半分岩にめり込んだ形で見つかったという黄金の卵。ほんとに手のひらに乗るくらい小さなものなんですが、それが見つかったときその小さな卵の周りにまるで守るように4体の大きな兵馬俑が置かれていたというんです。その位置がしっかりと東西南北を守る位置で、その兵馬俑の甲冑にはそれぞれ玄武、朱雀,白虎、青龍が彫られていたんです。」
「う〜ん。ロマンだ!」
「いや、ミステリーですよ。」
「いやいや、これはやっぱりオーパーツ。」
狭い車内がいっぺんにうるさくなった。博雅はやっぱり顧問なんか引き受けるんじゃなかったと激しく後悔した。
照明が薄暗く抑えられた展示室は日曜だというのに意外と閑散としていた。あちこちの展示品に明るいスポットライトが当たっているがそれをのぞいている客はほんの数人しかいない。
「なんだ、ずいぶん人気がないんだな。」
「ええ、今日は他にももっと人気のある展示もやってますしね。大なんてついてるけどこんなのはいつだってやってるからよっぽどじゃないと人なんて来ないですよ。」
「ふうん。」
そんなものかと博雅が思っていると
「おっ!あった!」
一歩先を行っていた白河が振り向いた。
「みんな、あったぜ!」
「お、見つけたか!」
博雅を追い越して九条と藤原が走っていった。
わいわいと騒がしくガラスケースを覗き込む部員たちの所に行って同じようにその中をのぞいた博雅。
子供たちのいったように半分岩に埋もれた金色に光る卵のようなものがそこに展示されたいた。
「へえ、ほんとなんだ。」
感心したようにしげしげと眺める。
「で、これを守っていたという4人はどこだ?」
周りを見渡すがそれらしきものがあるようには見えなかった。
「今回はこれだけが単独で中国から貸し出されたそうですよ。」
「そうそう、今までは必ずワンセットであちこちに展示されてたのに今回は展示する側の予算が合わなくってこれだけ特別単独できたそうです。他の兵馬俑はでかくて運賃かかりすぎるんですよ。」
「ふうん。そうなのか。」
でも、いつも一緒だったという4人に守られていないこいつは、ちょっと心細くはないんだろうかとつい、心配する博雅。
ガラスケースの中で小さな卵が静かに輝いていた。
そのころ、中国のある美術館。
誰もいない展示室の中で動く影が四つ。
ぎしり。
大きな兵馬俑の腕がぎりぎりと動き始めた。
固まったような足が一歩前に踏み出されると同時にそれがすうっと形を変えた。二歩目に踏み出したときにはすっかり普通の人間に見えるものへと化けていた。後の3体も同じように二歩踏み出すとともに人間の姿へと変じた。
「姫がさらわれた。」
「ばか、さらわれたのではない、仕事に行かれたのだ。」
「あれをしごとというのか。何の報酬もないのに。」
「どちらでもよい、とにかく姫をお守りするのがわれらの仕事だ、行くぞ。」
「おう。」
「おう。」
「おう。」
四人の男たちが空間の狭間に消えていった。
「一体、この卵はなんなんだ?何かの化石か?」
博雅が聞いた。
「違いますよ、先生。卵がこんなに金色のわけがないでしょ。これは作り物の卵ですよ。」
5人の中で一番頭のいい九条が説明し始めた。
「こんなに小さな卵ですがこれの価値は計り知れないものがあるんですよ。何しろ幻といわれた中国の夏(か)王朝の至宝と呼ばれていたほどの物ですからね。」
「夏王朝…。なんだか聞いたことがあるな。」
「何年か前にその王朝の存在が始めて確認されて、随分話題にもなりましたからね」
「ああ、そういえば。」
いつだったかテレビでそのニュースを見たことがあった。
「でも何で唐の展示物に中にこの夏王朝のものがあるんだ?」
「夏の王朝は幻といわれるだけあってほとんど現代まで残っている遺物がないんですよ。だからこうって他の時代のものと一緒に展示されることが多いんです。」
小野が言った。
「ふうん、いろいろ事情があるんだな。でも、そうまでして展示されるというのは、さぞいわくつきのお宝なんだろうな。」
「ふふん。それは僕がご説明しましょう。」
2年の九条が一歩前へ出した。
九条の豊富な(偏った)知識によるとこの卵が岩の中よりはじめて発見されたのが夏の王朝のころだったという、その後、夏王朝が突然この世から姿を消した時にこの黄金の卵もまたこの世からきえたのだそうだ。夏王朝は短い間の治世だったがそれを補って余りあるほどに繁栄した王朝だった、
その後、夏の王朝が忽然とこの世から姿を消した後、別の王がまた世を支配下においたが人心は前の夏の王朝ほどには王によせられなかった。夏の王と違って神の祝福がないと思われたからだ。
半分岩に埋もれた黄金色の卵、それが王の手にある限り、その国の作物は豊穣に実り、家畜は丸々と肥え、旱魃も大雨もなく人々は豊かに平和に暮らせた。ただの偶然かもしれなかったが確かに夏王朝の世は平和に保たれたのである。王朝は消えたが人々はそれをしっかりと覚えていた。別の王が治世を始めたとき神の祝福の象徴である黄金色のそれを王が持っていないということは重大なことと受け止められた。
夏の王朝とともに歴史の闇に埋もれた神の祝福、それが再び世の光を浴びることとなったのはつい最近のことだった。
日本からの調査団が入った中国の辺境、タクラマカンの遺跡群、その熱い砂の下からまず一体の兵馬俑が発見された。
普通は王の墓の中などに大量に並べられているのが一般的なそれが、単体で見つかるなど初めてのことだった。しかも普通のものよりかなり大きく、その表情もまるで本当に生きているかのように生気に溢れていた。
そして四角を描くように次次と三体の兵馬俑が見つかった。その甲冑にはそれぞれ白虎、青龍、朱雀、玄武が色も鮮やかに彫りこまれていた。それだけでも凄い発見だと思われたが日本からやってきた考古学の教授は言った。
これは何かを囲んでいる並び方ではないか、と。その言葉とおり、兵馬俑に囲まれた四角形の中心からそのときの発掘の最大の収穫が現れたのだった。
砂の中からぎらつく太陽の光を跳ね返す黄金色の卵が見つかった。
幻といわれた夏王朝の、さらに幻の神の祝福、黄金色の至宝。
「それがこれ。」
「ほお。よく知ってるなあ。」
そのめったやたらと詳しい解説に博雅はすっかり感心してしまった。僕にとってはこれくらい常識ですよと軽く自慢げに胸を張る九条に、ほかの部員からナマイキだと、どかどかと蹴りが入る。
「こらこら、こんなとこで騒ぐんじゃない。お前ら幼稚園児か。」
博雅は笑って皆をたしなめた。
子供たちがわいわいと先へと歩いてゆく。
博雅は一人振り返って、もう一度その小さな卵を覗き込む。
「きれいな子だな。」
いつも沙羅に話しかけるように話しかけた。
「いつもの護衛と離れて心細くはないか?でも、大丈夫。きっとここにはそう長くいることもないから心配するんじゃないよ。すぐにみなのところへ戻れるさ。それまでわずかの間だ、がんばれよ。」
そういって微笑んだところで子供たちから呼ばれた。
「先生っ!次のメインにいきますよっ!早く早く!」
「おう。今行く!…じゃあな」
ぽん、と、ケースに軽く手を触れるとその場から歩み去った。
またしても無意識に呪をかけてしまったことにも気づかずに。
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