咲也の報復
熱いシャワーを浴びて博雅が鼻唄交じりにシャワールームか出てきた。
「ふんふふふ〜ん♪」
随分と古風な旋律をまるで今流行の歌のように口ずさんでいる。腰に小さなタオルを巻き、濡れた頭をガシガシ拭きながらロッカーの方へと歩く。
ここは学校のシャワールーム。スポーツの盛んな学校だけにこのような設備もきちんと整っている。
今はもう夜の8時を過ぎていた。生徒の帰った後、一人弓を引き続けていた博雅。家で練習してもいいのだが、晴明がいるとなぜか精神統一できなくて手元が狂うのだ。(それに大概、邪魔をされる)だから、こうやって時々、一人遅くまで学校に残って弓を引くことがある。
誰もいないロッカーに博雅のご機嫌な歌声だけが響く。もう、鼻歌どころではなく、しっかりと歌っていた。少し低めのいい声がしんとしたロッカールームに響いていた。
ロッカーの扉を開けて着替えを出そうとしていたそのときだった。不意に後ろから誰かに抱きすくめられた。
「うわっ!だ、誰だ!?」
驚く博雅の裸の腰に、するりとその誰かの腕が回された。
そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。
「博雅さん、ひさしぶり…」
耳元でささやかれるその声には覚えがあった。
「さ、咲也くん!?」
おどろいて振り向くと、目と鼻の先の至近距離に細面の精悍な顔があった。
「あたり。びっくりした?」
にっこりと無邪気そうな笑顔を見せて笑ったのは、黒川主の一族の妖しの咲也。確か先日白蛇姫の親子と上海へ戻ったはずだった。
「お…、おう。もちろんびっくりした!…き、急にどうしたの?っていうか、…離してくれない…?」
咲也の手がじわじわと胸の辺りに上がってくるのを感じて博雅が困ったように言った。なぜ、急に帰ってきたのか、なぜここにいるのか聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずはその手の動きが気になってしょうがない。
「いやだ。」
と、またしてもにっこり。
「えっ?」
「いやだ、って言ったんだよ。だって、ここにヤツはいない。博雅さんと二人っきりになれるなんて、そうそうあることじゃないからね。…離さないよ。」
笑顔が消えた。真剣な瞳で博雅を見つめる。
「いや…。待てって。こんなことしちゃだめだよ。咲也くん。ほら、離しなさいって。」
腰に回された咲也の手を離そうとするが、見た目は若く見えても軽く400年は生きている妖しであるその手は鋼のように堅く、とても博雅には太刀打ちできるものではなかった。
「いいじゃん。少しくらい僕の相手してくれたって…。ねえ。」
博雅の胸に手を這わすと、そのまだ水滴のついたピンク色の突起をきゅっとつまんだ。
「あっ!!…こら、やめろ!」
博雅がその手を掴むが1センチも動かすこともできない。咲也は親指と人差し指ではさんだその先端を、上に向けてぎゅっとやさしくつぶした。
「…あっ!…」
博雅の口から思わず声が上がった。
「こうされるの好きなんでしょう?知ってるよ、博雅さん…。」
くりくりと乳首をつぶしてこねる。この間、散々見せ付けられて、しっかり覚えたのだ。
「ああ…こら…やめ…」
ロッカーの扉に頭をつけて博雅が苦しそうに言った。日々、晴明と愛を交わしている博雅、その体はとんでもなく敏感になっていた。
「へえ。博雅さんって感じやすいんだなあ。…じゃ、ここは?」
そういうと、博雅の腰に巻いたタオルの間から手をするりと滑り込ませた。乳首を嬲られて感じてしまった博雅、その中心が意に反して立ち上がりかけていた。
それに咲也の細くて硬い指が絡みつく。
「おやあ、もうこんなになってるし…。いいよなあ、晴明のやつはいつも博雅さんのこれに触れてさあ。」
博雅のそれを撫でさする。刺激を受けて雅のそれがどくんと、はねた。
(晴明っ!助けてくれっ!!)
心の中で必死に晴明を呼ぶ。咲也が恐ろしい。
「今、晴明のこと呼んでるでしょ?…きっとすぐ来るよね、あいつ。…ちえっ!やってる時間もないか。」
どうせわかってたことだと言った咲也。博雅を弄んでいた手を離す。ほっとする博雅。
「じゃ、せめてこれね。」
そういうと博雅の腰のタオルをはらりと落とし博雅を裸にする。
「こ、こらあ!やめるんじゃなかったのか!?」
「やめるよ。ただ、お土産だけは置いてこうと思ってさ。」
そういうと、博雅の今ではすっかり立ち上がってしまったそれの根元に、細い糸のような赤い紐を結んだ。
「な、なんだ!これ?」
自分のものにくくりつけられた紅い紐、とんでもなく淫らに見えた。
「くくっ…。さあね、おたのしみ…。じゃ、僕はもう行くよ、そろそろやつも来そうだし。またね、博雅さん…。」」
そういうと博雅の体を離れてロッカールームの隅の暗がりへと後ずさる。そして、そのままその影に消えていった。
(ああ、そうだ…やつに言っておいて。三回だって…。くくくっ…。)
影の中から謎かけのような言葉を残していった。
裸のまま呆然とする博雅。
あわててその紐を解こうとするが、どうしたことかただ結んであるだけのようなのに全然解けない。
「なんだ、これ!?咲也め、なんか変な術かけていったなあ!」
いまだ半分立ち上がったままの博雅のものにまかれた紅い紐。なんとも淫らで、そしてなんとも情けない。こんなもの晴明に見られでもしたら…。考えただけで恥ずかしい。博雅の顔に朱が登った。
とりあえず晴明が来る前にとあわてて服を着た。
ちょうど着終わって玄関へと向かって歩き始めたころ、すさまじいタイヤのきしむ音がして学校の前に車がとまった。
バタンッ!
ドアが乱暴に閉まる音がしたかと思うと、猛然とこちらに走ってくる人影。
「あちゃ…」
思わず顔に手を当てた博雅。呼ぶだけ呼んでその後のことに動転して、すっかり晴明のことを忘れていた。
「しまった…」
「博雅っ!無事かっ!」
険しい顔で晴明が駆け寄ってくる。無事といえば無事…そうでないといえばそうでないような。
「…う、うん…。すまない急に名前を呼んだりして…」
「いったい何があったんだ?ものすごく切羽詰ったSOSだったぞ。」
晴明が博雅の両腕を掴んでその顔を覗き込んだ。
「い、いや、なんでもない。ちょっとした勘違いで…」
「…?」
頬を紅く染め目をそらす博雅に不審なものを感じる晴明。その柳眉が片方、くいっとあがった。
「…おまえ、何か俺に隠してないか?」
晴明の突然の問いにうろたえる博雅。
「な、なんでもないって!…さあ、帰ろう!いや、ホント勘違いとはいえ、急に呼んじゃって悪かった。ささ、帰ろう帰ろう!」
晴明の腕を引張る。
「…ふむ…。」
不審げに目を細める晴明。何を隠しているのか知らないが帰ったら即、聞き出してやるからなと心の中で博雅に告げた。
帰ってからも博雅はなんだか落ち着かなかった。
立ったり座ったり、うろうろうろ…。
黙ってそんな様子を見ていた晴明だったが、とうとう声をかけた。
「博雅、落ちつけ。いったいどうしたというんだ。おかしいぞ、お前。」
立って廊下へ出ようとしていた博雅がびくっとして、固まった。
「な、何いってるのかな…?俺はふ、普通だぞ!」
どう見たって普通とは思えないのだが博雅は普通だと言い張った。
「さっき、学校で何があったんだ?」
じっと博雅を見つめて晴明が静かに聞いた。
「な、なにも!」
「本当か?では、あの切羽詰ったSOSはいったい何だったんだ?お前、あの時、助けてと言って俺を呼んだんだぞ。」
「…!な、なんでもない!あれは俺の勘違いだったんだ!…悪いが俺、今日はもう先に寝る!」
あせったように言い置くとあっという間に部屋から出て行ってしまった。
「…おかしい…」
ひとりソファに背中を預けながら晴明が言った。
「まいった…。絶対なんかおかしいって思ってるぞ、あいつ。なんたってあのカンのよさはハンパじゃないからなあ。」
廊下を寝室に向かいながら博雅は独り言を言った。
股間に違和感があって気が散ってしょうがない。
なんとかこいつを早くとってしまわないと。
寝室に入ってはっと気づいた。
「ヤバイ!晴明に迫られたらどうしよう!っていうかこないわけないし…。」
まずい、まずい、非常〜にまずい。
寝室を飛び出し今度は書斎へと向かう。
暗い書斎に入るとそっとドアを閉めた。机の引き出しをあけ、はさみを取り出す。
「これで切れればいいけど…。」
不安そうにその鋭い刃を見た。窓からの月の明かりでその刃がぎらりと光った。
こんなのが自分のもののすぐ近くに行くのかと思うと、それだけで恐怖で萎えそうだ。
「間違って切ってしまいませんように…。」
はさみを机の上に置くとジッパーを下げ自分のものを出す。
「うわあ…情けない…」
月の明かりの下に晒された自分のものに情けなくて涙が出そうだ。
あまり経験のない博雅のそれは、同じ年頃の男性と比べて色が薄い。どちらかというと淡いピンク色に近い。晴明はそれが可愛いと言ってくれるが博雅は情けないと思っている。
その色素のうすいそれに、月明かりの中でもくっきりと咲也の巻いた赤い紐がその存在を主張していた。
博雅は情けないと思っているが傍から見ればとんでもないくらい扇情的だった。
月明かりの下で紐にくくられた博雅のそれ。そしてそれを手にする博雅…。背徳的で扇情的な光景だ。
もちろん必死な博雅本人にはそんな自覚などないが。
はさみをそうっとその紐の下にくぐらせる。その隙間は刃先の端がわずかに入る程度の狭いものだった。
冷たい刃先に博雅が身をすくめる。刃先にそっと力を込めた。が…。
「きっ、切れない!…やっぱり…」
はさみの刃など1ミリも通さない、細いくせにとんでもなく頑丈だ。きっと切れないようにこれにも呪がかかっているのに違いない。
「どうしたらいいんだ…。」
がっくりと肩を落としたそのとき、部屋の明かりがパッとついた。
「…!!」
おもわず手にしたはさみを落とした。博雅の足のわずか数センチのところにはさみが刺さった。でも、それにも気づかず博雅はパニクッていた。
あわててナニをしまおうとする、その手を晴明が掴んで止めた。
「何をやってる…自分の大切なところを切ってしまうつもりか博雅…?」
「ち、違う!」
ぶんぶんと首を振る博雅。晴明は視線を下に向けた。
(見られる!)
博雅はあわててそこを隠そうとしたがその手も晴明が捕まえた。晴明の目がぐっと細めらた。
「なんだ、こいつは…?」
俺の大事な博雅のものにくくりつけられた赤い紐。
「…誰につけられた?まさか自分ではこんなことしないだろう?」
顔を赤く染めた博雅に聞く。
「するわけないだろっ!」
自分の姿に情けなくて涙が出そうになる。なにしろズボンの前があいて大事なところが晴明の前にさらされているのだから。二人で睦みあっているのとはわけが違うのだ。でも、晴明は博雅とは違っていたって冷静だった。
「では、誰だ?…さっきのSOSと関係あるな…。博雅、誰にやられたんだ?」
「う…。」
咲也の名を出せば晴明は激怒するだろう。前の宴のあとのことを思い出して博雅はだまってしまった。
「…咲也だな…。」
晴明が確信したように言った。
「…な、なんでわかるんだ?」
白状したも同然だった。
「朱呑童子ならこんなことはしない。ここいらの妖し連中にはこれのようなものを作れるほどのものはいない、いるとしたら黒川主くらいだ。でも、やつもやらない。…となれば残るは咲也しかいまい。あいつ、また帰ってきたのか…。」
晴明の目が険しくなった。
「鋭いやつ…。」
と、博雅。
「なんでわかるんだそんなこと…。」
「それにしても…。」
晴明が不機嫌そうに博雅を拘束している紐を見下ろす。
「俺の大事なものにこんなものをつけてゆくとは…。俺もなめられたものだな。」
この場合の『俺の大事なもの』というのはもちろん博雅のもののことである。
「あの…晴明?」
「なんだ?」
「あの、その…あんまりじっと見ないでくれるかな…。ちょっと、というよりかなり恥ずかしいんだけど…。」
じっと見られて博雅のそれがゆっくりと固さを増し始めていた。
「なんだ、感じてしまったのか?博雅?」
「いや、その…なんというか…」
二人ともしっかり服を着ているのにそこだけは裸なのだ、恥ずかしいし、実際、晴明に見られて興奮もしていた。
「かわいいな…博雅。」
我慢できずに晴明が博雅のあごを捕らえて口づけた。
「そんな格好をしていると襲いたくなってくる…。」
口づけの合間にそういうと、その指の長い優美な手を博雅のそれに這わせた。
いつものように電流が走るように感じるはずだと思った博雅。思わず衝撃に備えて体をこわばらせた。…が。
「…ん?」
確かに晴明の手が自分の物に絡みつき刺激しているのに、‥なぜかちっとも、感じない。‥全然だ。
「あ、あの…晴明…?」
「…ん?なんだ?」
晴明は博雅の唇を奪うのに忙しい。
「あの〜…とっても言いにくいことなんだが…」
「だから、なに?」
「全然感じない…。」
「…なにっ!?」
がばっと顔を上げる晴明。
「だから…その…下のほうが何も感じないんだ…。」
困ったように博雅が首をかしげた。
「…さ‥く‥や…、あのガキ…!」
細められた晴明の目に隠しようもないほどの殺意がきらめいた。
…続きます。さて、博雅の身に何が起こったのでしょうか…?ロクなことではないのは確かですが…。
咲也の報復(2)へ。
ちょいやばに戻ります